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翡翠荘の殺人  作者: 山葵たこぶつ
最終問題「最後の出題者《殺人者》」
16/16

最後の出題者《殺人者》 解決篇

※最後の出題者《殺人者》の解決篇となります。先に問題篇をお読みになり、問について御一考ください。

七.

 それは、もしかしたら辿りついてはいけない真実だったのかもしれない。


 自分自身、その真実に深く傷つき、苦められている。


 罪悪感にさいなまれる。


 この真実を受け止める。それは、自身の罪を認めることだ。


 果たして、自分にそれができるだろうか。


 しかし、嫌でも警察の捜査が始まる。


 ならば、終わらせなければならないだろう。


 自分自身の手で、この事件に幕引きを。


 アキラは思う。


 それが、自分にできる、ヒカリとの罪への精一杯の償いだ。




 リビングに行くと、皆がそこにいた。優衣もアキラについてきたため、これで翡翠にいる全員が揃ったことになる。


「アキラ君、大丈夫かい?」時田が心配そうに尋ねた。

「正直、あまり気分はよくありません」アキラは全員を見渡した。「が、そんなことより、皆さんにお話があります」

「話って、何でしょうか?」管理人が聞いてきた。

「俺には事件の全貌が解りました」


 リビングで皆に注目される中、アキラはそう言い放った。


 その瞳から感じられる知性は、いつもより切れ味が増している。皆は、その発言と同じくらい、アキラの雰囲気に圧倒されたようだった。


「警察が来る前に、俺はこの事件を終わらせたいと思っています」

「あの、それはヒカリさんの死について、何か解ったということですか?」佐伯が前髪の下の眼鏡を、中指で持ち上げた。

「はい、そうです」

「どういうこと? 不審者の犯行なんだろう?」時田が言った。

「いいえ、それは違う」アキラは反論した。「外部の犯行だとすると、ヒカリの格好の説明がつかないんです」

「ヒカリさんの格好って?」時田はよく分からないという顔をした。

「実際にヒカリを見ていない人もいるので、説明します」アキラは一拍置いたのち、説明を始めた。「まず、この事件の被害者は言うまでもなく日向ヒカリです。彼女の部屋であるカザリで死んでいるのが発見されました。現場は奇妙なものでした。ヒカリは、小さな体格にもかかわらず、男物の浴衣を着ていました。また、靴下を履いておらず、スリッパも行方不明。一番の特徴として、カザリのベランダにロープ状にしたカーテンが垂らされていたことが挙げられます」

 皆は黙ってアキラの話を聞いていた。誰ひとりとして、アキラから目を話さない。それを許さない独特なオーラを、アキラは放っていた。

「外部犯であるとするなら、とても奇妙な話になります。犯人は翡翠に忍び込み、二階のカザリの部屋をノックする。ヒカリは無防備にもスコープを覗かずにドアを開けてしまい、犯人に殺されてしまった。犯人はカーテンのロープを使い、翡翠から脱出した。無理があると思いませんか?」

「確かに、おかしいよね」舞衣が呟いた。「それに、アキラさんの言う通り、ヒカリさんが何で男物の浴衣を着てたのか、何で裸足だったのかが説明できないです」

「そう。ヒカリの格好には秘密がある」アキラが言う。「そして、それを説明するための大前提、『この中に犯人がいる』という事実を認めなければなりません」




八.

 ヒカリを殺した人物が、この中にいる。リビングに緊張が走った。


「この中の誰かが、ヒカリさんに対して殺意を?」佐伯が言った。「信じられないな」

「そう……ですよね」優衣が同意する。


「まず、俺の話を聞いて下さい」アキラは言った。「この事件における一つのポイントは、カーテンのロープです。これが、どのような目的で使用されたのか、ハッキリさせることで真相へと近づくことができます」

