059 女王からの依頼
「女王様!」
リンが慌ててその場にお座りをする。いや、お座りはどうかと思うが、とにかくあのフェアリーがティターニアであることは間違いないようだ。俺とクレアはその場に跪いで頭を垂れる。
「どうか、顔をお上げ下さい」
女王オリヴィアの言葉にゆっくりと顔を上げる。
やはりどう見てもフェアリーだ。不躾にならないように注意しながら観察してみるも、外見上フェアリーとの差異があるようには思えない。しかし、その体から発せられている魔力は、文字通り桁違いだ。
「フェアリーの私がティターニアとなれるだけの魔力を有していることが珍しいようですね」
「あ、いや……」
しまった、考えが顔に出ていたか。
「当然のことだと思います。昔色々あったわけですが、今は私の話は置いておきましょう。まず、あなた方が妖精界にいらした理由をお聞かせ下さい。観光が目的というわけではないでしょう?」
見透かされたような感じだ。しかし、話が早いのは助かる。
「来賓の間に案内しましょう。食事もお出しますので、そこでゆっくりとお話をお聞かせ下さい」
そして、俺は美味しい食事を食べながら、これまでの経緯を一から話した。地球という異世界から来たという話は面倒事になるかもしれないので、何か聞かれない限り、またはそのことを話す必要があると判断した時以外はこちらからは話さない方がいいだろう。俺については、リディアス神の啓示を受けた一介の剣士ということにしておく。
「なるほど、モンスターに進化を促す魔法ですか。まさに、神の力の一端ですね。あなたがそこのブラックドックに魔力を注いだ様子を見ていましたが、それは魔力ではなく、神力と呼ぶべきものだったので驚いたものです」
「え? 見ていたんですか?」
「私はこの妖精界ならば、どこの様子も見ることができますよ」
そう言ってオリヴィアが手を掲げると、いくつかの球体の形をした魔力の形が生まれ、そこには妖精界のどこかと思われる映像がリアルタイムで流れていた。これは便利だな。
「最近、この妖精界に招かれざる客が紛れ込んでいるので、強い魔力を感じる場所をこうやって監視しているわけです」
「招かれざる客? あの太陽を食べる狼のことですか?」
俺がそう言うと、オリヴィアは天を仰いだ。
「はい、それもあります。あの狼、スコルには困っています。太陽を創りだすのはかなり魔力を消費するのに、すぐ食べられてしまって……」
「え? 太陽は女王が作っているのですか?」
「はい。ですが、食べられるたびに作っていたせいで、魔力を消費しすぎて面倒なことになってしまいました」
本来の女王の魔力をもってすれば、スコルを妖精界から追い出すことは可能のようだ。それはそうだ。このような閉じた世界を創ることができるだけの魔力を持っているのだから、それを攻撃に使えば造作も無いことだろう。
しかし、スコルを探そうとしても、なぜか見つからないらしい。この妖精界のことならば手に取るように分かるはずなのに。
「普段は妖精界の外にいるのでは?」
「それなら、妖精界に入るときに私が気づきます。最初にスコルが現れたときは、スコルが妖精界に強引に侵入してきたことを感じましたから」
元々の世界を仮に地上界と呼称するとして、地上界と妖精界の間を行き来するために正規の入口を使わない場合は、かなりの魔力を使って空間を繋ぐ必要があるから間違いなく気づくらしい。それを感じないということは、この妖精界のどこかに潜伏しているということだそうだ。
当然捜査はしているが見つからず、さらに妖精界の各所で魔力の乱れによる異常現象が起こるようになり、それを止めるためにティターニアは毎日妖精界の補修のようなことをしている状態だという。
「異常現象?」
「妖精界は妖精のための世界です。その環境を保つために常に魔力が循環しているわけですが、それを別の強い魔力によって狂わせると様々な障害が発生します。大抵は異常気象という形になりますね」
毎日魔力を消費することになり、スコルを相手にするどころではなくなっているそうだ。妖精界そのものを維持することがティターニアの一番大切な仕事だ。
「さて、このような話をした理由、分かっていただけますね」
……こういう事情を詳しく語るのは、当然何か切り出すからだろう。俺は小さく頷いた。
