068 プロローグ
グローパラスにベビーブームが到来していた。
ブラック・ローチだけでなく、スカラベ、ワーラットその他のゴミ・排泄物処理モンスター娘たちを中心に身ごもった者が合計で十二名だ。娼館には彼女たちを優先して回しているから、ようやくといったところか。
「……あれ、フェアリーが一人妊娠しているな。なんという早業」
そもそも、フェアリーが娼館で早速働いていたとは聞いていない。それより、どうやって妊娠させたんだよ。そもそも相手にしたのかよ。くそ、世の中変態ばかりだな。
……真面目な話、どうやって妊娠させたか気になる。今度フェアリーの誰かに話を聞いてみるか。
「なあなあ、そろそろあたしたちも」
「入るときはノックぐらいしてくれ」
唐突に俺の執務室に入ってきたのはローナだ。仲間の妊娠を俺に知らせに来た日から毎日来ているような気がする。
「前に言っただろ。俺の場合は妊娠する可能性がものすごく低いから、子供を欲しがるお前たちとは相性が悪いって」
「そうだけどさー」
そう言えばローナは娼館勤めはしていないらしい。そんなに子供が欲しければ娼館に行けばいいのに、とはさすがに言わない。とはいえ、万が一子供ができたらと考えると本番をするのは二の足を踏んでしまう。少なくとも、このグローパラスとダーナ王国のゴミ、排泄物問題に見通しがつくぐらいに彼女たちが増えるまでは余計な心配を抱えたくない。
「ところで、妊娠期間はどのぐらいなんだ?」
「うーん、大体一ヶ月かな」
え? 思ったより速いな。人間の姿をしているから、場合によっては十月十日かもしれないなと考えていたから意外だ。昆虫としては時間がかかるのかな? うーむ、昆虫の交尾から産卵の期間はさすがに知らないんだよな。ウィキ先生が切実にほしい。
「念のため聞くけど、お前たちブラック・ローチは卵を産むんだよな?」
「そうだよ」
じゃあ、なぜ胸がある、ってのは野暮ってもんだろう、たぶん。
「お前たちの普段の産卵ってどうなんだ? 危険を伴ったりしないだろうな」
それを聞いたローナはいつにはなく真剣な表情を浮かべた。
「……まったく安全ってわけじゃないね。産卵はものすごく体力を消耗するから、あたしたちみたいに体力のあるモンスターでも、その時の体調や産卵が順調にいくかいかないかで、場合によっては命を落とすこともあるかな」
「やはり、産卵は大変か」
「特にあたしたちはまだそういう経験が少ないからね。あたしみたいに産卵の経験自体がない奴も少なくないし。それでも、種族のために子供を残すことは必要だから、あとは神様の思し召しかな」
ううむ、その「場合によっては」がどのぐらいの頻度なのか知りたいところだけど、ローナの経験だけでは、聞いたところで意味のある確率ではないだろうな。それにしても、そういった死はなるべくゼロにしたいものだ。何か対策を考えないといけないな。
「それにしても、リューイチっていつも何か紙の束と向かい合ってるけど、一体何をしているの?」
その場の雰囲気を変えるためか、それとも本当に気になったのか、ローナが話題を変えてきたので俺も乗っかることにする。
「報告書だよ、報告書。俺が定期的にお前から聞き取り調査しているだろ? それをまとめたやつ。今チェックしていたのは、娼館を担当しているケンタウロスとキキーモラが書いたものだけどな」
「え? モンスターもその書類とやらを書いてるの?」
「ブラック・ローチの代表のローナにも、本当は書類を書いてほしいんだけど」
俺がじっと睨むと、ローナは慌てて顔を逸らした。
「いやあ、あたしはそういうの苦手だし、あははー」
「分かってる。だから俺が直接聞き取りをしているわけだ」
「むう、そうはっきり言わなくてもいいじゃないか」
「起こったことや、仲間の数などはきちんと把握しているからな。きちんとブラック・ローチの代表をしていると思うぞ。聞き取りをするだけですんでいるから助かっている」
「わ、分かれば、いいよ、うん」
少し褒めるとすぐ顔を赤くするのが可愛いところだ。まあ、実際きちんと仲間をまとめているのは評価できるし、助かっているのは本当だ。
「で、その報告書が大変なわけ?」
「それだけじゃない。グローパラスの財務状況についても書いている。複式簿記で簡単に損益計算書と貸借対照表を四半期ごとにまとめる必要があるからな。まだ施設数やモンスター娘の数が少ないから俺でも何とかなっているが、もう少し発展したらきつくなってきそうだ」
「腹式……呼吸?」
あ、ローナの顔がアホになってる、これはダメか。複式簿記って結構簡単なんだけどなあ。税法が絡むとわけわからなくなるが。
「財務について任せられるモンスター娘がいてくれると助かるんだが、今のところいないんだよなあ。頭脳的にはジーンやムニラあたりならこなせるはずだけど、他のことで手一杯だし」
お金に詳しいモンスター娘なんているだろうか。亜人のホビットは人間とモンスター娘の間で商取引をやっているらしいけど、ホビットでも探すか?
