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077 風呂妖精ヴァンニク

「一ヶ月ぶりの妖精界だな」


 妖精界に初めて訪れてからも、グローパラスへの移住がらみで何度か妖精界を訪問していたが、ここ最近は色々と忙しくて顔を出すことをしなかった。転移魔法のおかげで、その気になれば毎日訪れることもできるのだが、訪問する機会というのはなかなかないものだ。

 訪問するのは、今日は俺一人だけだ。妖精界の住人以外で妖精界に訪れる者はここ数年皆無に等しかったらしく、妖精界の中でも俺の顔と名前は知れ渡っている。だから、城の門番に「女王への謁見を求める」と一言伝えるだけですぐに女王に伝わるようになっている。そして、すぐに女王オリヴィアとの謁見がセッティングされた。


「こちらから移住した妖精たちが、グローパラスで楽しく生活しているという話は聞いております。そのことを、私は非常に嬉しく思います」


 直接訪問することは少ないが、近況について妖精たちに書いてもらって、手紙だけを転移魔法で一週間ごとぐらいに送っているのをオリヴィアは目を通しているようだ。とりあえず、半年はこまめに近況を送るように決めている。


「フェアリーの一人が妊娠したことは大きな出来事として、連日妖精たちの世間話にのぼっています。そちらさえよろしければ、移住の他にも、子をなしたい妖精たちを一時的にそちらに預けることができればと考えているのですが」

「それはこちらとしても歓迎すべきことです。後日、そのことについての話し合いをもつことにしましょう」


 娼館の状況やグローパラスの住居の状況を見ながら決めないといけない。これでまたグローパラスに戻ってからの仕事が増えたことになるが、仕事は多いことに越したことはない。


「それでは、本日どのような要件で私の元を訪れたのか伺いましょう。私の顔を見に来たという理由ならば嬉しいのですけれども」

「その理由ならば、毎日訪れていますとも」

「まあ、お上手」


 このやり取りは毎回やっているような気がする。周囲にいる妖精たちも苦笑を浮かべているし。


「今日は、こちらにヴァンニクという妖精がいるならば協力を仰ぎたいので、そのことについて女王の許可を頂くために参上致しました」


 これでヴァンニクがいなかったら、ヴァンニクを探す必要が出てくるから面倒くさいことになるのだが……。


「ヴァンニクは我が妖精界にもいますよ。妖精界の各所にある風呂の管理は彼女たちに一任してあります。この城の大浴場にも何名かいるので、彼女たちに話を聞くといいでしょう」

「以前こちらに滞在したとき、大浴場に妖精の姿はありませんでしたが……」


 スコルを捕縛してから数日この城に滞在した時のことだ。毎日風呂に入ったが、それらしい妖精の姿はなかったはず。


「以前リューイチさんたちがこちらに滞在したときは、客人としてゆっくりしていただきたかったので、彼女たちを一時的に引き上げさせていました。もちろん、大浴場の管理は引き続きさせていましたけど」


 なるほど。女王の気遣いには感謝だが、それがなかったらもっと早くヴァンニクの存在を知ることができたいだろうなあ。


「女王と彼女たちさえよろしければ、グローパラスに何人か派遣してもらいたいのですが」

「かまいません。あとは、彼女たちの意思を尊重します」

「ありがとうございます」


 よし、女王の許可はもらった。あとは、本人に直接交渉だ。




 そして、俺は城の大浴場へ来ていた。城に住む者が利用する浴場で、かなりの豪華さと広さを備えている。なお、女王は部屋に専用の風呂があるらしい。

 今はまだ昼間なので風呂に入っている妖精はいないだろう。

 ヴァンニクは日常の多くの時間を浴場で過ごしているらしいが、それは本当のことなのだろうか。

 俺は半信半疑で浴場へと入っていった。なお、これからヴァンニクと交渉をするわけだから当然服は着ている。


 扉を開けると、湯気がむわっと体にかかる。水分を多く含んだ空気が体にまとわりつく中、俺はヴァンニクと思われる姿を探す。すると、湯船の中に数人の影が見えた。


「あ、すみません! まさか先客がいるとは思いませんでした」


 俺が慌てて立ち去ろうとすると、その中の一人が湯船からあがってきて、俺に声をかけてきた。


「リューイチさんですよね? すでに女王陛下から話は伺っております。私はヴァンニクのマイヤです」


 あ、そういえば女王は念話能力があったっけ。あらかじめ俺のことを説明してくれていたのか。

 そのことに安心して俺はそこにとどまった。

 目の前の妖精は俺の胸ぐらいまでの大きさだ。しかし、さっきまで風呂につかっていたので当然全裸であり、目のやり場に困る。外見はほとんど人間の少女と変わらない。ただ、美しい黄金の髪が非常に長く、床にまで達しているのが印象的だ。耳も妖精らしくわずかに尖っている。

