第776話 どエルフさんと逆転ウワキツ
「はい、じゃぁ、私からね。こっちが本物」
「「うぇっ!?」」
「早い!!」
「なんと、そんなあっさりと決めていいのか、モーラちゃん!! なんていうか、もっとここぞとばかりにいろいろしても罰はあたらんのじゃぞ!!」
「これでいいです」
あっさりと、二人に分かれた男騎士の片方の腕を取ってそういう女エルフ。
あまりに迷いもなければ、いっそ潔いその反応に、風の精霊王をはじめとした全員が動揺する。
まだ見極めるために、何もしていやしないというのに。
どうして、彼が男騎士だと言い切ることができるのか。
そんな空気に、あら、不服そうねと女エルフは不敵な笑みを浮かべる。
「魔法で作り上げた偽物だっけ。まぁ、見てくれとかそういうのはばっちりよね。性格や挙動もそっくりだし、まぁ、流石は最強を自称する精霊王の御業と思うわ。この偽物は限りなくティトと言っていい存在よ」
「おぉう、そこまで言いながら、なぜ即決したモーラちゃん」
「そうだモーラさん。もうちょっと慎重に選んでも誰も文句は言わないんだぞ」
「というか、俺が本物だぞ、モーラさん。まったく、ドヤ顔で間違えるとか、どれだけ恥ずかしいんだ。流石だなどエルフさん、さすがだ」
「ねっ、反応もまるっきりティト。これを見分けろって、相当意地の悪い話よね」
けど、と、女エルフが言葉を続ける。
まるで家庭に入った奥様のような服を着て、ウワキツの空気を微塵も感じさせない佇まいで、女エルフは言い放つ。
それはまさしく、ヒロインとしての風格が為せる業。
ウワキツとか、年齢とか、格好とか、そんなこと関係なく。
やはり、彼女こそがヒロインなのだ。
だから、言い切れる。
「けどね、分かるのよ。どんな姿格好になっても、私にはティトがティトだって。かれこれ何年も一緒に冒険してきたし、苦楽を共にしてきた相手よ。そんな人を、即座に理解できなくて、いったい何がパートナーだっていうのよ」
「……モーラさん!!」
「冷静になれモーラさん!! 今、めちゃくちゃ恥ずかしいことをドヤ顔して言っているんだぞ!! というか、もし外れていたら、大やけどじゃすまない大惨事じゃないか!!」
「だから、外れる訳ないんだってば」
涼しい顔。
それは、いつもだったらあわてふためき、おもちゃにされる女とは思えない、とてつもない確信と覚悟を感じさせるものであった。
はたして、本当に彼女が正解を選んでいるかどうかは分からない。
けれども、ブラフを言っている感じでもない。
正解かどうかは別として、彼女は本気で、腕を握った男騎士を本物と信じているようだった。
そんな女エルフを前にして。
作り物の身体ゆえに表情こそ崩れぬが沈黙するのは元赤バニからくり娘。
彼女は今、女エルフの言葉に混乱をきたしていた。
いや、より正確には、目の前にした男騎士に対して、彼が本物だと言える確信を持てずに混乱していた。
「……脈拍、呼吸などといった、バイタルサインにも特徴は見られない。身体構造もまったく同じ。言動も、モーラに本物だと言われて動揺こそしているけれど、特に不自然な差異は見当たらない。どういうこと、どういうこと、完全に同じ人間じゃない。なのに、どうやってこんなの判別しろっていうの」
神造兵器。その身に宿している古代の叡智により、必死にどちらの男騎士が本物かを見極めようとするからくり娘。しかしながら、どれだけ技術を尽くしても、どうアプローチしてみても、それを見分けることができない。
風の精霊王の編んだ魔術は本物である。たとえ、神代の叡智をもってしても、それを破ることなどできはしない。
唯一、破ることができるものがあるとすれば、それは――。
「どうしたのアシガラ。アンタも、ティトのことを愛しているんじゃないの?」
「ぐっ、ぐぐぐっ」
「だったら分かるはずよね、見分けられるはずよね。どっちが本物のティトなのか、そんなことは簡単に。だって、私がこんなにもそうだと感じているのだから。確信をもって、彼が本物だと、言い切ることができるんだから」
腕に男騎士を抱いて、余裕の表情を見せる女エルフ。
そんな彼女を見て一流ウワキツ人は更に沈黙を続ける。
いや、もはや口では沈黙しても身体が沈黙していなかった。
男騎士を判別するために、高速回転した処理演算機の廃棄熱が、体中の孔というい孔から噴き出る。オーバークロックで動かしたことと、処理能力を思考に一点集中したことから、動きがぎこちなくなる。
かくかくとした動作をして、頭を抱えるアシガラ。
悩み悩んで、迷いに迷いて、それでも答えを出すことができず、からくり娘。
機械の身体を持つ少女には、愛という不確実なものを理解することができなかった。その感覚を理解することができなかった。
そして、それ故に、まったく同じ二人を相手に、どちらかが本物であると言い切ることができなかったのだ。
「……分かりま、せん」
「ふぅん」
「ほう」
「私には、どっちが本物のダーリンかわかりません!! どちらも本物のダーリンにしか思えません!! 見えません!! 判別できません!!」
それはつまり。
彼女がこの勝負において、ウワキツでこそ女エルフには勝ったが、ヒロインとして彼女には負けたということを意味していた。
はたして、その言葉がすべてである。
勝負はここに決着した。
「決ったのう。前提が崩れてしまえば話は変わる。確かに、アシガラの方が当代きってのウワキツであることには間違いないが、こと、ヒロインとしては――」
女エルフの方が上。
そう呟いて、風の精霊王が魔法を解けば――。
「……モーラさん」
「ね、言った通りでしょう?」
女エルフの腕の中には、男騎士が確かに残っていた。




