第720話 ど男騎士さんと第三レース決着
「さぁ、第三レース、なんとなんと予想外なことになりました。まさか、一位で出発したはずのパイ〇ーツ・マルミエヤン・ドットコム。大きく順位を落としての四位。着順は大きく入れ替わって、ご覧の通りとなりました」
観覧船の上に掲示された着順。
そこに書かれている順位は、つい一日前のリザルトと大きく異なるものだった。
一位 モッリ水軍(12時間33分)
二位 復讐屋海運(12時間46分)
三位 小野コマシスターズ(13時間12分)
四位 パイ〇ーツ・マルミエヤン・ドットコム(13時間54分)
五位 威臨社(13時間59分)
六位 謎の大陸商人コードX(18時間2分)
以下 省略
「まさかまさかの大躍進。この第三レースで、大きく動いてみせたのはモッリ水軍と復讐屋海運。両者ともに、実力派ではありますが、ここまでどこか動きがしぶかったのは、この中盤の追い上げを意図してのことか。なんにしても、俄然レースは面白くなってきました」
そう。
男騎士たちが海上で戦いを繰り広げるのをしり目に、戦闘や妨害行動の一切を放棄して、レースに集中したモッリ水軍と復讐屋海運。この二組が、あろうことか怒涛の追い上げを見せて、順位を大きくひっくり返したのだ。
解説が言った通り、レース中盤での逆転を、彼らは虎視眈々と狙っていたと見て問題ないだろう。
実際、小野コマシスターズはもとより、男騎士たちパイ〇ーツ・マルミエヤン・ドットコムは戦闘により疲弊している。そこを突いて、攻撃をしかけて潰してしまうこともできただろうに、彼らはレースの方を優先した。
完全に虚を突かれたという奴である。
男騎士、そして、法王たちが苦渋に顔をしかめる。
すまないと謝ったのは、前後不覚、完全に取り乱して戦略を見誤ってしまった、パイオーツ・マルミエヤン・ドットコムのリーダー、男騎士であった。
彼は首を垂れて仲間たちに許しを請う。
だが、その行動に対して、返事ができる者は誰もいなかった。
なぜならば――。
「なお、パイ〇ーツ・マルミエヤン・ドットコムの船員、女エルフのモーラ氏については、その安否が分かっておりません。後続の艦隊もその姿を確認しておらず、これは行方不明が濃厚かと思われます」
女エルフを救出することができなかったからだ。
男騎士のうつむいた表情、そこには、かつてない絶望がこびりついていた。
愛する者を失う悲しみに、今まさに暮れている彼に、いったいどんな言葉をかけることができるだろうか。それを殺して、自分の至らなさを詫びる律儀な男に、いったいこれ以上どんな言葉をかけて慰めればいいだろうか。
男騎士パーティの一転してのランキング失速の原因はここにあった。
からくり艦隊これくしょんこと小野コマシスターズを撃退して、いくらでも巻き返す余地はあったにも関わらず、彼らがずるずると四位という順位に後退したのは、その精神的支柱である男騎士と、それを支える女エルフの喪失だ。
彼の判断の鈍りがそのまま、船を失速するに至らしめた。
けれどもやはり、何も言えない。
男騎士も悲しいが、同じくらいに仲間たちは、女エルフの喪失を悲しんでいた。
「……だぞぉ、だぞぉ。コーネリアに続いて、モーラまでいなくなっちゃったんだぞぉ」
「モーラさん。どうして、あんなあっけなく。貴方らしくないですよ」
「お、お姉さま。どうしてですか。あんなに、レース開始の時には元気にしていらっしゃったのに。あんな、あんな一瞬の出来事で」
あっけなさすぎる女エルフの死。
いや、死んだかどうかは、彼女の死体が上がっていないのだ、まだ分からない。
だが、四方を見渡しても、漂着するような島など見当たらない大海原。
こんな場所で、海に落ちれば、たちまち波濤の中に命は消える。
そんなことは、わざわざ考えるまでもないことだった。
よもや、出発前に店主が渡した【セイレーンの泪】。その加護などまるでなかった。いっそフラグと言ってもいいだろう。
女エルフは死んだ。
もう、いないのだ。
セイレーンの泪の代わりに、甲板に男騎士の泪が落ちる。
夕闇に朱色を帯びたその冷たい滾りは、しとどに彼の足元を濡らした。
「……おい、ティト、泣くんじゃねぇ!! 死んだと決まった訳じゃねえ!!」
「……けど、エロス!! 俺は、俺はまた、大切な人を守れなくて!!」
「……くっ、この馬鹿野郎!!」
こんな時に、男騎士を励ますのが魔剣エロスである。
しかしながら同じように、かつて愛しき相手を失った男には、痛いほどに持ち主の心が分かった。手に取るように、その喪失の痛みが感じられた。
埋めることができない心の虚。
もはや、男騎士たちに、できることは何もなかった。




