第801話 ど男騎士さんと冥府十二闘士
「うっく、えっぐ、ここ、どこ、何処なのォ!! そうやって泣き暮れているうちに、丁度お前たちに伝えようと思って調べていた、冥府の情報――『死海文書』とこの場所が一致していることに気が付いてな」
「すごい、情緒不安定を台詞の中で回復した。できた大人なのか、ヤベー奴なのかよくわからない早業」
「まぁ、ゼクスタントは子供っぽい所が昔からあってな、幼馴染の俺たち姉弟にとってはなんていうかもう慣れたものなんだよ」
慣れているんだと男騎士を生ぬるい視線が捉える。
これは慣れてはいけない奴ではないのか。
大人になるにつれて克服していかなくてはいけない奴ではないのか。
なまじ見た目完全におっさん。
中身が子供っぽいとかギャグでもきついものがあるぞ。
またしても女エルフたちは心の中で吐露する。
とはいえやはり言えない。
持ち直したとはいえ、すっかりとその内面のグラスハートぶりを見せつけてきた目の前のおっさんに酷なことは言えない。
女エルフ、ワンコ教授、法王、新女王、そして魔性少年。
まぁそういうこともあるわねと、無言でそれをごまかした。
ともかく――。
「そんな訳で、俺が冥府に居る理由については以上だ。理解してくれたかティト」
「あぁ、さすがはゼクスタント。いつも通り、分かりやすい説明だった」
「ふんっ……」
あ、なんかこれ、見方が変わると全然違う印象だな。
堅物のおっさんだと思っていたけれど、中身天然と分かってしまうと、普通にどうリアクションしていいかわかんないだけなんだなと、しらけ顔をする女エルフ。
女修道士の葬儀から、男騎士と同じトンチキの空気は感じていたけれど、まさかここまでとはと、壁の魔法騎士のパーソナリティに複雑な心境に陥った。
どうやら【マダパ】は仲間にもよく効くらしい。
「お前たちが来るまでの間に、俺の方で【死海文書】の解析も進めておいた。書物の記載が確かならば、ここ十二の試練が待つ冥府の神殿を登り、その中央の無限の虚へと身を投じれば、ゲルシーが待つセントラルドグマへと到達できるそうだ」
「無限の虚」
「だぞ」
「神様ってそういう所に棲むの好きよね。まぁ、行くしかないんだけれど」
やれやれしょうがないかという感じで顔を見合わせる男騎士たち。
急いでここまで駆け抜けてきて、まだ状況も半分くらいした理解できていないが、行かなければいかない所は分かった。なさねばならないことは分かった。
暗闇の中に見える石造りの階段。
螺旋を巻いて天井へと続いているそれを目にして、男騎士たちは頷く。
「十二の試練には制限時間がある。ここに来る際、塔の上に灯りがともるのをお前たちも見ただろう。あの灯――夜の十二刻が過ぎるより早く、試練を攻略することができなければ、冥府の底へと続く無限の虚は閉じられる」
「つまり、シコリンを救うことはできないということか」
「ゲルシーとの謁見もできないってことだな。そうなると、神殺しの免状も得られない。やらいでか、ティト。さっさと登り切っちまうぞ」
あぁと、腰に結わえた愛剣に語り掛けて男騎士。
行こうと一歩踏み出した彼に、迷わず仲間たちは従った。
目指すは、階段。
はたして、その先に待ち構えている十二の試練とはなんなのか。
そして、その試練を無事に越えて、女修道士が待つ地獄の底――セントラルドグマに到達することができるのか。
「さて、十二の試練の詳細だが――冥府にとらわれた十二名の〇金闘士が、お前たちをこれから待ち構えている」
「それを全て倒せばいいのだろう!! 任せろ!! 俺の腕前を忘れたか、ゼクスタント!! 俺は決して負けはしない、どんな敵が現れたとしても!!」
「いい返事だティト。しかしな、ここ冥府には古今東西、ありとあらゆる者の魂が流れ着く――」
その言葉に少し男騎士の首筋に汗が流れる。
ありとあらゆる者とは。
冥府に対する一級資料『死海文書』の中には、その意味することが書かれていたのだろう。何かを知っている様子の壁の魔法騎士。
そんな彼を伴って、彼は階段が続く第一の扉へとたどり着いた。
門に刻まれているのは牛を模したレリーフ。
果たしてそれが意味するのは――。
「いいかティト。つまり、この冥府の神殿の十二の試練をつかさどるのは、これまでの人の歴史の中で最も強いとされた十二名の勇者の魂だ。この先に待っているのは、お前と同じく、人類をその双肩に背負った紛れもない大英雄」
「……望むところ!!」
大英雄、なにするものぞ。
負けてなるものかと男騎士、不敵に笑って扉を押し開けた。
女エルフたちも、彼のその姿を信じて続く。
はたして、一階そこに待っていた者は、黄金の鎧を――。
「奥さん!! そりゃアンタが悪いよ!!」
「!???!?!???!」
着ていない、スーツ姿のなんかちょっと怪しい感じのおっさんなのであった。




