026 感染予防
大臣はモンスターたちとの協力関係のための要望を協議するため、そしてソフィアたち騎士は大臣の護衛のため一足先に戻ることになった。
モンスターたちの間から「これさえ何とかしてくれればどんなモンスターも惜しみなく協力する」として提案された案件については、具体的な案を作成するのは時間がかかるだろう。
それは「繁殖するための男性の提供」だ。
モンスター娘たちは女性しか存在しないので、スライムのような一部の例外をのぞいては子孫を残すために人間の男性を必要とする。
結婚するわけではなく、一人の男性が複数を相手にすることもかまわず、動物のネズミやゴキブリのように次から次へと繁殖するわけではないから大量の男性を必要とすることもない。
そういう条件ではあるが、これを合意するためには慎重な議論が必要だろう。少なくとも、既婚男性は対象外にしなければならないし、未婚男性にしてもあまりに奔放なやり方をしたら、女性がモンスター娘を敵視することにつながる。
「一つ聞きたいんだけど、ここに住んでいて男をさらってきたことは? 前に俺をさらおうとしたしな」
その言葉に、その場にいるモンスター娘の多くは顔をそらす。これは黒だな。
「……で、さらった人たちは今どこに?」
「すぐ体調を崩すことが多くてさ、さらってきても数日で解放せざるをえなくて、今はいないよ」
その場にいる色々な種類のゴキブリやネズミのモンスターに聞いても同じ答えだった。
「だからさ、子供ができたのってほとんどいないんだよね」
そして、ローナは後方にいた小さなブラック・ローチを手招きする。あ、小柄なのがいると思っていたが、そういうことか。
外見は人間で言うと十二歳前後といったところだろうか。長い髪をツインテールにしているので触覚が四本あるように見える。
「あたしの子供じゃないけどね」
「母親は?」
「今は寝ているよ。この子もそろそろ大人だし、気が抜けたみたい」
とりあえず、目の前の子供が全裸なのが気になる。どう考えても目の毒だ。可愛いだけに色々とまずい。
「この子の服は?」
「大人になるまでは基本的に服はなしだよ。服の入手が難しいからね」
「ローナの服はどうやって?」
「前に住んでたところだと、妖精の仕立て屋がいたからねえ。あの子たちは好きで服を作ってるから、簡単なものなら無償で作ってくれるんだ。お世話になっているモンスターは結構いるみたい」
確か、以前会ったケルピーは、ホビットの商人から買ったとか言ってたな。まあ金がなければ無理か。
とりあえず、俺の半そでをあげるか。予備は買っているし。
「ありがと、お兄ちゃん!」
……人生初めての「お兄ちゃん」かもしれない、感動だ。
って、話がかなり逸れた。
「話を戻すけど、さらった人間が体調を崩すというのは?」
「人間が食べるようなものはここにはないからねえ。この下水道を使って王都に入って、人間が食べても大丈夫そうな食べ残しを探したりはしたんだけどさ」
……あのとき宿屋の裏でこいつがいたのはそういう目的もあったのか。
てか、簡単に侵入されるのは防衛上まずいだろ。まあ、下水道はモンスターばかりだから、たとえば他国のスパイとかがこのルートで侵入する心配はほとんどないと思うけど。
「そもそも人間にとって下水道の環境自体が悪いんだよ」
そして、一番の心配は病気の感染だ。だが、そもそもこの世界において病原菌が存在するかどうか。発酵や腐敗という現象があるから菌は存在すると思うんだが、もしかしたらその現象のメカニズムがまるで違うかもしれない。
とはいえ、存在を確認する術がない。顕微鏡があればいいんだろうけど……ないだろうなあ。望遠鏡と原理は大して変わらないんだっけ? いや、違うのか? そこらへんすら分からないから自作することができない。そもそもレンズがどこに売られているのかすら分からない。
なら、彼女たちの経験則に頼るしかない。
「なあ、モンスターに限らずさ、ネズミやゴキブリが増えて、その結果近くの人間の都市や村で病気があったとか、そういう話を聞いたことがないかな」
「うちらが長居すると、なんか人間たちの間で下痢とか流行るみたいだね」
その発言の主はワーラットだ。
……これは感染を引き起こしているな。
「これから人間たちとの間で協力関係が始まっていくときに最大の問題になるのはあんたたちの不潔さにある。住んでいる場所がここだから仕方ないけど、このままだと人間とうまくやっていけない」
「えー、うちらはこういう生き物なんだから仕方ないじゃん」
「別に汚くないと生きていけないというわけじゃないだろ」
「そりゃそうだけどさ」
俺はそれから清潔にすることの大事さを教えることになった。
ゴミを食べる以上、下水道の移動、ゴミの摂取により汚くなるのは仕方がない。ただし、今後どうなるかまだ未定だが、人間と接触するときは事前に体を丁寧に洗うことを厳命した。
「川で軽く水浴びとかはするけど?」
「それじゃ全然ダメだ! 専用の風呂とか作ってもらうよう頼むけど、それまではたらいだな。幸い石鹸はある、高いけど。洗い方は今度教えるから、とにかく体のすみずみを洗うようにする必要がある」
それ以外に何か感染を防ぐ方法はないだろうか 何かあれば、うまい具合に進化させれば……。
汚物は消毒とばかりに口から炎を吐いて熱消毒……いやいやいや、下水道で火なんて起こしたらメタンと反応して爆発しかねない。
消毒と言えばアルコール消毒。酒を飲めば消毒可能? そんなわけないか。体内に入ったらアルコールは分解されるわけだし。いや、分解されないようにすれば、って、それは余計まずいよな。
……いかん、思いつかない。
……殺気!?
