076 新たなモンスター探し
「前から言おうと思っていたけど、リューイチ、あなたは働きすぎ。というより、仕事の量が多すぎよ。リューイチが決めないと動かすことのできない案件が多すぎて、かえってグローパラス全体の仕事の効率が落ちているんじゃないの?」
出産ラッシュが終わってグローパラスが一息ついた頃に、執務室に入ってきたムニラが開口一番切り出してきた。
俺が現在仕事にしていることと言えば、モンスター娘の発掘と勧誘がメインであるとして、各種部門から送られてくる書類に目を通して承認のサインをすること、それらをまとめて書類を書いて大臣に送ること、帳簿をつけて月次決算書を作成すること、従業員のスケジュールを管理すること、新しい施設を考えること、園内を巡回すること、発生したトラブルを解決することだろうか。
……あれ? ひょっとして多い?
この世界に来てから睡眠の必要がなくなり、体の疲れを感じることも余程のことでなければほとんどなくなったから、時間の感覚がおかしくなっているのは自覚している。地球にいた頃に二時間ぐらい集中して仕事をやっている感覚で半日経っていることはよくある。
地球にいた頃は仕事が嫌で嫌でたまらなかったものだが、この世界に来てからは逆だ。自分が主導して自分にとって大切だと思えることをやれるわけだから、それはもう楽しいに決まっている。経営者はこういう気持ちだったのだろうか。仕事の期限を自分で決めることができるのも大きいな。
こういう言い方をするとアレだが、叱責されない、責められない立場ってのは本当に気が楽だと心の底から思う。もちろん、このグローパラスでは俺が最高責任者であり何かあったら俺が責任を負う必要があるし、あくまでダーナ王国の組織であるわけだから俺より立場が上の者はたくさんいる。だが、現状は俺の自由裁量が認められていて、実際好き勝手やることができているから気楽なものだ。とても居心地がいい。だからこそ、のめり込みすぎて周りが見えていないのかもしれない。
「言われてみたら、確かにそうだな」
「言われる前に早く見直してほしかったけど」
「でもさ、こう言っちゃなんだけど、人材がいないんだよ」
モンスター娘は基本的に独自の価値観、倫理観を持っている。人間のそれとはかけ離れていることも少なくないため、グローパラスの運営の部分を任せることができない。
その中ではムニラは意外にも常識的だったりするんだよな。ケンタウロスも人間との交流が深いから常識的だ。あとはそうだなあ、キキーモラは大丈夫かな。ソールのジーンやソラリスの四人娘もそつなくこなせるだろう。
「いや、いないわけじゃないな。ただ、他の仕事に従事していて無理だ」
「それなら、仕事の配分のさせ方が間違っているんでしょ」
「う……」
それは多少自覚はしている。主にムニラについて。
「リューイチはグローパラスの外側を充実させようとしているけどさ、今はまず内部をしっかりと充実させることの方が大事じゃないかな。リューイチの頑張りで、外側はそれなりになってきたんだから」
「……そうだなあ」
俺だって内部をしっかりと整えることを考えなかったわけじゃない。
ただ、まずは俺自身がひと通りグローパラスを運営してみて、どういう人材が求められるかを把握する必要があったわけで……って、こりゃ後付だな、うん。正直言うと、単に自分一人でまずはやってみたかったのと、初期の頃なら俺一人で何とかなると思っていたからだ。
とはいえ、移住者が増えてグローパラスの規模が初期と比べると大きくなったからには、もう今まで通りではいられないか。
「というわけで、グローパラスを運営していくために必要なモンスターを確保するため皆の知恵を貸してほしい」
俺はノエルの館に人間であり副園長のクレアとティナ、浴場担当だが副園長の補佐も務めるギルタブルルのムニラ、ケンタウロスで副園長の補佐を務めているリースを呼んだ。この四人がグローパラスでは幹部ということに一応なる。
とはいえ、基本的にはノエルの顔の広さと知識の多さに頼るといった感じだ。
「頼られるのは嬉しいが、あまり儂に依存しすぎるのはよくないのじゃ」
釘を刺される。
「しかし、頼られた以上はできる限りのことをするがの。ほれ、どんな人材が必要なのじゃ」
本当はノエルを引っ張ってきたいのだが、何回か勧誘しても今のところは頷いてもらえない。この館での生活が性に合っているようだ。
「第一に浴場の管理をできる者が必要だ。火の魔法を使えるのが妥当かな。目的はムニラを浴場担当から外すこと。ムニラにはモンスターとして副園長になってもらいたい」
「そんなことを考えていたの!?」
