第805話 どワンコ教授と正体見たり
「はい、と言う訳で一人目終了。他愛もない人生相談だったねぇ。ヒロインがどうとかこうとかくだらないことで悩んじゃってまぁ。そんなことよりも、もっといろいろ考えることがあるでしょうに。もうちょっと人生に真剣になろうよ」
「うわぁ、絶妙に腹が立つマウント目線」
「けどまぁ、皆が思っていることを代弁している感もあるので、なかなかその意見を否定する気になれないのもまた事実」
女エルフと法王はたまらず戦慄した。
知力1の男騎士が倒されることは予見できた。
けれども、相手がここまでの使い手だとは思っていなかった。
口先だけで南大陸を統べた大英雄。
その攻撃ならぬ口撃がここまでのものだとは予想していなかった。
まるでこの世全ての悪意の代弁者。
そう思わせる悪鬼の如き口の冴えはどうしたことだろうか。
それでいて、一切それを聞くものに罪悪感を与えない。
それが怖い。
途方もなく怖い。
何を言っても、彼だからの一言で許されてしまう、そんな太陽の牡牛の放埓な振る舞いに、女エルフたちはどうすることもできず、ただただ戦慄するのだった。
普通の人間がこんなことを人前で言おうものなら袋叩きにされるだろう。
そうならないのはつまるところ、この太陽の牡牛には、そんな者たちを黙らせる圧倒的なカリスマがあるのだ。
何を言っても許される、そういう不思議な魅力があるのだ。
「だぞ――ようやくわかったんだぞ、あるでばらんの真骨頂。かつて南大陸を制圧したその秘密が」
と、ここでいつもの説明役が濃い顔をする。
定番となった雷電メソッドを発動させてワンコ教授。
彼女は、ごくりとその小さいのどぼとけを鳴らすのだった。
どういうことなのと次の言葉を催促する女エルフ。
ワンコ教授は太陽の牡牛を睨みつけながら、仲間たちの疑問に答えた。
「あるでばらんが口先だけで南大陸を統一したという伝承。実際に目の当たりにするまで確証が持てなかったが、あるいは彼が、冥府の神ゲルシーから力を授かっていたならば、その説明がつくんだぞ」
「冥府の神ゲルシーの力?」
「はて、冥府神に何か特別な力があったでしょうか? 彼は、人々の死後の安寧をつかさどり、こうして冥府島にて人の魂を集めている――それだけの神では?」
「だぞ、教会での教義ではそうなっているのかもしれないが、我々学者たちの間ではもう一つの役割があったと考えられているんだぞ。それは、人間たちと袂を分かった、モンスターとはまた異なる別の存在をまとめ上げること」
人間たちと袂を分かった、モンスターとはまた異なる別の存在。
その言葉にぞくりと背筋に冷たいものが走る。
そして、目の前のあるでばらんがにやりとほくそ笑む。
ワンコ教授の推理が確信に変わり、彼女の表情に険しさが増す。
白衣を振り乱してずびりと指先をあるでばらんに突き付けると、犬耳少女はきゃんとそのかん高い声で、事の真相を告げるのだった。
「そう!! 冥府神ゲルシーは、妖怪と呼ばれる特殊な存在をかくまっていた!! 人やモンスターに憑依し、神秘の力を与える頂上の存在!! あるでばらん!! お前に憑いているのはその一つ――人の考えを読み取り、理解する権能を持つ『さとり』なんだぞ!!」
「おやおや、まさか、それを知っているとは――。なかなか今世にも、我々の理解者がいるというのは頼もしいやら、嬉しいやら。そうともその通り」
あるでばらんの肩から浮かび上がったのは巨大な黒い毛むくじゃらの何か。
赤ら顔のそれは、にったりと微笑んで、女エルフたちを睨んでいる。
モンスターではない。
人間でもない。
動物でもなければ、なにものでもない。
幽霊に近い、それでいて、また、違う何か。
妖怪。
「そう、冥府の神殿十二の試練とは我ら妖怪憑きの英雄との戦い。第二の試練『金牛宮』をつかさどるのはこのあるでばらんこと――さとりさまだ。貴様らの集合意識を読み取って仕掛ける口撃に果たして打ち勝つことができるかな。『アンタが悪い』と切り出させずに、全世界を同情させることができるかな」
ゲタゲタゲタと歯を打ち鳴らすような笑い声がフロアに響き渡る。
女エルフたちに緊張が走る。
どうやらこのお悩み相談――相当洒落にならない闇の濃い戦いとなりそうだ。




