第786話 ど男騎士さんと神殺し
「「あっ、くっ、ぐがぁっ!!」」
二つに分かれた強奪の身体から、同じ絶命の声が上がる。
男騎士の一刀はここに模造の神を切り裂いて、致命の一撃を与えるに至った。
驚異の再生力を誇るそれが、泣き別れたのにはもちろん意味がある。
男騎士が握りしめたる伝説に謡われた魔剣。
その権能に他ならない。
「神殺し免状はどうやらこの剣になっても有効なようだな!! ティトの仮免と合わせてずっぱりばっしり決まってくれたぜ!!」
「「おのれぇ!! おのれおのれ、七柱の走狗がぁあああああッ!!」」
「七悪と言ったか――人間はお前たちなどには負けぬ。俺たちは魔神の思い通りにはならぬ。ゆめゆめ覚えておくがいい、これが人類の意思。この世界に生きる者たちの力と夢。そして、その者たちのためにふるう刃」
「「……ほざけぇ!! 何が神に変わりてこの世界を満たす者だ!! 認めぬ、認めぬぞ!! 人間は我らが使役するもの!! 神々の僕であらねばならぬ!! それを捻じ曲げることなど、断じて許さぬ!!」」
「許すも何もねえ、これから滅びるだけのお前に許される必要なんてねえんだよ」
とっととくたばれ魔神の呪いと魔剣が唾棄する。
絶命の声が蒼海にこだまする。
その時であった。
海が割れて突然に長大な虚が現れる。
同時に破られた世界のテクスチャ。
その理を破壊されて、崩れ去る人の世、その概念。
かつて魔神の走狗がこの世界に顕現したその時のように、人の世界が紐解かれて神代の景色へと戻っていく。
星も地の底も海の果てもない、神の理の世界。
人が捨てた古き世界。
神々が去った世界の裏側。
そこへの扉が再び開かれたのだ。
どこまでも続く漆黒の世界へと崩落していく強奪の体。
腕に纏った闇の粒子のように、彼女の体から生気か何かがかすみが如く立ち上ったか、その虚の中へと吸い込まれていく。
砂時計のように崩れ落ちていく。
模造の神、その死。
あるいは崩壊。
男騎士たちは初めて見るその光景に絶句する。
この世の条理を超えてこの世界に現出した神は、再び、この世の理を破壊してこの世界から退出する。
絶えぬ怨嗟の声とともに、虚の中へと消えた強奪の権能。
そして、それを宿していた少女――の姿をしたからくり。
彼女は、いま、再び、元のからくり侍の姿へと戻って、剝れた世界、すなわち虚へ、その身に宿った力とともに落ち込もうとしていた。
すかさず、そんな彼女に手を伸ばしたのは――。
「センリさん!!」
青年騎士である。
彼は、崩れ落ちた天と地の理の中で、からくり侍の体を引き寄せた。
距離感さえも曖昧になり、ともすると自分の形さえも保つことの難しい神の景色の中にあって、彼は彼女のために手を伸ばし、その身が虚の中へとその体が落ちていくのを防いだ。
おそらく模造神の権能と共に、この世界を去るべき宿命にあったからくり娘。
それをすんでの所で青年騎士は救った。
それは些細なことではあるかもしれない。
だが、彼もまた、神の条理に人の身でありながらあらがってみせたのだった。
男騎士と同じく。
もっとも、どうして手を伸ばしたのか、彼自身にも分からない。
ただ、とっさにその手が伸びていた。
自然に、その身体が動いていた。
これについてなぜかを語るのは無粋というものだろう。
なんにしても――。
「よかった。無事みたいだ」
青年騎士は、かつての上司である第三騎士を倒した今、真に冒険者として、自分で自分の未来を切り拓いて行く者として、覚醒した。
そして、自らの手で、望む未来を勝ち取ったのだ。
さて。
「……なんだと!? 強奪の正体はセンリだったのか!?」
「うげげ。かわいこちゃんは斬らないのが俺の心情だってのに。ちくしょう、魔神シリコーンめ。やってくれやがる、よくもまぁ俺の知り合いの女を――許せん」
「……ティト、どの。それに、ロイド、どの」
模造神であった時の感じから、元のからくり侍の口ぶりに戻っている。
安堵の声が、事情を初めて知った男騎士たち以外の仲間から漏れる。
しかしながら満身創痍。
動くことままならぬほどに見た目に彼女は傷ついていた。
一言、自分の状態を確認するように、そして、周りを案じるように喋ったからくり娘。彼女はすぐにぐったりと、青年騎士に体を預けて、再び意識を手放した。
無理もないだろう。
神代の生き物。
それも神に最も近い存在にその身体を奪われていたのだから。
今は静かに眠れ。
そんな慈愛に満ちた視線を向けてから男騎士。
「さて、残るはお前だけだな――道化師ジェレミー!!」
「はぁ……まったく、厄介なことになりましたねぇ。神殺し免状二人がそろい踏みとは、さすがにこれは分が悪いというもの」
残るもう一柱の一悪。
道化のジェレミー。
それに向かって、神を殺す魔剣の切っ先を向けた。
魔剣をほとばしるは男騎士の闘気。
再び神を斬らんと構える男騎士の背中には、人か魔かはたまた鬼か、余人にはない気配が漲っていた。




