第707話 どからくり侍さんとオーパーツ
剣閃が伸びた。
それはおさげのからくり娘にとって予想外のことであった。
深紅色の瞳を瞬かせて、自分の手から飛んだ刀を探す彼女。
そんな彼女に、鈍色をした鎖が迫っていた。
それはからくり侍の身体から展開されたもの。
そして、目の前のからくり娘もまた使っていたもの。
やはり両者の間には何かしらの関係性が窺われる。しかし今は、そのことよりも繰り出されるからくり侍の技の方に目が行く。
まるで大蛇かはたまた龍か、変幻自在に宙を舞うその鎖に惑わされる間に、あれよあれよとからくり娘はその体を絡め取られ、彼女が倒した兵士たちが倒れるヴァイキング船の甲板に縫い付けられた。
後ろ手。
剣を持つ右手とは反対の腕より散じている鉄鎖。
見事としか言いようのない、息もつかせぬ、隠し技である。
まんまとその手に落ちたからくり娘は憐れ。ぎしりぎしりと、その木製の身体を軋ませて、彼女は鉄の戒めの中で蠢いた。
しかし異様かな。
狂犬からくり娘と違って、彼女がからくり侍と男騎士に向ける視線は穏やかなものだ。
余裕がある――というのとは違う。
戦士としての覚悟というべきだろうか。
どこか腹の据わった佇まいに、その動きを封じたというのにも関わらず、男騎士とからくり侍はなんとも言えず唇を噛んだ。
そんな中、また先んじたのはおさげのからくり娘だ。
「参ったな。この時雨。剣の腕と鎖鎌の扱いにおいては自信があったのだが、こうも見事に返されるとは」
「……勝負は時の運。なに、からくりの身体の使い方の年季が違うということでござる。貴殿も精進して、あたら命を粗末にしなければ、拙者ぐらいには」
「なれるものか。原型と複製では天と地ほどの違いがある。なまじ、人の手により作られたものと、神の手によりつくられたものでは、雲泥の差だ」
なんの話をしているのかと、男騎士が目を瞬かせる。
肉弾戦となっては出番はなく、後方に控えていた女エルフも同様だ。
意味深な言葉の列挙に、ただ一人それが分かったような反応をしたのはからくり侍。彼女はどこかきまりが悪そうに顔を伏せると、左腕の鎖を鳴らした。
その反応に確信したようにおさげのからくり娘が唇を弾く。
「先ほどの誰何は失礼だったな。よもやよもやと思ったが、其方は原器のからくり娘であったか。ならば、その強さも納得というもの」
「……その呼び方はやめて欲しいでござるなぁ」
「そして尚更、貴殿に興味が湧いた。いや、このGTRへの参加の目的は、其方とは別にあるが、その強さを目の当たりにしてはそのようなことも言ってはおられぬ」
ふたたび、つむじ風が沸き起こる。
おさげのからくり娘の身体から吹き上がったそれは、重く硬い鉄の鎖を浮揚させると断絶する。
いったいどれだけの風量か。
その威力、まさに魔法の域。
からくり侍の強さを褒めたたえたおさげのからくり娘だが、彼女もまたおそろしいまでの強さを持っている。
はたしてからくり侍の戒めを解き、四肢を破壊された仲間を抱えたおさげのからくり娘は、一足飛びに跳躍するとヴァイキング船の船尾へと移動する。
抜いた刀はそのままに撤退した彼女は不敵に口元だけで笑った。
「その力、いずれもらい受ける。すべては明恥政府の富国強壮のため」
「……またそのような世迷言を」
「世迷言ではない。我らは――いや汝はその為に造られたものであろう。世界を破壊し、蹂躙し、燃やし尽くす暴力の権化。神が造りし七体の破壊兵器」
それ以上、口にするな。
よどみない殺気が真っすぐにおさげのからくり娘に飛ぶ。
一言でも発しようものならば、その物事を断ち切られるよな剣気を放って、立ち尽くすのはいつもはとぼけた様子のからくり侍。
決して変わらぬその白磁造りの表情に、ゆらめくような殺意が揺れていた。
「……さらば」
その剣気に斬られるように、背中から海へと落ちるからくり娘。
かくして多くの謎と、因縁を残して、第二レースの闘争は幕を閉じた。
「……センリ、君はいったい?」
「どういうことなのセンリ? 前から気になっていたけれど、貴方いったい何者?」
「……ござる」
こうなっては誤魔化すのは難しいでござるなと呟くからくり侍。
彼女は再び、いつものとぼけた調子に戻ると、頭を掻きむしりながら――そっとその体を包んでいる着物の襟をめくったのだった。
そこには、木目で出来た肌と共に、非常に特徴的な文様が浮かんでいた。




