第798話 ど男騎士さんと冥府塔
繰り出される法王の浄化魔法。
迫りくるレイスを捕らえる壁の魔法騎士の土魔法。
突如として死霊都市と化したオ〇ンポスを全力疾走する男騎士たち。
目指すはそびえたつ冥府の神殿。
「軍神ミッテルといい冥府神ゲルシーといい、神さまって奴らは本当に、こういう塔とか大好きだな」
「懐かしいわね。バ〇ブの塔。今回もそういう感じの名前の塔なのかしら」
「この非常事態に何を言っているんですか!! もう、いい加減にしてくださいよ!! 流石ですねどエルフさんさすがですじゃすまないんですよ!!」
「いやそうだけど!! 事実だったから仕方ないじゃない!!」
かつて戦神ミッテルの塔――バ〇ブの塔へと挑んだことを知らない法王が声を荒げる。そして今回は、本当にナチュラルに迂闊などエルフ発言だった。だったが、突っ込んでいる場合でも小ボケをしている場合でもない。
街にあふれかえった死霊たちは数えきれないほど多い。
憑りつかれれば即アウトのこの状況で、男騎士たちには猶予も余裕もない。
なにより、レイスへの攻撃方法が限られているのが悩ましい。
なんにしても、男騎士とその仲間たちは、いま、ふざけている場合ではないピンチの渦中にあった。
見えた。
そう叫ぶのは新女王。
ようやく途切れた街並みの先に、そびえたつのは巨大な塔。
その青銅の入り口が、まるで男騎士たちを招き入れるように開かれているのに彼らは気づいた。
罠か、あるいは、たまたまか。
えぇいままよと中へと飛び込む。
追いすがってくる死霊に向かってダメ押しの浄化魔法を喰らわせると、男騎士と壁の魔法騎士が、体当たりで青銅の扉を閉めた。
なにやら特殊な結界が張られているのだろう。
死霊たちは塔の中まで入ってくる気配はない。
ようやくこれで人心地がつけると、女エルフがへたり込む。
潜水艦からついてきた面々――男騎士、ワンコ教授、法王、新女王、魔性少年そっくりのからくり、そして合流した壁の魔法騎士もため息をついた。
いったいこれはなんだったのか。
説明を求める視線が集まったのは、魔性少年だ。
「とまぁ、この通りです。ミッテル様が預かっているのは、南の大陸なのですが――ここはその南の大陸から沈没した海底都市。そして、ここに私を封じていた祭殿があるのです。冥府神ゲルシーは、同じく七柱であるミッテル様・ライダーン様の許可を得て神殿のある都市を沈没させたのです。そして、そのままでは忍びないということで、私を潜水艦呂09へと改造したという訳です」
「どうしてまたそんなことを」
「冥府造りだ。これについては俺から説明しよう」
話を引き継いだのは男騎士の義弟、壁の魔法騎士。
彼は懐からとある巻物を取り出すと、それを男騎士の前に広げた。
帯にはこう書かれている――『死海文書』と。
咄嗟にこの手のアイテムには口うるさい、ワンコ教授が声を荒げる。どうやら考古学的に、重要なアイテムらしい。
「だぞ!! 神代研究の一級資料『死海文書』なんだぞ!! 現存、三篇しかないと言われているそれを、どうして君が持っているんだぞ!!」
「リーナス自由騎士団は中央大陸山岳地方学術研究都市にもツテがある。複写本だ。今回、ここに俺がやって来たのも、この書物によるところが大きい」
「いったい何が書かれているんだ」
知力の低い男騎士。
まったく遠慮もへったくれもなく、書物の内容を壁の魔法騎士に尋ねる。
もうちょっとこう聞き方ってものがあるでしょうよとあきれる女エルフたち。
だが、今更古文書を読み込んでいる場合ではない。
事情を知っている壁の魔法騎士は言っていた。
既に試練は始まっていると。
「冥府の神ゲルシーは彼が支配する島――冥府島ラ・バウルに文明を築かなかった。彼は、神々にしては非常に稀有なアニミズム的な考え方の持ち主で、冥府島を人類文明の及ばない、根源的な桃源郷として残すことを選んだんだ」
「……ふぅん、ちょっと変わり者の神様なのね」
「でも、それがいったい、この深海都市といったいなんの関係が」
「そこだ。人類の文明が進歩するとともに、冥府の在り方――とらえ方が変わってきた。アニミズム的な冥府は忘れ去られ、人々は死後の世界に自分たちと同じ文明の存在を求め始めたのだ」
うん、と、これに唸ったのは女エルフ。
人と違って、自然に生きる――まさしくアニミズムに近しい彼女は、その発想のパラダイムシフトにもっとも敏感に反応した。そして、今回についてはワンコ教授よりも早く、彼女の方がその結果に一足早くたどり着いた。
人が望む冥府の在り方。
そして、それを実現するための方法。
「……まさか、それじゃこの都市は」
「そう、新しい冥府の創設のために、それまの冥府になかった文明を獲得するために沈没させられた悲しき都。それが、ここ、海底都市オ〇ンポスなのだ」




