033 任命
今、俺は謁見の間にいる。床や壁は白の大理石で、壁には幾何学的な模様が一定のパターンで描かれている。こういうのって作るのにどのぐらいの時間がかかるんだろうな……。装飾過多なきらびやかさはないが、大きめの窓が多数設置されていて、そこから太陽の光が部屋全体を明るく照らしていてる。
中央にはいかにもな赤絨毯が部屋を縦断していて、その先にはゆるやかな五段の階段があり、玉座へとつながっている。玉座はこれまた一見しただけで玉座と分かる豪華なもので、背後にはビロードの赤い垂れ布がかけられている。その垂れ布に描かれているのは、ダーナ王国の紋章である、グリフォンに騎乗して剣を掲げる騎士だ。初代国王のレオン・フォン・ダーナがモデルらしい。
グリフォンかあ。今となっちゃ、モンスター娘になっているのかな。それなら紋章を変えないといけないのでは。いや、グリフォンが古代種なら昔から姿を変えてないかもしれないが。
とまあ、そんなことを考えたのはほんの数秒で、今は玉座の主、つまり現国王であるテオドール・フォン・ダーナの眼前にいるわけで、緊張で胃が痛い。
五十二歳という国王は、肩まである髪はすっかり白くなっているが、掘りの深い顔立ちから放たれる鋭い眼光が歳を感じさせない。国王と知らなくても、目の前の初老の男性がただ者ではないとはすぐに分かるだろうな。
「リューイチ・アメミヤ、そなたの活躍は聞き及んでいる」
うわ、よく通る声してるな。
で、名前が先か。もしかしたら東方の国は本当にジパング的なもので、俺が東方出身といったから呼び方を合わせたのかな?
「此度のウンディーネによる王都襲撃事件の解決はそなたがいなければ円満に解決はできなかったそうだな、ニコラウス」
「はい、彼の活躍は特筆に価すべきかと」
ニコラウスって一瞬誰かと思ってしまった、大臣の名前だったな、うん。
「いえ、私は一つの提案をしただけにすぎません。私の無茶な提案を退けずに、真剣に取り合ってくれた大臣をはじめ、この国の中枢の方々の英断があってのことだと私は考えています」
あー、客商売の顧客相手と違って、身分の高い相手との会話って無駄に緊張して嫌だなあ、早く帰りたい……。
「私は提案をしただけで、その提案を具体的な形にするのは私ではありません。現に、ウンディーネやモンスターと約束したことが、今どれだけ進行しているか、私は把握できておりません」
そう、色々と口約束はしたけれども、それぞれ具体的にどのぐらいまで実現できているかはよく分からない。気になっていたが、作業の邪魔になりそうで足を運んでいないのだ。
「リューイチはスカラベとの交渉で砂漠にもう一度出かけていたから知らないのも無理はない。王都にほとんどいなかったのだからな」
大臣はそれから、現在の進捗を国王に報告した。本来は先に国王に報告することになっていたのだが、国王が俺がいる場でやらせたかったらしい。そして、その報告に対して質問があれば自由にしていいという許可を国王からもらった。
「まず、ゴミ問題の件です。王都内に複数設置されているゴミ集積場から王都の外へ運ぶまでは従来と変わりません。しかし、今までは下水道に流していたところを改め、ゴミ置き場を複数設置しました。そこに置かれたゴミを、モンスターたちが自分たちの巣へと運ぶことになっています」
「気になっていたんですけど、巣、つまり彼女たちの住居はどうなっているんですか?」
「彼女たちは下水道にすでに複数の巣をかまえているので、それらについては現状維持にします。ただし、新たに作る場合には、王都とは逆の方向に作るよう求めました」
まあ、王都の方へ掘り進められたら後々問題が起こりそうだし。
「現状、ゴミについてはほぼ全部消費されています。今の王都の人口増加率を考えるとやがてゴミの量が上回りますが、モンスターたちの数も増えることが想定されるので、今後の課題はそのバランスです」
そこらへんはクモやムカデに期待だな。ヘタに介入するよりも、食物連鎖が働けばうまくバランスが取れるとは思う。
「続いては懸案だった排泄物の件です。これは、スカラベの数が増えなければ厳しいと言わざるをえません」
スカラベ四十八人は全員こちらに来ることになったが、人間が一日で出す排泄物の量に比べたら、彼女たちの食事の量が圧倒的に少ない。フライ・ガールはゴミも食べているのであまり期待できない。
というわけで、今は処理しきれない排泄物は埋めるしかない状態だ。まだ手付かずの土地が広がっているので、そこに浅く埋めることによって、少しでも早く分解されるようにしている。ただし、この方法は労働力が恒常的に必要になる上に、人口が増えた数年後には機能しなくなる。
だからこそ、スカラベが増えることが急がれる。繁殖期の大人や、成長期の子供が食べる量はかなりのものらしいので、スカラベが順調に繁殖すれば排泄物の処理もうまくいくとは思う。
「結局、人間との繁殖ってどうするんですか? これが一番難しいですよね」
「それだが、色々と考えた結果、試験的にモンスターたちの集落を作ることになった。今、急いで作られている」
え!?
