第735話 ど男騎士さんと神聖遺物の一撃
古今無双の豪傑が振るう一刀であれば、その一撃は人の希望を乗せた一擲となる。神の造りし宿命を打ち砕き、人の力を世に示すことになるだろう。
この時、相対した二人はまさしく、人の希望たる大英傑と、神の走狗たるからくり娘。伝説の一幕を飾るのに相応しい二人である。
ならば、大性郷の一刀は、彼女の身体を断ってもおかしくはなかった。
しかし――。
「ふぬぅっ……!!」
「惜しいかな東洋の武人。思案が足りぬ」
大性郷の一刀はからくり娘『クマ』の身体を抜けて甲板を叩いた。
G幻流の秘奥『初太刀斬り』の威力は折り紙付き。
免許皆伝の身の上である大性郷が放ったそれもまた、船底まで響き渡り竜骨を割るかというばかりの強烈な一撃であった。
しかし、からくり娘の身体には傷一つとしてない。
これはいったいどうしてか。
摩訶不思議、まさしく神造の兵器だからこそ起きた奇跡か。
それともからくりか。
何か仕掛があるに違いない。
すぐさま甲板に突き刺さった刀を抜いて大性郷、二の手要らずのG幻流であるにも拘わらず剣を中段に構えていた。
初手で確実に相手を殺すのがG幻流。
しかしながら、二の手以降も存在する。
最速にして最も威力のある一手目を外した相手には、遅くとも確実性のある一手でこれを迎え撃つ。すなわち。次は腰だめでの横薙ぎの一閃。
縦方向と違って、横に躱すことの難しい胴を薙ぐ一撃は、しかしながら恐ろしいまでの膂力を必要とする。鉄の刀を振るうだけでも相当な筋力を必要とするのに、それで相手を絶命しうる一撃を放とうというのだ、無理もない話である。
しかしG幻流は初手殺しにおいて、渾身の力を籠めて相手を両断する流派である。
相手の骨髄はおろか胸骨・恥骨を砕いて断ち切るその技を振るうとなれば自然と膂力は身につくもの。
しかるに二の手を繰り出すは易かった。
「チェェイイイイ!!!!」
再び猿叫が絶海に木霊する。
男騎士のそれと違って、正しき叫びのそれは、その横薙ぎの一撃に合わせて繰り出される。裂帛の気合を肺腑から吐き出して大性郷、今度はからくり娘の胴を確実に割いてみせた。
が、しかし。
その太刀筋が腹を裂いたが瞬間、その表情がこわばる。
大性郷、眉間に寄せた皺の中からどろりと濃い汗を流して彼は猿叫とは違う声を発した。
その肺腑に、ずぶりと鈍い音が響く。
見れば二つの黒き刃。
それはからくり娘がまき散らした匕首であった。
大性郷が攻撃を繰り出す最中に、彼女はそれを操って、打ち出していたのだ。
おそるべし――七人の最初の原器が最強の一体。
人間技ではない。
いや、元より彼女は人間ではない。
神が造りし殺戮兵器である。
次に大性郷が吐いたのは、言葉でもなく叫びでもなく血であった。
致命傷である。
「性郷どん!!」
膝をついたか大性郷、すぐに彼の隣にかけよる男騎士。
まさかまさか、逆転のために姿を現したかと思いきや、あまりにもあっさりと王手を詰められ、よもや命さえも危ういという事態に、男騎士も鬼の姿のまま叫んだ。
口元だけで笑うからくり娘。
そんな彼女を前にして、屈んだ状態からねめつける大性郷。
肺腑から飛び出す鮮血。
口から湧きだす血。
もはや、呼吸もままならぬであろう重症の身でありながら、三度――大性郷は剣を構えた。
それはG幻流三の太刀。
人を断ち切る初太刀を外され。
確実に殺める二の太刀を外された。
ならば、もはや相対するは達人である。
達人においてはもはやG幻流の技を持ってして立ち向かうこと難しい。
技術の粋を集めた技は既に躱されたのだ。
ならば三の太刀は如何にする。
「よもやこの技、使うことになろうとは」
構えは八相。
睨み据えて大性郷。
そこからふるりと背中を向けた。
ほうと呟くからくり娘。彼女に背中を見せた次の瞬間――。
股間から、大切なものが、まろびでていた。
「ほぉっ、ご立派!!」
「げぇっ、こいつもまたチン術使いか!!」
そう、侍の腰には大小二本。
更に股間に匕首一つがぶら下がっている。
この三刀を使って戦えなければ男にあらず。
股間のそれを放出して、作り出すのは一笑の間。
なんということという衝撃と共に、
一呼吸おかれたその隙を狙いに行く。
つまり――。
「お色気殺法!!」
であった。
繰り出される不測の事態。
あまりに大きなふぐり。
ビジュアルだけで笑いをとるのは十分。
それでなくても相手は年端もいかぬ見た目の女子である。恥じらうのは必定。
むしろ、見せるこちらが恥じらおうもの。
しかし大性郷、そこに恥じらいはない。
勝つためならばなんでもする。
そう、いっそすがすがしいまでに、この男はこの戦いに拘っていた。
もはや腹も据われば、ちん〇も据わる心地で、その技を繰り出していた。
死なばもろとも。
まさしくそんなやけくそで繰り出された大性郷の一撃。しかしながら――。
「だから思索が足りぬと申しているであろう」
無慈悲か、哀れか、残酷か。
からくり娘に心はないか。
取り出したる匕首を持った手が異様に伸びたかと思えば一閃。
大性郷が八相の構えから剣を繰り出すより先に、その股間の匕首は、見るも無残に跳ね上げられたのだった。
あぁっ――。
「おっ、あぁあああああああああっ!!」
「痛てぇっ!! あれは痛てぇっ!! もうちんち〇ないけれど、心のちんち〇が痛くなる感じの奴や!! あかん奴や!!」
鬼になった男騎士、そして剣になった大英雄。
両名、斬られた大性郷よりも青い顔をして股間を抑えた。
そう――タマヒュンでも人は死ぬのだ。
いや、男は割とこの手のメンタル系の攻撃に弱いのだ。
スプラッタ、男性特攻の一撃に、それは間違いなかった。