「そのほかにも、グローパラスに施設がもっとほしい。客を楽しませる得意技を持っているモンスター娘がほしい」
「客を楽しませるなら娼館があるじゃない」
「……健全な施設がほしいんだよ」
ふれあい広場、資料館、食堂、屋台、エステ、競馬場もどきだけだから、もっと増やしたい。本当はテーマパーク的なものにしたいのだが、技術的に無理だ。この世界ならではの技術といえば魔法だが……。
「妖精界にもう一度行って、フェアリー以外の妖精も一時的でいいから来てもらおうかなあ。魔法が使える妖精が複数いれば何かできそうだし」
「あたしたちは魔法は使えないけど、数ならいるぞ」
「ありがたいけど、テーマパーク的にはちょっと……」
「しょぼーん」
「お前たちはゴミの処理で非常に役立っているからそれで十分だ。まだ一般には知られていないけど、王城のお偉いさんたちは感謝しているんだぞ」
でも、グローパラスに必要なモンスター娘も切実にほしい。娯楽だけではなく、他にも色々と必要なものがある。
「できれば、グローパラス内で生活が完結できるようにしたい」
「どういうこと?」
ローナの目が?になっている。さすがに省略しすぎたか。
「グローパラス内で生活に必要なものが自給自足できるようになりたいんだ。集落として完成したものにしたい。現状、食料のほとんど王都から運んでいるし、日用品も王都から仕入れている。グローパラスが王都の目と鼻の先にある以上、王都と深く付き合うことは自然だけど、一方的な関係を続けることは好ましくないと思うんだ」
「何で? 今のままでいいんじゃない?」
よく分からないといった感じでローナが聞いてきた。
「いや、モンスター娘だけで、独立した集落として生活していくことができるようにしたい。今後のためにな」
「あたしたち、今までだって人間の助けとか借りないで生活していたけど?」
「食事を安定して得ることはできたか? 安全な場所で寝泊まりすることは? 衣服は十分にあったか?」
ローナたちの仲間で、まだ服がなくて裸で過ごしているローチがいたのを覚えている。また、当時の下水道は色々なモンスター娘が好き勝手に住み着いていたので小さな争いは絶えなかったことも聞いている。
「う……、確かに満足とは言えなかったけどさ」
「もちろん、今のグローパラスはまだまだ満足の状態からは遠い。でも、モンスター娘だけで生活に必要なものを全て調達できる場にしたいんだ。そして、グローパラスで作られたものを、人間が欲しがって交易をするぐらいまでにはしたい」
まあ、そうなるのはまだ先のことだろうし、そこまで規模を大きくすることを王国が認めるかどうかはまた別問題だが。あくまで、グローパラスはダーナ王国の管轄下にある実験的な集落にすぎない。でも、やれることは思いついた端からどんどんやっていきたいんだよね。
「リューイチが色々考えていることは分かったよ。あたしはバカだからそれ以上のことは理解できないけど、うまくいったらいいな」
そう言ってローナは「へへっ」と照れくさそうに笑った。こういうところは可愛いんだよな。あまりに可愛いから、わしわしと頭を撫でると、子供扱いするなと嫌がる素振りを見せながらも、むしろ頭を押し付けるようにもたれてくる。
こういう平和な時間を増やすためにも、もっと俺が楽できるように、そして皆が快適に暮らせるように、もっとモンスター娘を移住させないといけないな。




