034 グローパラス
「あああああ、なんで受けちゃったかなあ、俺」
俺は頭を抱えざるをえなかった。あの場の雰囲気から受けざるをえなかったんだよなあ。あそこで断る勇気は俺にはない。これが大臣から言われたら保留にしていたんだが、国王直々に言われたら下手なことはできない。
「不満が出るのが不思議だな。これから成長が見込まれ、その規模が計り知れないほど大きいかもしれない案件の中核に抜擢されたのだぞ」
今、俺の隣で馬に乗っているのは大臣だ。なにこの人、偉いくせに超フットワークが軽いんだけど。護衛に付いている騎士たちは見覚えのある顔ばかりで、なんかもうあきらめているんだろうな。
「君の立場に就きたかった者はたくさんいる。うまくやれば出世は間違いないからな」
「なら、やる気がある人にやらせれば……」
「君は、出世が目的の者に、人間とモンスターとの共存を託すのか?」
……! それを言われると痛い。共存のことよりも自身の利益のことを第一に考える奴に中核にいられたら困る。
「君の理想を実現できる立場だ。君を推薦したわしに感謝してほしいものだ」
「……やっぱり、黒幕は大臣、あなたですか」
「もっとも、わしが推薦せずとも、陛下は君を任命しただろうがな。モンスターの信任を得ないことには話にならないからな」
つまり、俺なら信任を得られるというわけだ。そういう信頼を大臣から感じて、俺は顔を伏せた。こういう照れくささは苦手だ。
それを見た大臣が笑っているようだ。ったく、これだから頭の回転が速い相手は苦手なんだ。
そして、王都を出て一時間ほど歩いたところにグローパラスはあった。王都から結構近いところにモンスターの集落を作るとは思いきったことをする。
もっとも、あまり遠いと人間との交流という点で不都合が生じるかもしれない。また、監視しやすい場所にあるという考え方もできる。
「これはまた……、思ったよりも建設が進んでいる?」
すでに石造りの建物がいくつか建っていた。そして、現在進行形で職人らしき人たちがかなりの数せわしなく働いている。
「国の未来を担うかもしれない一大計画だ。かなりの資金を投入しているから、君もそこのところは自覚してほしいものだな」
うわあ……、これはもう引き返せないって感じだ。
「手前にある大きな建築物が娼館になる予定だ。おそらく一番大きな建物になるので完成までまだ時間はかかる。それまでにモンスターたちの教育はしっかりしておいてくれ」
「え? 教育?」
そっちの教育なんて素人童貞の俺には無理だって。わたわたしている俺を見て大臣が笑う。
「はっはっは、そっち方面は、娼館が完成したら高級娼館に勤める名のある娼婦を教育係として送る。君に期待しているのは、人間に対してどういう接し方をすべきか、常識を含めて教えることだ」
ああ、なるほど。それは大切なことだし、言われなくても当然やるつもりだ。
それから、娼館から少し離れた場所にある、これまた建造中の屋敷に連れてこられた。
「この屋敷が君の住居になる」
「え!? こんな大きいのが!?」
「君はこれからこの集落の代表者になる。ただ管理するだけではない。人間とモンスターが共存し、互いがよりよく生活することができるようにする可能性を探り、時にはモンスターとの交渉をすることも出てくるだろう。ある程度の権力と、その権力に相応しい生活をしてもらわねば困る」
「いや、ここにずっと縛り付けられるのはさすがに……」
あまりに待遇がいいと、それに伴う責任が大きくなる。気軽に外に出られなくなるのは俺としては困る。
「モンスターに関するためのものならば、遠出もすぐに認められるだろう。何しろ初めてのことだらけだ。かなり自由に行動できることは保証しよう」
……たぶん、大臣は本気で人間とモンスターとの共存を考えている。この前、大臣は本当はかなりのロマンチストではないかと思ったが、実際にそうなんだろう。この人はその理想を現実にするために、俺にかなりの投資をしている。それがこの短い期間で強く感じられた。
「……色々配慮していただき、ありがとうございます」
俺はもう、ただ深く感謝するしかなかった。
深く頭を下げる俺に、大臣は肩を叩くだけだった。そして、それだけで大臣の気持ちは分かった。
「リューイチ、期待しているぞ」
そして、大臣は一度職人たちを集めて俺を紹介、それから護衛の騎士を連れて王都に戻った。俺はもう少し、これから俺の拠点となるこの場所を見て回ることにした。
まずは、屋敷の周辺を見てみることにするか。庭にあたるところがそこそこ広いので、これをどうやって活用……って、活用させようがなさそうな砂場がある。
「はあい」
そして、見覚えのあるスカラベ四人娘。
「あれ、お前たち、どうしてここに?」
「引っ越しの手伝いよ」
引っ越し? 一体誰の? と思ったら、砂場の一角がもこもこと盛り上がり、何かが飛び出してきた。