「どのような目的って、部屋から脱出するためだろう?」当然だと言わんばかりに時田。

「では、何故普通に部屋から出てはいけなかったんですか?」アキラが問いかける。

「うーん」時田はやや考え込んでから発言する。「そうか、防犯カメラだよ。防犯カメラに映らずに一階へと移動したかった。そうだろう?」

 時田は自分の答に納得しているようである。うんうん、と頷いている。

「では、時田さん」改めてアキラが問いかける。「犯行時刻、犯人は二階にいた人物ですか?一階にいた人物ですか?」

「え? そりゃあ、カメラに映らないように二階から一階に降りたんだから、二階にいた人物……君か、あるいは舞衣さん……と、管理人さんじゃないのかい?」

 そう言ってから、あれ? と時田は首を傾げた。

「いやいや、君も、舞衣さんも、管理人さんも、三人とも二階から降りてきたのを、カメラの映像で観たじゃないか。失礼っ。何を寝ぼけてたんだ私ぁ」時田が頭をかく。

「そう、矛盾が生じてしまいます」アキラが言った。


 少し喋りやすい空気になったからか、今度は佐伯が提案した。

「では、一度一階に降りてから、階段を使わずに二階に戻ったのでは?」

「え、どうやって、ですか?」優衣が尋ねる。

「例えば、僕の部屋が二階で、ヒカリさんを殺そうと計画したとしましょう」二階にいた人物を気遣ってか、佐伯はあえて自分を犯人に例えた。「まず、自分の部屋から、ヒカリさんの部屋と全く同じように、カーテンのロープを垂らします。次に、ヒカリさんの部屋を訪れ、殺害。カーテンのロープを垂らし、一階の外へと脱出します。そして、あらかじめ自室から垂らしておいたカーテンのロープを昇って、二階の自室のベランダへと戻る。わざわざ、そんな移動をしたのは、ヒカリさんの部屋のロープを残すことで、外部犯であることを装うため。これでどうでしょうか?」

「ああぁ。なるほどですなぁ」時田が膝を打った。「と、いうことは、やはり二階に居た人物が犯人?」


「待って下さい」優衣が異議を唱えた。「カメラの矛盾を解決する方法は、他にもあると思うんです」

「どういうことですか?」管理人が優衣に尋ねた。

「一階にいた人にも、犯行のチャンスがあるかもしれないです」優衣が言った。

「ええ?」時田が声を上げた。「いやいやいや。優衣さん。一階にいた人には、犯行は無理だよ。だって、二階に上がってないんだよ? どうやってヒカリさんの部屋に行ったっていうんだい?」

「佐伯さんの言った方法を、もっと事前に準備しておけばいいじゃないですか。あらかじめ、二階の自室からカーテンのロープを垂らしておいて、一階に階段で降りてから、ロープで二階の自室に戻る。その後、ヒカリさんの部屋に行って、犯行後にヒカリさんの部屋からロープで脱出するんです」

「あ、本当だね」再び頭をかく時田。「ん? そうなると、二階に部屋がある全員に、犯行が可能になるの?」

「いえ、少なくとも、優衣はずっと電話をしていたわけですから」舞衣が姉を庇う。

「しかし、それでも一階に部屋がある佐伯君を除いて、容疑者は三人だろう?」自分をカウントしていない時田である。


「僕にも、一応犯行は可能ですけどね」佐伯が言った。

「え? 佐伯君は、二階に部屋がないじゃないですか?」時田は訳が解らないと言った表情である。

「ヒカリさんに、ベランダからロープを垂らしてもらうんですよ」佐伯が答えた。「そうすれば、僕でも階段を使わずに、二階に移動できます」

「はぁ? ヒカリさんが、何でわざわざそんなことするの?」時田が佐伯に尋ねる。

「僕は可能性の話をですね……」佐伯はため息を吐いた。「まあ、ディスカッションはこれくらいでいいでしょう。どうなんですか? アキラさん」

「皆さんの言う方法で、確かに防犯カメラの矛盾は解決します」アキラが答えた。「しかし、いずれもヒカリの格好についての説明ができません」

「全部、ハズレというわけですね?」佐伯が確認する。

「はい。俺の考えている真相とは違います。まず注目したいのは、何故ヒカリは裸足だったのか、です」




九.