「リューイチさん、あなたの目的である転移魔法ですが、私の知っている方法ならば条件付きではありますが望む効果があります」
「本当ですか!?」
「ティターニアとなった妖精に伝えられる特殊な魔法です。妖精の秘術とも言うべきものなので、申し訳ありませんが、どのような効果を持ち、どのような制限があるか、まだ語るわけにはいきません。私たちの今置かれた苦境を救っていただいたその時には必ず包み隠さずお伝えしましょう。そのことは、ティターニアたる私、オリヴィアの名のもとに誓います」
本音を言えば、その転移魔法が実際に俺の意図するものと同じか、もしくは近いものか確認したい。だが、女王が自分の名を出して誓うほどだ。それ以上何かを求めることは不敬に当たるというものだろう。少なくとも、妖精とは今後もうまくやっていける関係でありたい。
「それでかまいません。俺たちは、スコルが二度とこの妖精界で太陽を食べるようなことをしないようにすればいいのですか?」
「それともう一つ。先ほどの話しに出た金色の瞳の黒い狼。私もおかしな魔力を感じて確認しようとしたのですが見つけることができませんでした。その隠蔽能力を考えると、スコルと何らかの関係があると見ていいでしょう。その黒い狼についても調べて下さい」
うーむ、やはりそれもか。あれにはなるべく関わりあいになりたくないが、スコルと関係があるかもしれないならそうも言っていられない。
「分かりました。スコルと黒い狼の両方を何とかすればいいわけですね」
言葉にすれば簡単だが、女王ですら無理だったことをはたして俺が解決することができるかどうか、不安ではある。
「それでは、まず会っていただきたい方がいます」
それからしばらくして、女王は一人の女性を連れてきた。
ん? なんか外見は人間っぽい女性だ。白い緩やかなローブを纏い、腰まである長い金髪が目を引く。だがそれ以上に、くせ毛なのか、まとまった形で頭の上に触角のように飛び跳ねているのが印象的だ。美人だがどこかおっとりとした雰囲気を漂わせている。
そして、何より胸が大きい。どうしても目がいく。緩やかなローブだからはっきりと形は分からないが、それにもかかわらずボリュームの大きさが分かる。しかもなんか歩くと揺れる。うむ、困ったものだ。
「はじめまして、私は……はわわわ!?」
ビターン!
その女性はローブを自分で踏みつけて思い切り転んでいた。しかも、勢いよく転んだせいなのか、ローブがまくりあがり白い太ももが露わになる。
「あああああ!? すみません! すみません! お騒がせして!」
そして、ひたすら頭を下げる。
なに、このドジっ子。
クレアが手を差し出すと、また大げさに頭を下げてお礼を言う。
「すみません、私、何もないところでよく転ぶんです……」
「はあ、大変ですね……」
そうとしか答えようがない。
「こほん、失礼しました。私はソールのジーンといいます」
「ソール?」
「太陽を育て、太陽を運ぶ一族です」
ソール……ソル、つまりは太陽か。太陽神だったような気もするが、ジーンから感じる魔力の気配はモンスターのそれと同じだ。つまり、この世界ではモンスターとしてソールという種族があるということか。
「失礼ですが、太陽を育てるとはどういうことですか?」
「たとえばこの妖精界のように、閉じた世界は実は世界のあちこちにあります。また、地下にも広い空間を設けて生活をしている種族がいます。そんな場所に太陽をお届けするのが私たちの仕事です」
なんとも壮大というか、大味というか。改めて、この世界が異世界であるということを思い知る。
「今年の太陽は、近年の当たり年である二十年前に匹敵する出来なんですよ!」
……なんか、どこかで聞いたようなフレーズだな。
「本来、この妖精界では女王が太陽を創っていたようですが、狼の襲撃により、太陽を毎回創っていられない事態になったとかで、我々にお声がかかりました。ですが、二、三日ごとに狼に食べられてしまいまして、困っているのです」
「ひょっとして、太陽を運んでいた馬車の御者はあなたですか?」
「はい、そうです」
……ドジっ子が太陽を運ぶ馬車を駆っているのか。
「リューイチさん、どうか彼女と協力して、スコルから太陽を守っていただけないでしょうか」
女王は改めてといった感じで俺に頼んできた。
さて、そのためにどうすべきか、しっかりと考えないといけないな。




