051 魔力と炎
「もうっ! ほんっと、信じらんない!」
プロミィがぷりぷり怒っている。頭から湯気がぽっぽーと噴き出しかねない様子なので、また燃え上がらないかと不安だ。
幸い、すぐにプロミィが炎を出すのをやめたのと、俺が水筒の水を景気よくかけたことで火傷はほぼ負ってない。妖精を含めてモンスターの肉体回復能力は早いようなので、明日には傷跡一つ残さず治っているだろう。
しかし、着ている服には甚大なダメージがあり、半分以上が黒焦げになってしまったために今は全裸だ。どうもモンスター娘の辞書には羞恥心という言葉が抜けている気がする。憶測だが、男という性がいなくなったことが影響している面もあるかもしれない。
もっとも、体の大きさが手のひらサイズで、プロポーションも小学生高学年から中学生ぐらいといった感じなので、目の毒というほどではない。
「いや、本当にすまない。てっきり炎無効とか持っているものかと」
「……何それ?」
こういう世界にいると、ゲーム的なものを想像してしまうことがたまにある。転移初日に、「ステータスオープン」と呟いてみたこともあった。もちろんステータス表示がされることはなかったが、あの時のドキドキ感はプライスレスだ。
「しかし、これじゃ使い物にならないかもなあ」
「焼身自殺はもうごめんよ」
そりゃそうだろうな。心頭滅却しても、火は熱いから火なんだ。
「俺は火が熱く明るくなるようにしたんだけど、もうその火しか出せなかったりする?」
「……試してみるけど、水の用意をしてね」
俺は頷いて、予備の水筒のフタを開ける。それを見たプロミィは「よし」とかけ声を出すと、真剣な表情になった。そして、全身が以前の青い炎に包まれる。
「あ、前と同じ炎も出せるのか」
「いつもと同じように無意識に近い感じでやったらこうなるみたい。さっきはかなり気合を入れたから」
「……じゃあ、少しずつ気合を入れてみてくれ」
俺の言葉に頷くと、プロミィの顔がキリッとする。それに伴い、青い炎が少しずつ赤くなっていく。
「あちち! やっぱダメ!」
どうやら、消費する魔力量に応じて炎が熱く明るくなるらしい。全身を包むだけの炎の場合、一度出してしまえば維持する魔力はほとんど必要としないから、ほぼ無意識で炎を出し続けられるとか。そういえば安定するとか言ってたっけ。
「……もしかしたら、あたしの魔力が強くなっているのかも。だから、より強い炎を出せるようになったのかな?」
なるほど。ということは、魔力の強さを進化させたってことだろうか。そういう進化もありってことなのか?
「プロミィ、さっき青い炎を自由に操っていましたが、明るい炎でもそれができたりしますか?」
「やってみるー」
ティナの言葉を受けて、プロミィが音のならない指パッチンをやると、赤い火の玉が生み出される。それは暗い森の中を明るく照らす。
「おおー」
「これなら、明るくて怖くなくなるのではないでしょうか」
「炎に包まれてないと、なんというかウィルオーウィスプとしてどうなのかなって気持ちにはなるけど……」
まあ、今のプロミィを見たらウィルオーウィスプとはとても思えないな。
「自分を青い炎で包みつつ、明るい炎を操ればいいんじゃないかな」
「そんな器用なこと……」
できたりした。
プロミィ自身は青い炎に包まれているが、プロミィの少し前に浮かんでいる炎は赤く輝いている。
「これなら大丈夫かも!」
「やったな!」
「よかったですね!」
なんだかんだで即効解決したな。プロミィが燃えたときはどうしようかと思ったけど。
「わーい!」
プロミィが大きく両腕を上げたとき、コントロールが甘くなったのか、赤い炎が大きく動く。その先には低木が密集していて、乾いていたのか燃えやすいものでもあったのか、パチパチと音を立てて燃え始めた。
あー……うん……。
「燃えてるー!?」
プロミィの叫びに我に返る。
やばい、やばい、洒落にならない!