「リューイチ!」
飛び出してきたのはサンディで、そのまま俺に抱きついてくる。
王都にまでついてくることになったサンディについては、さすがに王都内に住まわせるわけにはいかないので、当面の間はスカラベたちの仮住居で面倒を見てもらうことになったのだが……。
「リューイチの屋敷ができるって聞いて、サンディちゃんの希望もあって引っ越しすることにしたの。どうせだから驚かせようと思って内緒にしてたんだけど」
「どう? 驚いた?」
「……驚いたよ」
それにしても、なかなかよくできた砂場かもしれない。広さこそ大したものではないが、砂のきめ細かさはまるであの砂漠のようだ。
「ちなみに、砂は砂漠から運んだのよ」
「かなりの量だから、人間にも頼んで運んでもらったの」
まさかそこまでするとは。サンディが小さいとはいえ、完全に隠れられる程度の深さがあると考えると、砂の量は結構なものになるはずだ。
「リューイチ、今日から一緒!」
うーん、建築の邪魔になるだろうし、せめて屋敷が完成するまでは宿屋生活を続けるつもりだったけど、これではもう今日から屋敷で生活しないといけないっぽいなあ。
「そういえば、スカラベの仮住居ってどうなってるんだ?」
確か、テントが人数分並んでいるシュールな光景だったな。穴を掘って巣を作ると言い出したのを、手当たり次第穴を掘られても困るということで押しとどめたんだっけ。
「ここと同じで、建物が急いで作られているのよね。私たちは別に地下にこだわるわけじゃないから。それに、子供を産むための場所として地下室も作ってくれるみたい」
「スカラベ居住区という名前がもうつけられているの。今は四十八人だけど、将来的には数百人の大コロニーにしたいわ!」
王都としてはスカラベの数を増やすことが急務だから、スカラベの住居をきちんと整えることには相当力を入れているみたいだな。
「ねえねえ、私の砂場はサンドワーム居住区ってなるー?」
「いやあ、ここにはサンディ一人が限界かなあ」
「んー、残念」
サンドワームは結局サンディしか見たことないんだよなあ。あの広大な砂漠に、実際どれだけのサンドワームが生息しているのかは謎だ。きっと、どれも腹をすかせているだろうから、できれば小型化させたい。ここが落ち着いたら、一回は砂漠を広く調べる必要があるだろうか。
いや、俺一人じゃ無理だな。まずは多くのモンスター娘と仲良くなって、色々な形で協力しあえるようになることが大切か。
そう考えると、このグローパラスの存在は本当に重要かもしれない。
「あたしたちも遊びに来たよ」
聞き覚えのある声に振り向くと、Gのローナや軍曹のカフィのほか、リング・ローチ、ワーラット、フライ・ガールも数人いる。サンディたちと合わせると二十人弱もいる。
こうして複数の種族のモンスター娘が一堂に会すると、やはり圧巻というか、短い期間でよくもこれだけのモンスター娘と知り合うことができたとも思う。
「まあ、遊びに来たといっても、まずはあのときの約束を守ってもらおうと思ってさ」
え? 約束? 何か約束したっけ?
「したじゃん、忘れっぽいなあ」
「約束の場所が完成したって聞いたかから、そこに行くのが楽しみ!」
「というわけで、リューイチには付き合ってもらわないと」
怪しい笑みを浮かべる彼女たちに背中を押されて向かった先は……。
「浴場?」
そこは大きな浴場で、見た感じほぼ完成している。
いや、マジで広い。男湯は日本で入ったことのある銭湯ぐらいの広さだが、メインとなるモンスター娘用の女湯が相当広い。何が広いかって、一つだけでなく三つあるからだ。全部合わせると、小学校の体育館ぐらいの広さはあるのではなかろうか。できれば複数必要と前にぽろっと話したことがあるが、まさか本当に実現されているとは。早急にといったためか、一番最初に作られたようだな。
「また会ったね」
銭湯の中にいたのはギルタブルルのムニラだ。こいつまで砂漠からやってきたんだ。
「一体何のためにここにいるかって顔だね。私は火と風の魔法が得意だから、風呂とやらを沸かす役を頼まれたのさ。ここはモンスターのための村になるって話だし面白そうだから引き受けたってわけ」
風呂の燃料役とは……。そう考えると魔法って便利だな。
「ずっとここに張り付いているのも大変だから、もう二、三人火の魔法を使えるやつを連れてきてほしいところだけどね。まあ、入っていきなよ。本来はタオル類は有料だけど、今は試験期間だから無料でいいってことになってるから遠慮なく使ってよ」
「そうだな。せっかくだから入っていこうか」
着替えがないけれど、まあタオルがあるなら試しに入ってみるか。
「サンディのことはスカラベに頼むからな。じゃあ、この休憩所で待ち合わせということで」
「はいはい、リューイチもこっちね」
「え?」
え?




