第717話 どエルフさんとアウトレンジ
結局、男騎士たちが帆を張り直して港を出るまでに三十分がかかった。
これにより、凪の海での一位争いは混迷を極めることとなる。
第一レース第二レースと、潮流や潮の流れを無視して、手漕ぎにより独走してみせた北海傭兵団は既に姿はない。となれば、凪の海を制するのは、風力以外の力で走行することができる船だ。
時間にしておおよそ二時間後――。
『さぁ、ここでトップ交代だ!! 凪の海でモノを言うのは、やっぱり、なんと言っても風にも潮にも流されぬ力!! 原動力!! 蒸気機関により荒れ狂う海を進む鋼鉄船こそが、人類の叡智こそがふさわしい!!』
「……無茶苦茶言ってくれるじゃない」
『今、船体を大きく一つ引き離して、威臨社が前に出たァ!!』
満を持しての大本命。
威臨社の登場に会場が沸き上がる。
してやられたと顔を歪ませて横を見れば、第一レースの開始時と同じように、船の舳先には勝海舟が杖を突いて立っていた。
意気揚々と進むご大尽。
すまんねとばかりに目配せした彼を横に、男騎士はせっかく得たアドバンテージをみすみす失ったことを歯噛みした。
とはいえ、後続は軒並み苦戦している。
これならば――。
「油断しておられるようですね!! ふむふむ、なるほど!! これくらいの悪運不運は付き物という、冒険者の顔をしていらっしゃる!! なかなかどうして、びっくりするくらいにすごい戦士さんじゃありませんか!!」
「……誰だ!!」
後続のもたつく船たちからの刺客か。
自分たちが動けないのを逆手にとって、小型船で奇襲を仕掛に来たか。
誰だ、モッリ水軍か、小野コマシスターズか。
それともまさか、謎の大陸商人か。
もちろん、その答えは明白。
マスの上に立つ声の主の少女は、潮風にその金色をした髪を揺らしていた。顔は木製。そう、彼女の身体はからくりでできている。
「……おや。おやおや、びっくりしました。まさか、貴方でしたか。いえ、そうですね、貴方だからこそライダーンさまは、自分の手元から引き離さなかった」
「……『ユキカゼ』!!」
睨み合うのは金髪のからくり娘とからくり侍。
からくり侍の長い黒髪が潮風に揺れたかと思うと、彼女は即座に抜刀。マストの上に陣取る、かつての仲間に向かってその切っ先を向ける。
すると、それに応じるように、マストの陰から幾重ものからくり娘たちの陰が現れる。
そこには青年騎士を救いそして脅し、さらに先日北海傭兵団を襲ったからくり娘の姿もあった。
すなわち、神が造りし最初の七人の原器。
そのうつし身たち。
男騎士が息を呑む。
女エルフが杖を構える。
ワンコ教授がさっと法王の後ろに構え、法王もまた錫杖を構えた。
新女王は剣を取り、再びの戦闘態勢。
はたして、ここに戦闘開始かと思われたその時。
「……えっ!?」
「モーラさん!!」
女エルフの体が宙を浮いていた。
いや、違う。
まるで海カモメのような飛行物体により、彼女の身体は唐突に中空へと放り出されたのだ。これはいったいと一堂に戸惑いが走る中――。
「馬鹿な!! 『ホウショウ』!? どうして彼女がここに!!」
「勘違いしていませんか。私たちはともかく、彼女たちからくり艦隊これくしょんは、最初の七人の原器を基にして作られた量産からくり娘です」
「……まさか!!」
「『ホウショウ』からの量産からくり娘の製造も完了しています。えぇそうです、あの未完成だった飛翔兵器を完成させて、遠距離攻撃の要とする技術がね。こればっかりは、いくらライダーンさまのお気に入りの貴方でも知らなかったでしょう」
コンゴウ、と、金髪の娘が言う。
かくして、女エルフが宙を舞う中、小野コマシスターズとパイ〇ーツ・マルミエヤン・ドットコムの戦闘は幕を上げたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「……ひゅーっ!! 奇襲成功!! 初の作戦にしてはばっちりじゃね!?」
「いえーい!! アカギさん大勝利!! これ、提督ってば褒めてくれるかな!! 特別ボーナスくれたりするかな!?」
「それは分からないけれど、一番の問題であるパイ〇ーツ・マルミエヤン・ドットコムの副リーダーを仕留めたんだ。このレース、もう、勝ったも同然だよ」
海洋の果てではしゃぐ少女からくりが二隻。
一隻。
女エルフをさらった、飛翔兵器を放ったからくり娘の名は――『アカギ』。
『ホウショウ』を原器として作られたからくり娘の中では、比較的戦闘能力の高い機体だ。天真爛漫でどこか愛嬌のある人格は、その戦闘能力を中和するための意味もある。
もう一隻。
アカギに随伴して侍っているのは彼女と同じく『ホウショウ』を原器とするからくり娘。
赤城よりも偵察機などのトリッキーな飛翔兵器を展開し、海上の制空権を制することを得意とする彼女は――名を『カガ』という。
そう、もはや語るまでもないだろう。
「からくり艦隊これくしょんの切り札一航戦」
「まさかこのタイミングで投入されるとは思いもよりませんでしたが、思いがけない戦果をあげました」
「さてさて、では、そろそろ紅海のサメに餌でもあげるとしましょうか」
エルフ肉。
美味しいんですかね。
そう言って無機質に笑う赤城。
追従する者はいない。
だが、その視線の先で、何かがきりもみをして空に舞うのが見えた。
あれはそう――まるでカモメのような姿をした何か。