ムニラは驚いたようだが、クレア、ティナ、リースは大賛成してくれた。ムニラがグローパラスを大切に思っていることは俺だけでなくても気づいているようで、そのことが何より大事だと思う。
「リースだっているじゃない」
「リースは、従業員のスケジュールの管理をしてほしいんだ。従業員を統括する立場だな。真面目で信頼が厚いリースには最適だろう」
「なるほどね」
すでにリースには話を通している。快活でいて真面目な彼女なら、モンスター娘の皆も納得してくれるだろう。
「それで、火の魔法を使える風呂の新たな管理者が必要なわけだけど……」
「サラマンダーとかは?」
クレアが提案する。火のモンスターといったら真っ先に思い浮かぶよね。
「でも、サラマンダーがいる場所って知ってる? 前に調べていたみたいだけど、王国内では資料が見つからなかったって言ってたじゃない」
ティナの発言にムニラとリースも同意した。彼女たちもサラマンダーの場所は知らないらしい。
「ノエルはサラマンダーがいる場所って知っている?」
「ダーナ王国でなければ」
それじゃダメだな。国外へ行くのはまだ時期尚早だと思う。国外へ行くとなるとさすがに王国の許可を求める必要があるから、もっと足場を固めないと国外へ目を向ける説得力が弱い。
「サラマンダーでなくてもいいんだ。火の魔法を使えて、あとは真面目でさえいてくれれば。確か妖精界にフェイって魔法の得意な種族がいたし」
「あいつらは魔法の腕は確かじゃが、自分のために一人で研究をすることを好む種族じゃ。そういった仕事には合うまいて」
「そうか……」
「同じ妖精ならヴァンニクが適任じゃろ。風呂の妖精じゃ」
「そんなのがいるんですか!?」
なんだその都合がいい妖精は。
「妖精は特定の職業にこだわる種族が多いからのう。靴職人のレプラコーン、鉱山に住み着くノッカー、酒蔵に住み着くクルーラコーン、糸紡ぎのハベトロットなどなど色々おるぞ」
「さすが妖精、種類が豊富だ……。なら、妖精界をあたってみることにしよう」
「他にはどんなモンスターが必要なのじゃ?」
「医者かな。できれば人間とモンスターの両方を治療できるのがいい。医者じゃなければ薬草などの知識があるとか。他に、金の管理が得意で、できればきちんと帳簿をつけることができるモンスターが必要だ。あとは、そうだな、物資の管理を任せられるモンスターもほしい」
考えだすと必要な人材はいくらでもあるな。
「できれば、人間社会のことを理解できて、人間と無理なく交流ができればいいんだが」
俺の発言に皆が唸っていた。どうやら、心当たりが思いつかないらしい。
「ユニコーンはどうじゃ?」
確かに、ユニコーンの角には莫大な魔力があって治癒を得意とするってのはよく聞く話だな。この世界でもそうなのだろうか。
「ただ、彼女と交渉するためには、童貞の少年が必要じゃがの」
「へ?」
「何も知らない無垢な人間の少年を数ヶ月かけて弄び、子を作ったら新しい童貞の少年を求めるという」
なんというおねショタビッチ。王都の少年たちが危ない。
「できればユニコーン以外で頼む」
「薬草の知識なら、ドリアードやアルラウネはどうでしょうか?」
「うちのドリアードは皆若くてそのテの知識はあまり持っていないんだ。アルラウネは自分のことしかよく知っていないみたいだし」
そして、知識の深い年齢を重ねたドリアードは移住が不可なんだよな、ままならない。
「神聖魔法を使えるモンスターを探すとかはどうかしら」
「ナイスだ、リース」
なるほど、そのテがあったか。
「で、神聖魔法を使えるモンスターってどういうのがいるんだ? ケンタウロスで心当たりがいるとか?」
「うーん、私たちケンタウロスは独立独歩であまり信仰心ってないのよね。私たちモンスターを創造したと言われている神々に感謝はしているけど、魔法が使えるほど信仰しているって話は聞いたことがないかも」
あー、確かにモンスターと信仰心っていまいち結びつかないかも。
「砂漠に住むモンスターも似たような感じだね」
ムニラも知らないか。そうなると、やはり頼りになるのがノエルか。
「海に住むモンスターは、海神ネフティに対する信仰心は厚いと聞いたことがあるのじゃ」
海か……。確かダーナ王国の南は海だったか。
そのうち海に行ってみるのもいいかもしれないな。ただ、医者は優先順位が低いから後回しになりそうだが。
それから財務管理と物資管理についても色々議論をしたが、それに特化したモンスターというのはノエルも含めて心当たりがなく、種族としてではなく、個人としてそうした管理能力があるモンスターを地道に探すのがいいだろうという結論に達した。
今日の一番の成果はヴァンニクという妖精の存在を知ったことかな。まずは妖精界に出かけてヴァンニクと話をすることにしよう。




