第754話 どエルフさんと真夏のサンタクロース
サンタコスVSバニーコス。
両名、隙の無い雰囲気で睨み合うウワキツ女子。
かたや、遥かなる時を生き、神の時代から存在し続ける神造兵器。
かたや、三百年の時を経て、良い感じにお肌の曲がり角を迎えた女エルフ。
歳の重ね具合は五分と五部。
どちらも、人間とは違う体の造りのおかげで、見目の麗しさこそ保っているが、中身は紛れもない行き遅れ女である。
その闘争心が、今、海の上で陽炎のように燃えていた。
「……やるわね、どエルフさん・タ!! その恰好、コスチュームの中から漂ってくる、女の気配で分かるわ!! 溜めに溜めた、女の執念がセルロイドに現れている!!」
「そういう貴方もね!! 行き遅れからくり娘アシガラ!! 経年劣化――どんなにメンテナンスをしても追いつかない肌の荒れや髪の荒れが目に見えてよ!!」
言葉の刃が飛び交う。
ウワキツ女たち二人。
容赦のない心理戦に、先週までのふざけた空気はどこへやら、これは大変なことになった、えらいこっちゃや戦争になるでという感じに、誰もが彼女たちの言葉の行き着く先を固唾をのんで見守る。
はたして、男騎士を甲板に降ろして女エルフ。
その期間限定グラで果たしてどうして海の上を行くことができるのか。まだいつもの期間限定グラの方が説得力があるという感じもしないでもないが、サンタパワーに不可能はない。
シャンシャンシャンとどこからともなく鈴の音を鳴らせば、彼女は海風にその金色の神をなびかせるのだった。
ふふっと睨み合う女エルフとサンタコスからくり娘。
いよいよ赤道上に入り、熱くなった海風が、赤いその衣装を揺らす。
一触即発。
鎧袖一触。
なんにしても、抜かばこの海赤く染まるという、緊張感。
そんな緊張感の中、はっと我に返って声を上げたものがあった。
「ダメだいけないモーラさん!!」
「ティトさん!?」
「だぞ、ティト!!」
「何がいけないというのですか!?」
男騎士である。
大破して、胸元がビロンビロンにはだけた女装の彼は、急いで胸元を隠すと女エルフに向かって叫ぶ。彼女の背中に、早まるなと声をかけて止める姿は、何かを察しているに違いない。
同じく、男騎士と同じく、女エルフの異常に気が付いたモノがあった。
長年男騎士と同じく、女エルフを見守ってきた男――店主である。
彼は、女エルフを止めるのにいっぱいいっぱいで、周りに構っていられないという男騎士の代わりに、戸惑う仲間たちの前に出る。そして、彼の知りうるこの状況の何がまずいかについてを語り始めた。
「いつものモーラちゃんだったら、こんなノリノリにウワキツコスチュームに身を包んでいるはずがない。いや、モーラちゃんは時々はっちゃける所があるけれど、それは追い込まれてのこと。こんな簡単にウワキツコスチュームに身を包む、安い女じゃない」
「いやけど、今まさに、ピンチなのでは」
「モーラちゃんのことが分かっていない!! いや、ウワキツのことが分かっていない!! ノリノリでやっているウワキツコスチュームと、ウワキツいと自分で理解しながらやっているウワキツコスチュームとでは重みが違うのだ!!」
どういう理屈だ。
法王は眉を顰め、ワンコ教授は意味が分からず、新女王は息を呑む。
とにもかくにも、いつもはいやいや期間限定グラになる彼女が、今回は率先してコスチュームチェンジしていることが問題であった。
そう。
ノリノリでやっているウワキツコスチュームは所詮コスプレ。
うわきついと思いながらやっている、お仕事とでは思い入れが違う。
義務感と羞恥心が段違いなのだ。
「そのようなノリノリのウワキツパワーでは、アシガラにはかなわない!! モーラさん、羞恥心を思い出すんだ!! そんなやけっぱちのモーラさんなんて俺は見たくない!!」
「……ティト」
振り返る女エルフ。
彼女は赤いミニスカートを揺らして、シャンとまた鈴を鳴らす。
憂いを帯びたその表情は、どうやら彼の言葉を理解しているらしい。
それでも、その表情の奥に秘めた思いは変わらない。
目の前の赤バニーに負けるわけにはいかないという心は変わらない。
強い決意が瞳にみなぎり男騎士を射抜く。
「こんなコスチュームがいったいなんだというの。これまで、もっと恥ずかしい姿はいっぱいしてきたわ」
「けれど、モーラさん!!」
「期間限定グラや期間限定グラに比べれば、期間限定グラなんてなんぼのもんじゃい!!」
「ダメだ羞恥心が馬鹿になっている!!」
常に、ウワキツの最前線を身を削ってやって来た感のあるヒロイン――女エルフ。
その度重なる無理がたたったのだろうか。それとも、死にかけたことが彼女の中で何かをふっきらせたのかは分からない。
なんにしても。
今の女エルフは正気ではなかった。
正気にてはウワキツならず。
ウワキツとはシグルイなり。
婚期を逃した女の墓場――。
「「さぁっ!! どっちがよりウワキツか、勝負といこうじゃないの!!」」
そう。
ここは既に修羅の巷。
正気《仕事》か狂気《趣味》か、などどうでもいい。
ウワキツだけがすべてであった。




