071 助産婦
デュラハン進化は不評だったのでやめることにするが、聞いておくべきことがあるな。
「今の首だけの状態で、吸血できますか?」
「たぶんできます。感覚的にそれが分かります」
「それでは、首を戻して人間と変わらない姿になっても吸血できますか?」
チャンティさんの生首が胴体と結合すると、切断線のようなものが首に残るわけではなく、もはや普通の人間にしか見えないな。それからチャンティさんは何か集中しているようだったが、俺の方を向くと首を横に振った。
「……ダメなようです」
まあ、予想通り。
それにしても、本来の姿の定義が不思議ではある。ペナンガランは、本来の姿は臓器をぶら下げた姿だという。生命を維持するための食事はその姿でなければいけないということを考えると、あの姿こそが本来の姿と納得できる。だが、その姿になるのは夜間食事をとるときのみで、日常のほとんどは人間の姿で過ごしているとなると、むしろ人間の姿の方が正しい姿なのではと思ってしまう。
俺がペナンガランの生態を聞いて最初に思い出したのは抜け首や飛頭蛮だ。夜になると頭だけ抜けて、空を飛んで人を襲うんだったっけ。確か吸血もしたかな。抜ける部分が首のみか、臓器が付随しているかの違いで、その性質はかなり似ていると思う。
抜け首は中国あたりから伝わってきたようだし、ペナンガランは南方の妖怪とかいう触れ込みだったはずだから、東南アジアかもしくは南米か。同じ人間だから似たような発想にいきつくのか、もしくは原型が同じで伝搬したのか。
で、抜け首は体を隠すと元に戻れなくなって朝を迎えると死ぬとかいう話もあるな。それを考えると、人間の姿が完全体なのかとも思ってしまう。モンスターとしての姿が本来の姿でも、人間の姿をしていないと生命を維持することができないのかと考えると、どれが本来の姿なのか考えなおしたくなるな。
いや、人間の姿も含めて本来の姿と考えればいいのだろうか。食事をとるときだけ別の形態になる必要があるだけで。しかし、ペナンガランは人間の姿ではないものを本来の姿と自称していた。
ダメだな。いくら考えても結論が出ないっぽい。姿の定義をきちんとすることが進化を考えるに当たって参考になると思ったが、あまりに俺の知識が乏しい。色々考えるのにあたってサンプル数がないに等しいから仮定でしか考えることができないのが性分的に歯がゆい。
だが、これまでも、こうやってあれこれ頭の中で考えているうちに何かしら思いつくことがあるわけで。
あの臓器丸出し状態をなんとかすれば大体の問題が解決すると思うんだよな。何かで覆ってしまえば……。
ん、一つ思いついたぞ。試してみるか。
「前と同じように、首から下を胴体から抜いてみて下さい」
すごい台詞だな、我ながら。しかし、今度は中から出てくるのは臓器ではないはず。進化魔法がうまく発動してくれたようだから、中から出てくるのは……。
「こ、これは……」
チャンティさんが驚きの声を上げた。彼女の本体と言うべきものが胴体から出てきたわけだが、それは臓器ではなく人間の体だったのだ。つまり、人間の体の中から一回り、いや、二回りほど小さな人間が出てきたことになる。そう、臓器を隠すなら何かで覆えばいい、それも人間の体ならなおいいのではということだ。
発想は着ぐるみからだ。より正確に言えば、セルキーという妖精だ。普段はあざらしにしか見えないが、実はそれが着ぐるみで、あざらしの皮を脱ぐと中から美男美女が現れるという。初めてその妖精を知ったとき、あまりのアホらしい設定に随分と驚いたものだ。
「どうです? 歩けますか?」
「は、はい……」
……俺は勝利を確信していたが、それの全体像を見て考えを改める必要が出てきたのを感じた。
人間の胴体の部分に収納されているものだから大きさに限界があるのは分かっていたが、頭は人間サイズ、胴体にしろ、元々の臓器を覆えるだけの大きさはあるから違和感がない。しかし、手足が極端に細く、しかも小さい。普段胴体の内部に収納する必要があるせいだろうか。なんというか、胴体と足の太さの差が、昆虫を少し思い出してなんか見ていてグロテスクさすら感じてしまうかも。
「これは……気に入らない……ですよね?」
「……はい」
ですよねー。
あー、そうなると臓器を覆うんじゃなくて、覆う必要がないようにすればいいのかな。
