第87話 どエルフさんと種族レベルの問題
ドワーフ族。
暗い洞窟の中に住み、金銀細工の加工から武器の製造といった、鍛冶を得意とする亜人種である。ずんぐりむっくりとした体躯をしており、身体能力は極めて高い。
また、エルフと比べて人間に対して友好的であり、また、その鍛冶技術を使って街で活動するものも多い。
一方で、開明的な種族ではあるが傾向として頑固者が多いことで有名。
冒険者のパーティーなどでも、タフなアタッカーとして頼られる反面、時に融通の利かない奴と煙たがられることも多い。
なお、エルフ族とは、どちらが人類に次いでこの世界で発展している種族か、というくだらない理由で反目しており、『エルフとドワーフ、顔を合わせば二言目には嫌味が飛び交う』という言葉まであるくらい、伝統的に対立している。
はずなのだが。
「ぐふふっ、どれどれ、よく顔をみせとくれ。今日はなんだか得したのう、美人なエルフちゃんと二人も出会うことができるなんて。一人はまぁ、お嬢ちゃんだから、すぐにお嫁さんとはできんが」
にたりと顔をほころばせて、そのずんぐりむっくりとした樽のような身体を揺らすドワーフ。その顔にはまったくエルフに対する抵抗がない。
どうしてなの、と、女エルフは自問自答した。
「どういうことなんだぞモーラ!! あんなドワーフ見たことないんだぞ!!」
「私だって見たことないわよ。そもそも、ドワーフは同族意識が強くて、結婚相手にもドワーフを選ぶっていうわ」
「確かに、ハーフドワーフなんていうのは、見たことありませんね」
「それだけでもおかしいのに――種族レベルで毛嫌いしているエルフを嫁にしたいだなんて、どうかしている」
あん、と、ドワーフが女エルフの声に反応する。
一瞬、うん、と、首をひねったドワーフ。
彼は、ひょこひょこと小さな歩幅で女エルフに近づいてくると、また、その目の前で首を捻ってうなった。
「な、なによ」
「――いや、おかしいな、と、思ったんじゃ」
「別におかしいところなんて何もないじゃない」
「――いやいや、耳や顔立ち、髪の毛の感じなんかは間違いなくエルフなんじゃが。この胸のない哀れな生き物はなんだろうかと」
悪かったわね、と、最大出力で火炎魔法を食らわそうとした女エルフ。
しかし、まだ早いです、と、それは後ろの素敵な仲間二人に止められた。
そんな女エルフの気持ちなぞ露も知らず、失礼なドワーフ男は続ける。
「あれだな、小人族とのハーフだな。それでこんなに胸だけ小さいんじゃな。うん、そうに違いない」
と、一人納得した感じで頷いたドワーフ。
怒髪天を突き、顔面中の血管を浮き上がらせて、もはやエルフではない何かに変じた女エルフに背中を向けると、彼はひょこひょこと男戦士の方に向かった。
「――そうなんですか?」
「――血統書付きの純血エルフだわよ」
「――モーラ。あんまり気にしちゃ駄目なんだぞ。きっとそのうち、おっきくなるんだぞ」
成長期もとうに過ぎた三百歳超えのエルフが今更成長するものか。
ワンコ教授の慰めに静かに涙を流して、女エルフは無常を噛み締めたのだった。
さて。
そんな哀れな貧乳エルフは一旦置いておくとして。
「ほほう、お前さんがその、俺さまとお見合いがしたいっていう、エルフか」
「ふふっ、そうよ私が、この世で今最も貴方とお見合いしたいエルフナンバーワンな、エルフィンガー・ティト子よ」
男戦士とドワーフの視線が交わる。
ちょうど、月が雲に隠されて、二人の間に落ちている。
暗いその表情を探るようにお互いが見つめていた。
先程までのやり取りを見ていれば、なんとなくあのアホなダークエルフとハーフオークの親分である、誤魔化せそうな気がしないでもない。
しかし、相手は種族レベルで敵対している相手である。
「いくらなんでも、ドワーフの目は誤魔化せないんじゃ――」
そう、女エルフがつぶやいたその時だ。
男戦士の顔に、月明かりがかぶった。
「あん!? なんだ、てめぇ!!」
「――まずいバレたわ!!」
「――行きましょう皆さん!! ティトさんを救わなくては!!」
「――なんだぞ!!」
パーティメンバーが一様に武器を握りしめた、その前で、ドワーフ男が手を振り上げた。
振り上げて――。
ぽっ、という、効果音が適切だろうか。
まるでときめく乙女のような顔つきで、彼は自分の両頬にそのごつごつとした手を添えると、顔を赤らめてみせた。
「な、なんて可憐なエルフなんじゃぁ。あぁっ、なんじゃ、この、感じたことのない胸のときめき――」
「ふふっ、嬉しいわね。アタイも今、いままで感じたことのないくらいに、身体の奥がじゅんと来てるよ。じゅんじゅん、じゅじゅんってね」
「――運命じゃぁ!! お前さんこそ間違いなく、俺様の運命のエルフちゃんじゃぁ!!」
女三人、盛大に砂の上でずっこけたのだった。
「ほんともうこいつら嫌なんだけれど」




