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モン娘えぼりゅーしょん!  作者: 氷雨☆ひで
ストーリーその3 一章
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072 蜘蛛の糸 前編

 助産婦は確保した。本来なら、医者も確保したいところだが、そこはラーナ神殿から派遣されるベテランを頼りにしよう。ここで医者まで雇ったら、ラーナ神殿の人や今回こちらに来てもらうことになったペナンガランたちの実力を疑っていると思われるかもしれない。まあ、それは考えすぎだと思うけど。


 で、次に必要なものは何か。

 それは衣服だと思う。ゴキブリたちに関しては、背中の羽を覆わないように、背中を大きく開けた服が必要になる。ローナのように服を着ているゴキブリたちのほとんどは、人間の服の背中の部分を破いているだけだ。ワーラットは尻尾の部分に工夫が必要になるな。今いるワーラットたちは、尻尾が出るように人間用のホットパンツやスカートに穴を開けている。どちらにもできればオーダーメイドのベビー服を作ってあげたい。

 問題はスカラベだな。彼女たちは部分鎧みたいなものがそのまま衣服になっているが、あれはいつからできるかそう言えば聞いていない。赤ちゃんの頃から存在するならスカラベに関してはベビー服は必要ないかもしれないな。


 何にせよ、次はグローパラス内での衣服生産だ。

 服を作るのは……仕立屋だよな。裁縫師が必要になるってことか。

 裁縫するには布が必要になる。布を作るのは……機織りだよな。機織りってよく分からない。織機を使うってのと、産業革命時に織機が進化して毛織物業が隆盛したってことぐらいは知っているけどそれ以上となるとさっぱりだ。そういう仕事は何て言うんだろう。女工哀史って言葉が頭の中に浮かんでくるが、機織職人とか機織師とか?

 さらに、布を作るためには糸が必要になる。糸……糸を紡ぐ……紡績業か?

 あ、糸や布を染める染物屋もできれば欲しいな。

 この中で最低限必要となるのは、染物を除くとして、糸を作る職人、布を作る職人、そして服を作る職人の三種類か。もちろん、一人が複数兼任していてもまったく問題ない。

 そう考えると……。




「蜘蛛のモンスター仲間でありますか?」


 俺はアシダカグモのモンスター娘、ヘテロポーダのカフィを呼び出していた。

 やはり、真っ先に思いついたモンスター娘はアラクネーだ。アラクネ、もしくはアルケニーでもかまわないが。出典はギリシア神話で、機織りの技術が超絶的だった少女で、機織りの技術を人間に伝えた女神アテナと勝負した結果、その勝負として作成したものが神々を侮辱するものとしてアテナの怒りを買って蜘蛛の化け物に姿を変えられたって話だったな。

 ハーピーやラミアと同じく、本来は個体名だったものが、ゲームなどでは敵として複数出ることが多いために、いつの間にか種族名として使われることが多くなった感がある。


「徘徊性の蜘蛛じゃなくて、巣を張って獲物を待ち構えるタイプの蜘蛛がいい。できれば、機織りの技術を持っていたりしたらいいんだけど」

「それならアラクネでありますな」


 やはりいたか。で、呼び方はアラクネと。


「私たち徘徊性の蜘蛛はあまり彼女たちと関わりを持ってないので、直接知り合いがいるわけではないでありますが……」

「それなら、アラクネが住んでいる場所に心当たりがあれば。できれば複数住んでいればいいんだけど」

「……それなら森であります。彼女たちが食料とする動物がたくさんいる故」


 となると北の森だな。あの森はモンスター娘の宝庫だな。元々森は生物が多いわけだけど、これだけモンスター娘がいるとなると生態系がどうなっているのか興味深くはある。いや、モンスター娘の食事の量は少ないから、大きな影響を与えていないのかもしれないが。


「ところで、カフィは糸を出せないの?」

「一応出すことはできるでありますが……」

「なあ、ちょっと出してみてくれないか」

「いいでありますよ。……そうだ、糸を見せるので、手のひらを出してほしいであります。そうそう、両手の手首をつけて、手のひらを上に向けて手皿を作ってもらえると……」


 俺は手皿を作る。ここに糸を出すのだろうか。あまりべたべたするのは嫌なんだけど、言い出しっぺだから仕方あるまい。

 そして、カフィは俺に背面を向けて、蜘蛛の体の部分を俺に向けた。


「てやっ!」


 蜘蛛の尻の部分から白いものが飛び出し、俺の両手首につく。なるほど、これが糸か。体が大きいから、糸も太いんだな。そして、粘着力もありそうだ。


「ちょちょいのちょいと……」


 カフィが蜘蛛の足で器用に糸を掴むと、俺の手首をぐるぐると縛り始めた。

 ん……?