それって、前に俺が提案したことだよな。あの時は大臣に注意されたが……。
「ほ、本気ですか?」
「集落と言っても、大きな規模ではない。繁殖の場を娼館という形にして、そこに勤めるモンスターのための住居と公衆浴場を設ける。さらに、娼館のみではモンスターへの間違った考えが広がる恐れがあるため、娼館とは別に日常的に触れ合える場を設ける。ゆくゆくは、娼館よりもそちらを主としたい」
うわ、初耳だよ。なんか具体的に計画が進行しているっぽい?
「集落を作ることは時期尚早と言っていたのは大臣でしたが」
「総合的に考えて利益になると考えたら何も躊躇することはあるまい。若いのだからもっと柔軟的に考えないといかんぞ」
な、なんだよ、ころっと意見を変えたのはあんただろ。
そんな風にイラっときたら、大臣が不器用なウインクをしてきた。なんか笑ってるし、くそ、偉いくせに自由だな。
それにしても、娼館か……。
「娼館ですか……」
「モンスターとの繁殖のためという目的を前面に出すのは危うい。モンスターを意図的に増やしているとみなされたら、他国から何と言われるか」
……! やばい、それは考えてなかった。確かに、モンスターを意図的に増やしていると受け取られたら、いや、実際にそうなんだけど、場合によってはモンスターを手懐けて戦力を増強していると受け取られるかもしれない。いや、可能性の一つとして確実に考えられるだろう。
そもそも、モンスターの集落を作ること自体、他国にとっては脅威に見えてもおかしくない。
「娼館にする理由として、父親が誰か明確にさせないことがある。モンスターは女しか生まれないそうだから、貴族が利用した時に跡目争いに発展する恐れはあまり考えられないが、それでも万が一ということがある」
そういうことも考える必要があるのか、面倒だな。
「しかし、モンスター側が父を求める可能性は?」
「そこはすでに話し合っている。繁殖を優先するモンスターの場合は、父親の存在をそれほど重視しないとのことだ」
そういうものなのかなあ。でも、人間との交流が進めば……。
「集落がどのようなものになるかよく分かりませんが、もし人間とモンスターとの交流が行われるのであれば、人間とモンスターとの間で恋愛に発展する場合があるのではないでしょうか。その場合はどうします?」
「それはそれでかまわないのではないか」
え?
「リューイチ、まだ若いのにそう保守的でいいのかな?」
あ、あのジジイ……、にやにや笑ってやがる。
「交流が進めば当然考えられる事態だ。禁止する理由はない。……いや、貴族に関しては制限を加える必要があるな」
ん? 今思いついたような言い方だな。
「今の言い方、このことに関してはしっかりと議論がされているわけではなさそうですね」
今度は大臣が渋い顔になった。よし、一矢報いた。
そんなことを考えていたら、俺と大臣のやり取りを静かに聞いていた国王がいきなり大声で笑い出してびっくりしてしまった。大臣も驚いた表情をしている。
「ニコラウスがここまで楽しそうにしているのを見るのは久しぶりだ。昔を思い出すな、あの頃はわしもお前も若かった」
「へ、陛下……」
「いや、実に楽しめた。リューイチ、今回の件の報酬だが、金貨二十枚と我が国の特別市民権を授けよう」
金貨二十枚!? かなりの額だ。毎日肉体労働をやって四ヶ月はかかる計算になるな。これはありがたい。
で、特別市民って一体何だろう……。
「特別市民は、税金が半額になり、賦役が免除される」
大臣が説明してくれた。賦役免除はかなり大きい気がする。普通に市民になるだけだと賦役の義務が課せられるから、その場合は俺は断ったかもしれない。
「リューイチ・アメミヤ。そなたの姓、アメミヤとはどういう意味だ?」
なんか国王が変なことを聞いてきたな。
「アメは天気の雨、ミヤは……そうですね、宮殿でしょうか」
「ふむ、なるほど……。それならば、グローパラスだな」
ん?
「それは一体?」
「古い言語で、雨の宮殿を意味する。モンスターたちの集落はそう名付けることにした」
「え?」
「リューイチ・アメミヤ、そなたをグローパラスの長に任命する」
「えええ!?」