「プロミィ! あれ、消せないのか!?」
「無理! 燃え移った炎にまで責任持てないよ!」
水筒に入っている水では焼け石に水だろう。とにかく、服を脱いで、服を叩きつけるぐらいしか思い浮かばないぞ。
でも、迷っている暇はない! よし……。
「せいっ!」
そのとき、ティナのかけ声と共に、周囲の土が盛り上がって燃え始めた低木を押しつぶすように中に取り込んでいった。
これは、ティナの魔法! なるほど、大地を操って、土で覆い尽くして消火か。まだ火が小さかったことが幸いしたのか、土の中から炎が噴き出してくることはなかった。それを確認して、俺とプロミィは大きくため息をつく。
「た、助かった……、ありがとう、ティナ」
「今のは危なかったねー」
森の中では火遊び厳禁という当たり前の結論が出た。森の中でなければ色々と有用でありそうだが。
「別の方法を考える必要があるな」
「あたしが燃えて、木が燃えて、次こそ森が燃えそうな気がしてならない……」
「嫌なこと言うなよ。ちょっと場当たり的すぎた、さっきまでは」
そうだ、もっと慎重に考えないといけない。この世界に慣れてきて気が緩んでいたのかもしれない。
そもそも、俺の進化魔法の力は結構無茶なことができるようだ。サンドワームを小さくしたり、ハイ・スライムに体の一部自由にメタル化させる能力を与えたり、俺の知っている進化とは違う。それなら、もっと単純な発想、そして自由な発想をした方がいいような気がする。
「リューイチさん、炎そのものを変えるのではなくて、炎の色だけを変えることはできますか?」
「あ……」
そうだ、青い炎が怖いなら色を変えればいいじゃない。
……でも、可能だろうか? ラミアの鱗の色を変えるのとはわけが違うだろ。鱗の色を変えるのは、保護色や擬態の一種と考えれば俺の中ではありだったが、炎の色ってのは生物と関係ないよなあ。
ただ、色はともかくとして、生物が発光するというのは珍しいことじゃない。ホタルや海の生き物など光る生物は結構いる。高校の生物の授業で、先生が夜光虫をすりつぶして青く光らせてたっけ。
とはいえ、生物の発光の原理なんて知らない。テレビでホタルやホタルイカの特集があるときに生物の発光のことを簡単に説明していたような気がするが、内容までは覚えていない。熱を伴わない光ってことぐらいしか記憶にないなあ。それに、生物の発光って青とか緑だったよな。それじゃ意味がない。
「炎の色……炎の色……炎……色……炎色……」
炎色反応という言葉が頭に浮かんだ。ほとんど覚えてないけど、金属の粉を炎にふりかけたら色が変わるんだったか。味噌汁の吹きこぼれがどうのという話を先生がしたのを覚えている。花火も炎色反応を利用して色をつけているんだっけ。何をかければ何色になるかはそもそも覚えようともしなかったから覚えているわけもない。
あー、でもだめだ。金属をどこからもってくるのかという問題があるし、そもそも高熱でなければ反応しないはず。それじゃ意味がない。
……いやいやいや、待てよ。あっさり断言するのは早い。
高熱でなければダメなのか? 要はエネルギーがあればいいってことだよな。魔力でそれを代用することができないだろうか。金属にしろ、メタル化という前例があるわけだし。
「もしかしたらいけるかもしれないな……」
「なになにー、なんかできるの?」
問題は、この脳天気なウィルオーウィスプに複雑な処理ができるかどうか。
いや、能力として定着すれば、複雑なことも本能的にできるはず。スライムに保護色が可能だったのだから、大抵の複雑そうな処理はどうとでもなる気がする。いや、どうとでもなる! 根拠はないが、確信することがもしかしたら大事なのかもしれない。俺に明確なビジョンがあることがたぶん必要だ。「できるかな?」じゃねぇよ、やるんだよ、って○ッポさんも言ってたような気がするし。いや、言ってないな。
魔力は十分にあると思う。最初の熱くない炎を使って、魔力でエネルギーだけを金属の粉に伝えればいけるかもしれない。問題は金属の粉だ。蝶みたいな羽があれば鱗粉を使えただろうに。なんで翼や羽を持ってないのに平気で飛んでいるのかわけがわからない。
粉……鱗粉がなければふけにするか? いや、それはさすがに可哀想というか俺の美的感覚が許さない。そもそも供給し続ける必要があるから、有限のものでは困りそうだ。となると、炎を生み出したように、魔力でちょっとずつ粉を生み出す必要があるかもしれない。
「深く考えたらたぶんダメだ。俺は、俺のインチキな魔法を信じる」
「え? そんなのでいいの?」
「元々神様の力みたいなもんらしいから、多少の無茶は押し通すよ」
……あ、マジで無茶が押し通りそうだ。
いつものように大きな力が俺の中を巡り、その力をプロミィへと伝える。
「これは……なんかあたし、さらに魔力が上がったような気がするよー」
「成功していれば、元の青い炎の状態から、炎の色をある程度変えられるはず。炎に何かを足すような感じで試してみてくれ
「分かったー」
そして、試みは成功した。
いつもの青い炎が、緑や黄色、橙色、赤色と変化していく。それなのに、まったく熱さは変わらない。
「わあ……綺麗ですね!」
「す、すごいよ、これ!」
自由に変わる炎の色はとても綺麗で、ティナとプロミィはすっかりはしゃいでいた。さらに、プロミィ本人が纏わない炎も自由に色が変えられるようだ。色とりどりの炎を夢中になって作っている。
それにしても、こんな適当なやり方で、ここまでできていいんだろうか。
生物の発光のバリエーションと考えればそう無茶でもなかったのかな? 元々魔力を利用して鬼火を出す妖精だったから、相性が良かったのかもしれない。
とりあえず、これでプロミィの願いは叶えることができたな。
いつも以上に無茶な進化のさせ方でした。
細かい理屈抜きで、単純に「炎の色を変えられるよ」でよかったかも。