「カメラの矛盾を解くだけでは、この事件は解決しません。ヒカリの死の状態。それを加味することで、唯一の答が見えてきます」


 信じたくもない、答が。アキラは拳を握りしめる。


「それで、ヒカリさんは何故裸足だったんですか?」佐伯が尋ねてきた。

「単純に考えて、ヒカリが靴下とスリッパを脱いだからです。靴下は汚れてしまうから、そしてスリッパは『履くべきところではない』から脱いだのです」

「え? それってまさか」優衣が息を呑んだ。

「どういうこと?」時田は解らないようである。「ヒカリさんは、どこかに行こうとしてたってこと?」

「そうです。それも普通にじゃない」アキラが答えた。「あのカーテンのロープを使って、一階へと移動したんです。アイツが二階に階段で戻った、八時五十分以降にね」


 皆が目を見張った。


「では、やはりあのロープは、ヒカリさん自身が?」と佐伯。

「そう考えるのが自然です。室内で靴下やスリッパを脱ぐとは考えづらい。着替えをしていた等なら話は解りますが、スリッパは行方不明でしたからね。ヒカリの部屋以外のどこかに消えた、と考えるのが妥当でしょう」

「イマイチ……ピンとこないなぁ。何でヒカリさんは、そんなことをしたんです?」時田が首を傾げている。

「それについては、時田さんの言う通り。防犯カメラに映りたくなかったからです」

「はぁ」時田はますます解せないと言わんばかりである。


「いいですか。ヒカリは自分の部屋で、靴下を脱いだ。いつか外でスリッパを脱ぐから、靴下が汚れるのを嫌ったのです。次にカーテンのロープを垂らし、一階に降りて、あることをした後、カーテンのロープで二階の自室に戻ろうと考えていたんです」

「『あること?』」舞衣が呟いた。

「『あること』とは、非常に危険な行為です。なぜなら、ヒカリは防犯カメラに映らない方法での一、二階の移動を考えました。のちに問題になり、防犯カメラの記録が観られることを分かっていたからです」

「まさか……『あること』というのは……」佐伯は察したようだった。目を大きく見開いている。

「ヒカリが男物の浴衣を着ていたということを加味して考えてみましょう」アキラは一拍置き、言った。「あの浴衣は返り血対策。つまり、ヒカリは殺人計画を立てていたんです」


 アキラの発言に、全員が驚愕し、顔色を変えた。


「殺人!? あのヒカリさんが!?」舞衣はひどく混乱しているようだった。

「そう考えると、ヒカリが男物の浴衣を着ていたことに、説明がつくんです。しかも、ヒカリは自室に備え付けてある浴衣ではなく、洗濯室にある予備の浴衣を使っていました。殺人を犯した後、返り血を浴びた浴衣を脱ぎ棄てるつもりだったのでしょう。男物の浴衣を着たのは、犯人が女性と特定されないため。そして、予備の浴衣を使ったのは、後で警察に備え付けの浴衣を調べられても問題にならないようにするためです」


 アキラは自分の感情をコントロールした。せり上がる不快な感情を必死で押し込める。


「では、ヒカリは誰をターゲットにしていたのか、何故逆に死んでいたのか。それを説明したいと思います」




十.

「まず、カーテンのロープを使って一階に降りた後、どこから翡翠内に侵入したかを突き止めましょう」

「ベランダから降りると、すぐそこに外廊下があるはずです」佐伯が言った。

「私も、侵入するとしたら外廊下くらいしか思いつかないんですけど」舞衣が佐伯に賛同した。

「ところが、俺の考えでは違う」アキラは腕を組んだ。「なぜなら、外廊下の柵には、綺麗に雪が積もっていたからです。一か所も雪が払われた形跡がなかった。外廊下から侵入したとすると、柵に手のついた形跡が残るはずなんです」

「では、外廊下から侵入した訳ではないということですか?」佐伯が聞く。

「あ」舞衣はどうやら気がついたようだ。「だから、アキラさん、露天風呂を調べてたんですね?」

「露天風呂……ですか」佐伯は顎に手をあてた。まだ納得しきれていないようである。

「そう。露天風呂から風呂場を通じて、翡翠の中に入ることができます」アキラは答えた。「そして、事実、露天風呂の仕切り……腰壁の上に、雪が積もっていました。ところがある部分だけは雪が払われた形跡がありました。これは、ヒカリが露天風呂に侵入する際に、仕切りを跨いだ形跡だったんです。つまり、ヒカリはカーテンのロープで一階の外に出た後、露天風呂から翡翠に侵入したことになります。ヒカリがスリッパを脱いだのは、そのときであると考えられます。そして、靴下を脱いでいたのも、風呂場を通じて翡翠の中に入るつもりだったからでしょう」


