第708話 ど男騎士さんと第二レース決着
「ティト殿。せっかく助けて貰ったところ申し訳ないが、ここまでの損害が出てしまっては我々としてもこれ以上の渡航は困難だ。第二レースで、ひとまず我々北海傭兵団はこのレースを棄権しようと思う」
第二レースの終着点、南トリ島の港。
そこに一番に入港したのは、男騎士たちの支援を受けてなんとか持ち直した北海傭兵団であった。
ゴールを知らせるアナウンスの声。
しかしながら、その後すぐに出された若船団長の棄権宣言に、男騎士たちは意気消沈という感じで顔色を曇らせたのだった。
実際、既に北海傭兵団はこれ以上レースを続けられる状態ではなかった。
かろうじて船を操舵することができる船員は残っている。
だが、三分の一に当たる者たちが負傷ないし死亡している。
レースをトップ通過したというのに、命知らずの船団員たちだというのに、その表情は一様に暗い。
皆、仲間の死に対して、思う所があったのだ。
このような精神状態ではとてもではないがレースなどに望むことはできない。
それでなくても、これ以上の戦闘となれば、自軍が不利になるのは明白。
数の利を大きく欠いた北海傭兵団は、レースにこそ勝利したが、もはやチームとしては虫の息となっていた。
北海傭兵団のヴァイキング船の上。
その話を聞かされて、頷いたのは男騎士。
彼は、若船団長の賢明な判断を褒めこそしないが肯定した。
時に、撤退の決断とは軍団を率いる者にとって必要なものである。
自分の名誉を捨ててまで、決断をできる者を人は良将と呼ぶ。
確かな将としての器を感じさせて言う若船団長。
もし今後、彼と海の上で刃を交えることになったならば、厄介なことになるだろうなと男騎士は思わずにはいられない。けれども、そんな未来はきっと訪れることはないだろう。
若船団長は、男騎士の手を取って涙ながらに頭を下げた。
「ありがとうティト殿。もし、あなたが助けに来てくれなかったら、私は、私を慕ってくれる大切な部下をむざむざと失うところであった」
「船団の長がそのようなことでいいのか」
「よいのです。我らは命と武を代価に金を得る傭兵。けれども、命あっての物種というものです。何より、意味のない死に我々は価値を見出せません」
さきほどのからくり娘たちとの戦いは意味あるものではない。
そして、GTRを続ける限り、その戦いから逃れることはできない。
そう若船団長は判断した。
はたして彼らがこのレースの後、どのようにこの世界を生きていくのか分からない。北海傭兵団というものの在り方について、よく知らない男騎士には、冒険者ではない純粋な傭兵という在り方は想像もできなかった。
けれどもきっと、この戦うことの意味を知る青年ならば、きっと――。
「英断だと俺は思う。若くして仲間を思い遣り、未来を見据えて進むことのできる貴殿のことを、俺は末恐ろしく思うよ」
「いえ、まだまだ未熟者です。仲間を満足に守ることもできない」
「守っているじゃないか。少なくとも君の決断を、この船に乗る者たちは支持している。それはつまり君が彼らの長として正しいということのなによりの証拠だ」
若船団長が視線を向ける。
櫂を水面から上げて、天に向かって突き立てている船団員たち。
多くの仲間を失って、悲壮に暮れている彼らだったが、それでもその視線は若船団長を見限っていない。そして、彼のGTR棄権という判断を非難する者もいない。
皆、この戦いにつかれていた。
そして、その戦いを終わらせようとしている若船団長の判断を、妥当なものだと思っていた。なにより自分たちのことを思って苦渋の決断をする彼に対して、より深い信頼を抱いていた。
「ギリンジ閣下。俺たちはやはり貴方についてきて正解でした」
「こんなくだらない戦いで、俺は死にたくはない。死ぬなら名誉ある戦いの中で死にたい。なます切りなんてまっぴらだ」
「内輪もめもレースもくだらねえ。俺たちは戦士なんだ、譲れねえ何かのために戦いたい。誰かの想いのために戦いたい。そのために俺たちは剣と斧を持っている」
「……お前たち」
すまない、と言いかけた若船団長。
そんな彼に謝らないでくださいと北海傭兵団の海賊たちが言う。
すぐさま若き名将は、ありがとうと言い直すと、得難き仲間たちに向かって年相応の笑顔を見せた。
そんな背後で、再びアナウンスの声が上がる。
「ゴール!! GTR第二レース!! 北海傭兵団に続いてゴールラインをくぐったのは、お見事、パイ〇ーツ・マルミエヤン・ドットコムだ!! あの乱戦の中で、見事見事に出し抜いてみせた、二レース通して二位通過とは大健闘!! これはもしや、今回のレースの優勝候補では!!」
二着。
この後、北海傭兵団が棄権することを考えれば実質的な一着。
混戦の末に第二レースを制したのは、男騎士たちパイ〇ーツ・マルミエヤン・ドットコムであった。




