第807話 ど壁の魔法騎士さんと心の壁
「えぇ、それじゃ奥さんお名前は?」
『……エルフィンガーゼク子!!』
「へー、珍しいお名前だね。なんて字書くの」
『ゼクシィのゼクに子供の子でゼク子だ!!』
「お前もなるんかい!!」
女エルフ復活。
貧乳貧乳、貧しき乳の者と呼ばれて久しい女エルフには、意外と太陽の牡牛の言葉に耐性があった。流石に流れ弾、直撃をくらったわけでもなかったので、なんとかぎりぎり攻撃を凌ぐことができた。
とはいえ瀕死には変わりない。
もう一撃いいのを喰らえば、彼女の命は危ない。
そんな状況でのゼク子復活であった。
男騎士といい壁の魔法騎士といい、どうして女にならないとできないのか。
やはり血なのか。
いや、血より水が濃いということなのか。
なんにしても、女エルフはゼク子が座った席を注視した。
頼むぞゼク子。
この中で、そこそこの知力を持ちながら、そこそこの悩みを持っている男はお前しかいない。法王リーケットは思いがけないスキャンダル発生でポンコツ。ワンコ教授は元からこういうの向いていない。
この中で、一番可能性があるのだとしたら、お前だ。
男騎士はアホなのですぐに倒されてしまったが仕方がない。
彼と違って、頭の切れる騎士団長のゼクスタント。
彼らならば、きっと、知能戦においては、男騎士を上回る戦果を期待することができる。
頼む、壁の魔法騎士。
お前にすべてがかかっている。お前だけが頼りなのだ。
そんな視線が降り注ぐ中――。
「えぇ、それで、いったいどんなご相談? 結構年齢行ってるみたいだけれど?」
『はい。実は、年頃の息子とうまくコミュニケーションをとることができなくて』
「あ、お子さんいらっしゃるの。見えないなぁ。とてもそんな感じにはちょっと見えなかった。へぇ。どれくらいのお子さんなの、ちなみに?」
『今年で数えで十六歳になりますかねぇ』
「若い頃の子なんだ。はぁはぁ、なるほどね、そりゃけどそれくらい育ってくるとちょっと扱いが難しいでしょ。いろいろと口うるさく言ってくるんじゃないの。ほら、なんといっても思春期だからさ。あぁ、もしかして、その件について? お子さんとうまくいってないとかそういうこと?」
それは悪手だと女エルフたちが眉を顰める。
先ほど、男騎士に話した、ここ冥府に至るまでのいきさつを、もし、目の前の太陽の牡牛に話すというのならばそれは完全に敗北フラグである。
もはや完全に論破される姿が瞼の裏に浮かぶ。
どう考えてもこの男が、大人げもなく、そして、勝算もないのに髭を剃ったのが悪い。子供の発言などを真に受ける大人がそもそも悪い。
そして、その責任はそれを行った本人――大人に帰結するだけだ。
しかし――。
『いえ、息子とは割と良好な中を保つことができています』
「あ、そうなんだ。いいお父さんなんだね」
『えぇ、いや、違いますよ。息子がいろいろと察してくれているだけで。私は父親らしいことは何も。ほんと、トンビが鷹を生むと言いますか。自慢の息子ですよ』
「うんうん、仲いいことはなんだかよく伝わってくるよ。いいねぇ、そういうの。ちょっとホロっときちゃった」
「……なんで普通にいい話になっとるんじゃい」
話は思わずいい話へと流れて行った。
なぜそうなるのか、どうして男二人が顔突き合わせて、いい息子だねとか言い合ってるのか。いろいろな疑問疑念が渦巻く中で壁の魔法騎士。
けど、と、彼は前置きをして、話の主題を切り出した。
それが本当の相談内容。
『けど、そんなできた息子なんですけれど、ちょっと最近問題を感じているんです』
「ほう、どんな? いい孝行息子さんじゃない。何が心配なのよ」
『……それは!!』
周りの女性に対して、異様に壁を作って接しているんです。
それは思春期によくみられる特有の奴であった。
別段珍しくもなく、相談するようなことでもない奴であった。
加えて、どう考えても気にし過ぎの奴であった。
息子がかわいそうになるような、そんな感じの相談であった。
けど、壁の魔法騎士は続ける。
『実はウチ片親なんです。息子には、幼いころから母という存在がなかった。そのことが、女性との間に壁を作っているのではないだろうか。あるいは、女性に対してどう接すればいいのか、分からなくなるようにしているんじゃないか』
「……なるほど」
『私は、それが不安で。そして、できることならば、息子のために、その心の壁を取り除いてあげたいと考えているんです。彼を、普通に女の子と接することができる、まともな男子にしてやりたいと思っているんです』
「……まともなお年頃の男子は触れ合えないと思うけれど」
かくして、とんちんかんなお悩み相談が、ここに幕を上げた。