考え事をしていたそのとき、俺を狙っている何かの気配を感じたので、咄嗟に飛びのく。
「またかわされたであります」
「またお前か! ええと、ヘテロ……ヘテロ……ヘテロなんとかのカフィ!」
「ヘテロポーダ! しっかり覚えてほしいであります」
以前出会ったアシタガグモと思われるバトルマニアのモンスター娘だ。挨拶がわりに襲撃してくるとは困ったやつだ。
この招かれざるモンスター娘の登場で、ゴキブリやネズミのモンスターたちがパニックを起こしかけたので、俺はカフィを小突いて彼女たちに安全をアピールするはめになった。
「今はお前の相手をしている暇はないんだよ」
「それはまた、どうしてでありますか?」
「殺菌……いや、それだと言葉の意味が分からないか。ええと、体を清潔に保つ方法を考えているんだよ」
やはり丁寧に体を水で洗うしかないと思うのだが、それだけでどの程度効果があるか分からない。この時代の石鹸にどれだけの殺菌効果があるか不明だし。
「ん? そんなの簡単でありますよ」
「何だって!? どうやるんだ!?」
まさかのカフィの言葉に色めき立つ俺。すると、カフィは口から唾液?のようなものを出して、それで自分の足を舐めたり手で撫でたりし始める。
「それは?」
「獲物を食べるときに使う消化液であります。それを少量使って体の手入れをするのが私たちの習いです。理由は分かりませんが、こうすることによって健康を保てるのであります!」
えへんと胸を張るカフィ。
……つまり、消化液に殺菌作用があるってことか? あー、そういや昔学校で人体のしくみとか勉強したときに、消化液にそういう役割があるとか聞いたような聞かなかったような。
「よし、方針は決まった。消化液の殺菌作用を強くすればいいってことだな」
あとは、相変わらずのアバウトなオーダーで魔法が発動するかどうか。
消化液の殺菌作用を強力にして体内の殺菌効果を高め、なおかつ体を舐めて手入れをすることで体の表面の殺菌もできるような……。
……って、きた! 大きな力を感じるってことはいける! この適当な力、大好き!
「で、ローナ、どうだ?」
被験者第一号はローナだ。
「うーん、体を舐めればいいんだよね? なんか、いつもよりもつばが多く出るような気がする」
ローナが試しに自分の右手の甲を舐めた。すると、微妙に舐めたところについた唾液がシュワシュワと音を立てている気がする。
大丈夫だろうな。溶けたりしないだろうな。
「ど、どうだ?」
「別に変な感じはしないよ。ほら」
少し立つと、唾液は乾いてなくなった。そこを見てみると、溶けているような様子はないし、嫌なにおいがするわけでもない。
ただ、実際に殺菌効果があるかどうかは、菌の数のビフォーアフターを調べられるわけではないので分からない。ただし、進化魔法が発動したのだから、きっと効果が出ているに違いない。そう思うことにする。
「それにしても、リューイチはすごい魔法が使えるんだな」
「人間には秘密にしておいてくれ。面倒なことになるのが嫌だから」
「仲間にはいいの?」
「もちろんだ。時間はかかるけど、最終的に全員を進化させる。とりあえず、この場にいる全員にこの力を与えるから、一人じゃ舐められない場所は他の誰かに手伝ってもらってくれ」
……裸になって互いを舐めあうモンスター娘たち。
な、なんというけしからんことになるのだろうか。
「わ、私たちの能力が真似されたであります」
「まあ、この前と今日、二回攻撃されてどっちも俺が勝っているんだから、このぐらい大目にみてくれ」
「うー、なら、あと一回勝負するであります!」
そして、俺の対カフィ戦の成績が三勝になった。