 アキラはこの先の真相に、胸を引きちぎられそうになる。それでも暴かずにはいられない。それが、せめてもの償いなのだから。


「露天風呂からってのが解せないな。何で、外廊下じゃなくて露天風呂から入ったの?」時田が尋ねてきた。

「それは、ターゲットが必ず風呂場に現れるからです」アキラは答えた。「第一に、一階に侵入したからといって、ウロウロとターゲットを探しまわるわけにはいきません。誰かに見つかってしまえば、せっかくカメラの目から逃れて一階へと来た苦労が水の泡になってしまいます。だから、ヒカリはターゲットが必ず現れる、風呂場を選んだのです」


 全員が沈黙した。次のアキラの言葉を待っているようだった。


「ここで、ターゲットが誰なのが明らかになります」ゆっくりとした口調で言う。「ヒカリが死んだとされている九時十五分。その時間帯に風呂の予約を入れていた人物こそ、ヒカリにとって『必ず風呂場に現れる人物』。すなわちターゲットということになります」


 誰も口を開かない。全員が自分自身でないことを自覚していた。そして、ヒカリが殺意を持っていると聞き、その答を最初から予想できていた者もいただろう。


「アキラさん。もういいです……」優衣が涙目になっている。「もう、それ以上は言わなくていいです」

「そうはいかない」アキラは振り絞るようにして声を出した。「この事実を受け止めなくちゃ、先に進めないんだ」


 喉が熱い。


 目と鼻を繋ぐ器官が、腫れ上がっているようだった。


 アキラは全員を見渡した。


 もしかしたら、目に涙が浮かんでいたかもしれない。


「俺です」声が震えていた。「ヒカリが殺そうとしていたのは、俺だったんです」


 リビングが静まり返った。アキラは構わず続けた。


「ヒカリの計画はこうでした。俺の前に風呂の予約をし、露天風呂のガラス戸の鍵を開けておく。次に二階の自室からカーテンのロープを使い、一階の外に出る。露天風呂から侵入し、風呂場か脱衣所で俺を待ち、殺す。そして、返り血を浴びた男物の浴衣を脱ぎ棄て、来た道を引き返す。カーテンのロープを使い、二階の自室に戻る。こうすれば、ヒカリには防犯カメラの映像から、ずっと二階にいたというアリバイができるんです」

「解らない」時田が口を開いた。「信じられない。解らない。何でヒカリさんが君を? 第一、君は生きてるじゃないか。そしてヒカリさんは部屋で死んでたんだ。君の……君の考え過ぎじゃないのかい」

「いいえ、俺は風呂をキャンセルしたんです」アキラは首を振った。「俺は風呂場には行かなかった。だから、ヒカリにとって、予想外の事態が発生してしまった。ヒカリが部屋で死んでいた理由は、その先にあります」


「アキラさん……」優衣は俯いてしまった。


「俺の代わりに、ある人物が風呂場を訪れたんです。そこで、おそらく凶器を持っていたヒカリと遭遇し、揉み合いになった。格闘の末、ヒカリは足を滑らせて、どこかに頭をぶつけてしまった。その人にとっては、完全に正当防衛だったのでしょう。ヒカリは、凶器を握りしめている姿をみられてしまった。さぞ、驚いたことでしょう。風呂場に入ってきた人物が、俺じゃなくて別の人間だったのだから。ヒカリは仕方なくその人物を襲ってしまったんです」

「じゃあ、この事件の犯人は、アキラさんの代わりに風呂場に行った人……」舞衣が口に手をあてて言った。

「そう。そして、その人物は、ヒカリの死体を二階へ運んだのです」

「え? どうやって? だって、カメラの映像にはそんなものは映ってなかっただろう?」


 アキラは沈黙した。


 この先の答を言い淀んだ。


 しかし、もう後戻りはできない。


「ランドリーカートですよ」


 時田が息を呑んだ。


「ランドリーカートの中に、ヒカリの死体を入れて二階まで運んだんです」アキラは言った。


 そう、これが真実。


 ヒカリの死体を運ぶことが可能なのは、たった一人しかいない。


「お前が犯人なんだろ?」


 その人物を、


「管理人……藤田(アカリ)


 日向アキラは暴いた。




十一.

