第86話 どエルフさんとドエルフスキー
やがて一行は洞窟の行き止まりへとたどりついた。
天井にぽっかりと大きな穴が開き、月の光が入り込んでいるそこ。
地面には月光を浴びて青く輝く砂が満ちていた。
縦に筋が入った岩肌の壁にぐるりと覆われたその、洞窟いきどまりの中央。
そこに、なるほど洞窟にしては不釣り合いな、大きな大きな玉座が置かれていた。
その前にはなぜだか、その玉座の半分くらいの背丈の、大きな樽が置かれている。
「んがぁっ!! 親分!! 二番組組頭のバブリー、ただいま戻りましたんだなぁ!!」
「バブリー!? おまえ、大丈夫だったんだにぃ!!」
聞き覚えのある声と共に月明かりの元振り返ったのは、のっぽのダークエルフ。
そいつは、女エルフの顔を見ると、すぐにぎょっと目を剥いた。
「ばばば、バブリー。なんでその女を連れてきてるんだにぃ。というか、なんだにぃそいつら」
「んがぁ!! 聞いてくれチッチル。こいつら話の分かる奴だったんだァ」
「話の分かる奴ら、だにぃ?」
「んがぁ!! なんと、親分とお見合いしたいっていうエルフがいるって、紹介してくれたんだァ!! そいで、オラぁ、さっそくそのエルフを、親分に会わせようと連れてきたんだァ!!」
お前、何を言ってるんだ、と、拳を振り上げて飛び上がるダークエルフ。
そんなの罠に決まっているじゃないか、と、彼が視線を男戦士に向けた時だ。
「――ハァッ!? て、天使がいるにぃ!!」
どきゅーんか、はたまた、ずきゅーんか。
そんな擬音が似合いそうな感じに胸のあたりを抑えて、ダークエルフがときめいた声をあげた。
そんな様子に、女エルフがあぁんという声をあげそうになったが、咄嗟に女修道士が口をふさいでことなきをえた。
「お風呂にする、食事にする、ベッドにする――全部アタシがついてくるけどね!! アタシが熟れに熟れた熟女エルフ!! エルフィンガー・ティト子よぉおおおお!!」
「にぃいぃいぃ!! すごいエルフ力にぃ!! ここ、これは、恋してしまうにぃいぃ!!」
顔を覆ってそっぽを向いたダークエルフに、ふふっ、と意味の分からぬ勝ち誇った顔を向ける男戦士。
その時だ。
「ほぉう、俺様とお見合いしたいエルフだってぇ?」
洞窟中に響き渡りそうな、とても重たくそして冷たい声が、突然に男戦士たちの耳へと届いた。
目の前で繰り広げられるコテコテのコメディに、辟易としていた女エルフたちの顔が一瞬でひきしまる。
しかし。
「おかしい。さっきの声は、いったいどこから聞こえてきたの」
「それらしい人影が見当たりませんね」
「どうなってるんだぞ。声はすれども姿は見えないんだぞ――」
ハーフオークとダークエルフに聞こえないように、声をひそめて話し合う女エルフたち。
そんな中で、エルフさらいの子分たちは、ひぃ、と、情けない声をあげてその場にひれ伏した。
「親分、すすす、すいやせん、ついはしゃいじまってにぃ」
「んがぁ!! 親分!! はやく親分も近くでみてやってくほしいんだァ!!」
「そうせかすなよバブリー。ふふっ、どれどれ、お前さんがそこまで入れ込むとは、いったいどんな美エルフかねぇ――」
相変わらず、動くものがないと思われた、その洞窟の中。
そこで、きらり、と、何かが一瞬光るのを、ワンコ教授の目がとらえた。
「あっ、みんな、見るんだぞ!! 玉座の前を!!」
思わず叫ぶワンコ教授。その指先が、捉えていたのは――。
「ふふっ!! このドワーフの中のドワーフにして、大のエルフマニア、ドエルフスキー様の嫁になりたいとは!! なかなか気骨のある女だな!!」
玉座の前に置かれていた樽。
しかし、それは樽ではなく、大きな大きな、なめし皮と鉄で作られた鎧であった。
そこからひょっこりと顔を出したのは、つるりと禿げた頭に、ふっさふっさのひげを蓄えた、横に大きく縦に小さい筋肉質な男。
「嘘でしょ、なんでドワーフが?」
「エルフ好きのドワーフ?」
「おかしいんだぞ。エルフとドワーフは犬猿の仲で有名なのに!!」
口々に疑念を呈する中、男戦士の前へと歩み出たのは間違いない。
エルフと並ぶファンタジー種族の代表格、ドワーフ男であった。