「カフィ? これは?」


 すると、カフィは腕組みをして勝ち誇ったような表情になる。


「ふふふふふ、油断大敵でありますな。これまで幾度も勝負を挑んでそのたびに惜敗してきたでありますが、今日は私が勝つであります!」

「惨敗の間違いじゃないか」

「私基準では惜敗でありますぅ!」


 一瞬で涙目になるカフィ。身体能力は高いのに、いかんせん精神面が未熟すぎて戦いに向いていない気がするんだよな。


「今日はそうやって私をいじめても通用しないでありますよ。手の自由を奪った時点で私の勝利は明らか!」

「ほほう、卑怯な真似をしても勝てばいいと」

「か、勝てばよかろうであります!」


 打てば響くというか、ちょっとからかうだけで反応がダイレクトに返ってくるのがやばい。ローチ一族やワーラットたちに恐れられている彼女だが、俺からすれば実にからかいがいのある相手だ。


「まあ、どれだけ吠えても、今日は私の勝ちは揺るがないであります。さて、どうしてくれようか……であります」


 勝ち誇って近づいてくるカフィの目の前で、俺は手首に思い切り力を込める。それだけで、カフィの糸はブチィッと音をたてて引き裂かれる。


「……へ?」

「切れなかったら火を使おうと思っていたけど、結構あっさり切れたな」

「ええと……」


 先ほどまで勝ち誇った笑みを浮かべていたカフィは、今は冷や汗を流している。こちらを見る目が泳いでいるのが可愛いところか。


「どうしてくれようか、って言っていたけど、何をする気だったのかな?」

「えーと、その、肩でも揉んであげようかと……」

「ほほう……」


 俺はカフィの両頬を横にぐいんと引っ張る。おお、柔らかくて伸びるな。


「いちゃいづぇあるぃみゃしゅ!」

「まったく、こりないよなあ、カフィは」


 いい加減俺にはかなわないと学習しているはずだが。


「我らヘテロポーダは挑戦し続ける蜘蛛であります!」

「まあ、意気込みは立派だよ、うん。それにしても、蜘蛛の糸はこの程度のものなのか?」

「……糸はあまり使わないので、丈夫ではないのであります」


 カフィたちの強さはその身体能力だからな。糸を使う必要性があまりないから糸の強さはどうでもいいのかもしれないな。毒まで持っているから、むしろ何のために糸を使うのか謎なほどだ。


「丈夫ではないと言っても、普通はあの状態から脱出はできないであります。リューイチ殿は本当に怪力でありますな」

「糸は何に使うんだ?」

「獲物を縛ったり、体を固定したりする時に使うぐらいであります」


 一応使い道はあるのか。まあ、あるからこそ能力が備わっているわけだよね。


「さて、何か忘れかけてしまったけど、俺はアラクネを探しに行く必要がある。カフィもついてくるように」

「えー、めんどくさいであります」

「ついてきてくれるよね」

「わひゃった、わひゃったでありぃましゅ! ほっぺちゃをひっぱりゃ……あちゃちゃひゃひゃ……」


 こうして平和的な交渉で、カフィを今回の同行者とした。




 そして、俺とカフィは北の森の深部へと来ている。木々が密集し、昼間だというのにかなり暗く、光の魔法で明かりを出す必要があるぐらいだ。太陽の光がほとんど地面に届いていない。そのせいか、地面の方に生えている草や木は少なく感じられる。

 俺たちはいつものごとくヴィヴィアンのノエルの館を経由している。転移魔法を覚えたおかげでそこらへんはものすごく便利になった。


「いつもなら、森に行くときはティナちゃんを連れていたでありますよね。今日はなんでまた?」


 今回は、俺とカフィの二人だけだ。


「俺と二人は嫌だったか?」

「そ、そ、そんなことはないでありますよ! 逆にちょっと嬉しくも……って、何を言わせるでありますか!」


 顔を真っ赤にするカフィは可愛い、うん。

 今回ティナを連れて来なかった理由は、カフィと二人きりになりたいという甘い理由では当然ない。モンスター娘は人間を通常襲わないというが、蜘蛛のような肉食系を相手にするときは慎重に行動する必要があると考えている。どんな不測の事態が起こるか分からないし、万が一蜘蛛の網に引っかかったときのことを考えるとティナを連れてくるのはためらわれる。ただ、その考え方は、俺がモンスター娘のことを完全に信用しているわけではないことにもつながるので、モンスター娘にはこういう俺の考えを知られたくない。別に信用していないわけではないのだが、どうしても万が一のことを考えてしまうのだ。まだモンスター娘について知らないことの方が圧倒的に多いのだから。


「それにしても、この移動はどうかと思うのでありますが……」


 俺はカフィに乗っている。乗馬のような感覚だ。


「この前のお仕置きを兼ねてだ。俺の体重ぐらいなら楽に運べるだろ?」

「そうでありますが……」

「アラクネ対策も兼ねているんだぞ。俺が気づかないアラクネの網にカフィなら気づくと思ったんだ。気づいたらアラクネの網にかかって身動き取れなくなっていたとかは避けたいからな」

「そういうことなら納得であります。このカフィに任せるであります!」


 その時、魔法の光を反射したのか、空中で何かが光った。

 俺の目がとらえたのは水滴。それもいくつか空中に浮かんでいる。そして、その水滴がついているのは……。


「カフィ!」

「はわわ! こ、これは……!」


 カフィがじたばたと暴れ始めた。どうやら足に何かが絡まってうまく動かせなくなっているようだ。


「暴れるな! 暴れたら……」


 カフィがじたばたと暴れると、その動きに合わせて何かが引っ張られてきて俺たちに絡みつく。うん、これは糸だな。細くない……というよりむしろ太い。俺の親指の太さぐらいはあるが、驚くことにほぼ透明だ。

 どうやら、俺たちは蜘蛛の巣……アラクネの巣に絡み取られたようだな。


「無念……!」

「カフィを信じた俺が馬鹿だった……」


 まさか、こうもあっさりアラクネの巣に引っかかるとは思わなかった。さて、これから何が起こるのだろうか。

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