「私が……犯人?」管理人、藤田が呟いた。


 全員が藤田に注目している。


「待って……待って下さい……何で私が?」藤田は狼狽している。

「あなたしかいないんです」アキラは言った。

「だから、待って下さい」藤田は笑っている。無理やりに作ったような笑顔だった。「そもそも、何でヒカリさんの死体を二階に移動させる必要があるんですか?」

「あなたは、ヒカリの時計が壊れたことに気が付いたんです」アキラは説明を始めた。「最初から話しましょう。あなたは、俺が風呂をキャンセルしたことで、宿泊客全ての利用を終えた風呂場に、掃除か何かの用事があったのでしょう。風呂場に行くと、ヒカリが凶器を持ち、待ち構えていた。驚いたあなたとヒカリは、もみ合いになり、結果ヒカリを死なせてしまった。そこで、あなたは異変に気が付きました。『ヒカリはどこから現れたのだろう?』とね。考えてみると、あなたは管理人室にいて、ヒカリが風呂から上がったところを見ていたはずなんです。にもかかわらず、ヒカリは風呂場にいた。おかしいと思ったあなたは、防犯カメラの映像をチェックした。案の定、ヒカリは二階に上がった後、一度も一階へと降りては来ていない。あなたは、ヒカリが二階のベランダを通じて一階に来たのだと思い至った。そこで、あなたはヒカリの死体を防犯カメラに映さずに二階に移動させることで、『ヒカリは二階で殺された』と誤認させた上で、『ヒカリの時計が壊れた九時十五分に、自分は一階にいた』というアリバイを作ろうと考えたのです」


「じゃあ聞きますけど」藤田から笑顔が消える。「私はそのあと、どうやってヒカリさんの部屋の鍵を閉めたんですか? チェーンロックが掛かっていたのを、アキラさんも見ましたよね? ヒカリさんの死体をカザリに運んだあと、鍵を閉めたのち、私はどうやって部屋から出たというんですか?」

「そうだよ、アキラ君」時田も抗議した。「ヒカリさんの部屋には、鍵が掛かっていたそうじゃないか。確かに管理人さんならドアの合い鍵くらいは持ってるかも知れないよ? でも、チェーンまでは外から掛けられないだろう? もし、内側から鍵を掛けた後にベランダのロープから脱出したのなら、話が逆戻りだ。管理人さんは、二階から階段で一階に戻っているのを防犯カメラが映していた。矛盾してしまうじゃないか」

「その問題もクリアしています」アキラは言い放った。


 藤田の顔がこわばる。


「あなたは、ヒカリの死体を、カザリの部屋に入れることすら難しかった。違いますか?」

「……」藤田は沈黙している。

「なぜなら、ヒカリはカザリの部屋にダブルロックをしてから外に出たんですから」

「どういうこと、ですか?」おそるおそるといった風に、舞衣が尋ねる。

「ヒカリは家にいるときは、常にドアとチェーン……ダブルロックをする癖があったんだ。つまり、管理人さんがヒカリの死体を部屋に運ぼうとしたとき、ドアのロックはかかっている状態だったと考えられる」

「じゃあ、どうやって管理人さんは、ヒカリさんの部屋に死体を運んだんですか?」優衣が聞く。

「簡単だよ。ドアを合い鍵で開けて、チェーンをペンチで切断したんだ」アキラが答えた。

「え? だって、私達がヒカリさんの部屋に行ったとき、チェーンは確かに掛かってたじゃないですか。アキラさんが確認したんでしょ?」舞衣が声を上げた。

「そう。ヒカリを部屋の中に入れた管理人さんは、困った。チェーンを切断してしまったら、死体を後から部屋に入れたことがバレてしまうと思ったからだ。だから考えた。こいつを使って、チェーンを繋ぎ直そうとね」