 すると、マイヤさんは俺の姿を見て頬をぷうっと膨らませた。


「ダメですよ、浴場は裸で入るものです」

「え? それなら、どこか別の場所でも……」

「ここが私たちの職場ですから、ここで話をいたしましょう」


 彼女たちとの話し合いのためには、ここは素直に言うことを聞いておくべきか。俺は一度更衣室に戻ると、服を脱いで浴場へと再入場した。


「ええと、どこで話し合うのでしょうか」

「どうぞ、湯船の中に入っていらして」


 えー……のぼせそうだ。いや、今はもうのぼせる体じゃないかな。

 ただ、湯船に入るにはまずは全身を洗うのが常識だ。俺が手桶に湯を入れて体を洗う準備をしようとすると、湯船からお湯が噴き出した。


「え!?」


 お湯はまるで海から首を出した水竜のように渦巻く柱となっている。それも一つだけではなく複数だ。


「体を清めるのはお任せ下さい」

「まさか、お湯を魔法で操っているのですか?」

「その通りです。お湯を自由に操るのが私たちの能力の一つです」


 それから、いくつものお湯の柱が俺を襲撃する。溺れるかと思ったが、鼻と口にお湯がかかるようなことはなく、じっと座っていると体の各所をお湯がほどよい力加減で洗い流してくれているのが分かる。おお、これはなかなか心地いい。余裕が出てきたのでいくつか質問をしてみよう。


「水を操ることもできたりするんですか?」

「お湯じゃないと無理です」


 お湯限定とはまた珍しい。


「他に何か能力はあったりしますか?」

「水の温度を上げることができます。水に魔力を通すことで温度を上げて、ある程度の温度になると自由に操ることができるようになります」


 なるほど、それはまた風呂の妖精としての面目躍如の能力だ。火を使ってお湯をわかすことしか考えていなかったが、直接水を温めることができるとはな。火を使わない分安全面でいいかもしれない。お湯しか操れないというのは、俺の勘だが、一定以上魔力を通すことが必要なのかもな。


「はい、おしまいです!」


 なんか体中がピカピカになった気分だ。自分だと届かなかったり意識がいかない部分も洗い流された気がする。

 とりあえず、これでようやく湯船に入れる。そうすれば下半身も隠せる。落ち着かないのでさっさと入ろう。


「ふう……」


 首までつかり、ほどよい熱さのお湯が全身を包み込む。

 いやあ、やはり風呂は気持ちいい。


「いやあ、いいお湯ですねえ」

「ありがとうございます。このお湯を管理している私たちにとっての最高の褒め言葉です」


 マイヤさんを含めてヴァンニクは五人か。全員髪が長いな。ただ、顔立ちは五人とも結構違う。マイヤさんはどちらかというと大人っぽい顔立ちだ。体は人間の少女で大人という感じはしないが、五人の中では一番落ち着いた雰囲気を感じる。


「リューイチさんとグローパラスのことは私たちも知っています。私たちを指名したということは、グローパラスの浴場についてでしょうか?」

「お察しの通りです」


 そして、俺はグローパラスの浴場の管理をするモンスター娘を探していることを伝えた。グローパラスの女子大浴場は三つの区画に分かれているだめ、全てを合わせればこの城の大浴場よりも広く、できれば風呂のエキスパートに管理してもらいたい。その旨を伝えると、マイヤさんたちの瞳に好奇心が宿ったのを感じた。


「それは興味深いお話です。女王からすでに許可は出ているので、私を含めて数人行けばよろしいでしょうか」

「毎日管理することを考えたら、休日を取りながら無理なく交代できるだけの人数は必要だと思います。それはそちらにお任せします」

「了解致しました」


 それから、マイヤさんは恐る恐るといった感じで切り出してきた。


「あの、リューイチさんはモンスターの能力を高める不思議な力を持っていると聞いていますが、それは本当でしょうか?」

「高める、というのはちょっと違うけれど、まあ似たようなことはできます」

「もしよろしければ、私たちのお湯に干渉する力を強化していただけたら嬉しいのですが」


 なんでも、お湯に限定した能力であるために、もっと色々なことができるようになりたいらしい。

 とはいえ、お湯に対して何かできるのだろうか……。

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