「うん、これならいいんじゃないでしょうか」
「これはいいかもしれません!」
「吸血の方はできそうですか?」
「はい、問題ないようです」
チャンティさんだけでなく、周囲で見ているペナンガランの反応もいい。
やったことは単純で、首+臓器、首のみから、今度は上半身に変えただけだ。臓器の露出がほぼないため、ぱっと見た目ではそれほど恐怖を感じない……ような気がする。
「いや、じっくり見たら怖いと思います」
「そうだよね。特に一番下の所、微妙に赤黒いのが見えてるよ……」
ティナとプレゴールが俺に耳打ちする。まあ、それに関しては仕方ない。以前は臓器剥き出しの上に、何を考えているのかピカピカ光っていたからな。夜中の移動に便利なのかもしれないが、あれでは自己主張が激しく、怖がってくれと言わんばかりで問題ありだった。
しかし、今の姿なら、上半身は完全に人間の姿をしているわけだから、パッと見ただけでは違和感を感じない。
とはいえ、今のままでは下半身がない以前に浮遊して移動しているわけだから、誰が見てもモンスターだ。
「でも、こうすれば問題がなくなる」
俺はチャンティさんに長いコートを着てもらった。そう、上半身だけでなく下半身まで覆うコートだ。俺はまだこの国の気候について知らなかったが、どうやらコートを着る機会があるようだ。……この世界に来てある程度経つのに、気候について調べなかったのは考えが足りなかったな。
でもまあ、これによって、近くから見てもモンスターとは気づかれにくくなっただろう。よく見たら、浮遊していることで頭の位置が安定していないこと、コートの下半身の部分に盛り上がりがまったくないことに気づくだろうが、夜中なら注意深い人でもない限り気づかないだろう。
「暑い時にコート着てたら不自然だよね?」
「…………」
プレゴールのその発言はあえて無視する。いや、言われてみて「やばい」と思ったのだが、まあそのぐらいは許してほしい。
個人的には、その不自然さ、違和感というものが、かえってモンスターという存在に華をそえる面があるようにすら感じられる。季節外れの服装に違和感を感じるというのは怪談ではお約束だ。そもそも、下半身を隠して気づかせなくするというのも、学校の怪談で有名なやつを参考にしたものだ。校庭から教室の窓を見たら美少女だったが、その美少女は実は下半身がないってやつで、見せ方がうまいと思ったものだ。
「コートは、暑いときのために生地の薄いものを作る必要があるかもしれません。それ以外については今までの問題点を大体解決していると思います」
チャンティさんたちはしばらく話し合っていたようだが、この姿になることに決めたそうだ。
「本当は、リューイチさんには申し訳ありませんが今までの姿が一番だと思っていました。でも、この新しい姿は前よりも便利だと思います。ありがとうございました」
「いえ、気に入っていただけてよかった」
それから、集落のペナンガラン全員に同じ進化を施すことになった。そして、ペナンガランのうち、チャンティさんを含めた三人がグローパラスに来てくれることになった。今懐妊しているモンスター娘たちの出産が終わるまでグローパラスに居住してもらい、それ以後についてはその時に改めて契約を交わす。産めよ増やせよの方針を取ることにしているので、できれば複数人常駐してもらいたいが、モンスター娘の出産で助産婦がどのぐらい重要になるか分からないので、それを知ってから契約をしたい。
助産婦の参加は、不安な気持ちを抱いていた懐妊モンスター娘たちに大きな安心を与えることができた。
そう、ペナンガランたちが最初にやったのは妊婦たちを励まし、勇気づけることだった。いわゆるメンタルヘルスケアってやつだな。何度も出産を補助してきた彼女たちの言葉には重みがあり、妊婦たちは一言一句漏らさぬように聞いていた。
うん、モンスター娘の生命力の強さを信頼していたから、助産婦を探すのはどこか思いつきやついで、といった考えが俺の中にあったように思える。しかし、それは間違いだったな。
さて、次に必要な物は何だろうか。
フィリピンのマナナンガルという魔女を参考にしました。いや、本当に似たようなモンスターが多いですね。原型が共通しているのは間違いないですけど、これだけバリエーションが豊富なのが興味深いです。