 そう言ってアキラはポケットから小さな欠片を取りだした。

「これは、針金の欠片です」


 藤田が口を手で覆った。


「管理人さん。あなたは、ヒカリを部屋の中に入れた後、チェーンを切断したことをごまかそうと、針金を使ってチェーンを結び直したんです。そして、俺達が死体を発見するときに立ち会い、『そのタイミングで、初めてペンチでチェーンを切断した』と誤認させることを目論んだ。本当はあの時、あなたは繋ぎとめていた針金を切断しただけだったんですね。針金は回収したつもりだったのでしょうが、この小さな欠片がドアの近辺に落ちていましたよ」


 藤田が僅かに呻いた。


「時刻が九時を過ぎていたため、娯楽室などの他の施設にヒカリの死体を入れるわけにはいかなかった。だから死体を無理にでもヒカリの部屋に入れるしかなかった。運が悪かったですね。この小さい欠片さえなければ、俺も真相には辿りつけなかった。それが、あなたの犯したミスです。更にもう一つ、あなたはミスを犯した。スリッパの存在に、チェーンを繋ぎとめてしまってから気が付いたことです。露天風呂にあったスリッパを回収したのはいいものの、ヒカリの足は裸足になってしまった。これも俺を真実へと導いた痕跡の一つです」

「ううううううう」藤田が唸り声を上げた。


「おそらく、ルミノール反応が風呂場から出るでしょう。それが、あなたを犯人として示す証拠となるはずです」


 藤田は膝から崩れ落ち、涙を流した。


「私……私は……」


 その涙が、全てを物語っていた。


 かくして、事件の真相は明らかになった。


 それは、誰もが信じたくない真相だった。




Solution to a crime case 最終問題「最後の出題者《殺人者》」

解答

一:防犯カメラとカーテンのロープの存在には矛盾が生じている。その矛盾を解け。

答:ランドリーカートによって、防犯カメラの目を逃れた。

二:この事件における、殺人計画を述べよ。

答:ヒカリはカーテンのロープを経由し、風呂場のアキラを殺そうとした。

三:ヒカリの部屋には鍵が掛かっていた。その理由を述べよ。

答:死体を運び入れる際、チェーンを切ってしまったため、針金で繋いだ。

四:犯人は誰か。以下の選択肢から選べ。

答:藤田明




終.

 崩れ落ちた藤田に対し、ゆっくりとアキラは近づいた。


「管理人さん」


 そして頭を下げる。


「本当に申し訳ありませんでした。あなたは何も悪くない。これは俺達、姉弟の問題だった」アキラの声は震えている。「警察に自首して下さい。全部、全部、俺達が悪いんですから」

「アキラ君……」時田が呟いた。


「俺は」アキラは頭を上げ、天を仰いだ。目から涙がこぼれる「俺はヒカリと上手くやっていたつもりだった。ずっとヒカリとは仲が悪くて、それでもちょっとずつ歩み寄って、ようやく姉弟らしくなれたと思っていたのに……」

「アキラさん」優衣が静かに言った。「自分をそんなに責めないで下さい。ヒカリさんが何故アキラさんを殺そうと思ったのかは、私には到底理解できません。けれど、人が人を殺す理由は、様々あります。ヒカリさんにも、色々事情があったのかもしれません」


 アキラは黙っていたが、ややあって口を開いた。


「本当に……本当に人は、訳も解らず殺したり、殺されたりしてしまうんだな」


 アキラは目を瞑った。


 それでも、こぼれ落ちる涙は、止まらなかった。


<最後の出題者《殺人者》 了>


「翡翠荘の殺人」完結です。

ここまでお読み頂き、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] めちゃくちゃ面白いです。 いわゆる「読者への挑戦状」の教科書のような作品で、とても勉強になりました。やっぱりアリバイを中心に整理していくんですね。個人的にはオメガの話が一番腑に落ちたという…
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