第743話 ど長男さんとサン〇ン
類まれなる幸運を神より与えられたからくり娘『ユキカゼ』。
歴史の表舞台に出ることなく、封印された彼女たちにまつわる逸話は少ない。
しかしながら、ここに至るまで、彼女はその権能に恥じない立ち振る舞いでここまで仲間を導いてきた。
男騎士たちに思わぬ反撃を受けはしたが、それでもまだ彼女にとってはリカバリできる範囲内。そう、彼女には運命という強い味方が付いている。
そして、それはこの極限の頂上決戦の場においても正しく作用した。
取り出したる彼女の武器は――ラッパ。
暗器の類であれば、構えと投擲のために隙ができる。
そう青年騎士たちは踏んでいた。
その予測を裏切る音響兵器。
口元にそれを沿えて、ふっと息を噴き出すだけでそれは作用する。
まさに不意の一撃である。
吹き荒れるは音の奔流。
よもやどこからそのような轟音を奏でるだけの息を吐くだろうか。
それを為さしめるのはからくりの身体。人の身体の限界を超えた、本来必要のない肺腑の許容量であろう。
確かな指向性と殺意を持って襲い掛かってくる音の波に青年騎士。
目前に構えた剣と共に身体が震えたかと思うと、その場に体勢を崩して膝をついた。強烈な衝撃波により、無防備な三半規管が狂い、彼はそこに溺れるようにして蹲っていた。
なんということ。
どよめく間もなくラッパは次の標的を捉える。
金色の吹き出し口が映し出したのは、カトラス刀を構える若船団長。
まずいと思い、魔剣を突き出すよりも早く、再びユキカゼの肺腑が空気を吸い込むほうが早かった。
すわ、二度目の轟音が船上に木霊する。
「……ふふっ!! 鍛え方がたりていないのではないですか、ラッパのひと吹きで意識を失うだなんて!! もっとも、このラッパは特別製ですけれども!!」
【魔法アイテム 狂気の角笛: そのひと吹きにより低級モンスターであれば正気を失わすことができるという範囲攻撃型の魔法アイテム。角笛とあるが、古来よりこの効果を与えるものに儀礼的につけられるものであり、その姿かたちはさまざま。今回のようにラッパの形をしているものもある】
本来であれば範囲攻撃、広域にわたって左様をもたらすはずのそれを、指向性を持って任意の相手にぶつけるというのは技量を求められる。
それだけの技量を、目の前に立ちふさがるからくり娘は持っていた。
様々な暗器を持って、男騎士たちGTRの参加者を苦しめた『ユキカゼ』を祖とするからくり娘たち。
その正体見たり。
ひな形である『ユキカゼ』もまた、おおよそ常道とは程遠い戦い方をする、トリッキーなからくり娘であった。
まともに、相手をしてはならぬ。
残されたモッリ水軍三兄弟。
倒れた青年騎士と若船団長を庇うように、次男と三男がかけつける。
残された長男が、手出しはさせぬと幸運なるからくり娘、『ユキカゼ』の前に立ちふさがった。
徒手空拳。
エルフリアン柔術にてお相手すると構えるが、果たして鍛え上げたその肉体は、ラッパの音を弾き返すことができるのか。すわ、再び『ユキカゼ』の胸が盛り上がり、肺腑に空気が吸い込まれたかと思ったその時である。
「呼ッ!!」
エルフリアン柔術の使い手、長男坊もまた息を吸い込んだ。
手の甲を相手に向け、内またに脚を構えて腰を落とすその構こそは、船上において身体を安定させるために編みだされた防御の構。
ありとあらゆる攻撃に対して、タイミングを合わせることで相殺することができる鉄壁の防御術。
「エルフリアン柔術!! 空の型!! 〇ンチン!!」
【スキル 〇ンチン: 某おろちの人で有名なアレ。みんな大好きだけれど、これって柔道じゃなくて空手じゃない。細かいことはいいんだよ。とりあえず、この格好をしておけば、なんかいろんなものが防げるし、大丈夫なのだという説得力を与えてくれる、そんな特殊な構えである。おざなりであるが、武道クラスタの皆さんがこぞってネタにしているんだから、きっと効果はあるのでしょう(ひでぇ)】
その時、まさしく奇跡が起きた。
両の手を上に突き出したその姿勢はまさしく音叉の形。
左右二つの歪な音叉は、あびせかかる怒涛の音の波を、その間で増幅し、絶妙にその効果を狂わせた。
本来であれば、三半規管を破壊せしめるその音は、ちょうど長男坊の正中で重なり合うと相克されて、ほぼ無音と化したのだ。
なんと、武術の型は音による攻撃さえも防ぐのか。
恐るべし、カラテ。
讃えるべし、カラテ。
読むべし、グラップ〇ー刃〇。
なんにしても。
「たぁっ!!」
「嘘でしょう!?」
モッリ水軍長男坊、音が鳴りやむやそこから半歩踏み込んで、繰り出すのは突き出しの一手。掌に力を籠めて、腕の骨を真っすぐ打ち込むように突き出せば、それは幸運のからくり娘の肺腑をずぶりと打ち抜いた。
大きく膨らむ肺腑――つまり脆い構造となっていたその胸は、あわやモッリ水軍長男坊のもやしの腕にて突き破られた。
居抜きである。
腕を引けば、すぐさま両名距離を取る。
胸を抑えて睨みつける『ユキカゼ』に向かって、モッリ水軍長男――。
「エルフリアン柔術を舐めるな!!」
ここにはいない、その流派の始祖に代わり、キメ台詞を吐き出した。
そう、柔よく剛だけではなくすべてを制す。
弱者のための自衛の技。
理の先にある武。
エルフリアン柔術は無敵なり。
讃えよ、エルフリアン柔術、極めよ、エルフリアン柔術。
たとえ、それが空〇の技でも、それはそれなのであった。
讃えよ!!




