第37話 どエルフさんとタンス
「ティト。ここほら、タンスがあるわよ」
「でかしたモーラさん」
遺跡の中、埃と砂塵にまみれた木製のタンスを前にして、エルフが声を弾ませた。
魔法遺物はこういう、タンスの中だとかに眠っていることが多い。
廃墟を進みつつも、今までこれといった発見に恵まれなかった男戦士パーティは、そのはじめての成果ににわかに色めきだった。
もちろん、その中に、魔法遺物が入っているかは、開けてみないと分からないのだが。
「ケティ、開けてみても構わないか?」
「任せるが、扱いには気を付けるんだぞ。それも重要な遺跡の出土品だから」
わかった、と、男戦士。
両開きになっているタンスの棚。
その扉を、彼はおそるおそると手前へと引いた。
積もっていた埃を静かに落としてタンスが開く。
中に入っていたのは、色褪せずに良好な状態を保っている女性用の服であった。
夜会用だろうか、黒い絹のレース地のそれは、胸元がばっさりとはだけていて、着用者もいないのにどきりとした気分になる。
「わぁ、素敵なドレス」
「これは年代モノだぞ。ここまで保存状態のよいドレス、なかなか出てこない。当時の富裕層の知るうえで重要な資料だ」
「じゃあこれはケティの取り分だな」
あっさりと、それをワンコ教授に譲ったティト。
隣に立っていたエルフ娘にそれを渡すと、次に、両開きの戸の下にある引き出しに手をかけた。
するり、と、まるで抵抗なく手前へとスライドするそれ。
「ほう、こちらは宝飾品か」
「ちょっと、すごい、なにこれ!! もうこれを売り払うだけでそこそこのお金になるじゃない!!」
「聖者の伝説になぞらった意匠のものもありますね。聖遺物としての価値もありそうです」
では、これもワンコ教授の取り分だな、と、男戦士。
当然これには女エルフから疑問の声があがった。
「モーラさん。俺たちに必要なのは魔法遺物だ。宝飾品なんて手に入れても仕方ないだろう」
「それはそうだけれど」
冷静に考えれば、このような宝飾品がいくつあっても、魔法遺物一つにその価値は遠く及ばない。
魔法の施された剣やロッド、ローブといったものは、それこそ普通に市場には出回らないものばかりだ。
こんなものに構っている場合ではないのだ。
「けど、一つくらいもらってもいいじゃないの。ねぇ、コーネリア」
「人間の価値は身に着けている衣服で決まらないのですよモーラさん」
「コーネリアまで。いいわよ、分かったわよ」
つまらなさそうな顔をする女エルフ。
達観している女修道士と違って、彼女は衣服にも宝飾にも、女として未練があるらしかった。
少し申し訳なさそうに顔を曇らせる男戦士。
続いて、彼はもう一つ下――いちばん下にある引き出しを引いた。
ことり、と、ほぼほぼ何も入っていないその引き出しの中に、転がった丸い棒。
それは明らかに、その――ほどよい太さと丸みを帯びた、ありがたい形状のものだった。
これは、と、男戦士、女エルフ、女修道士の間に沈黙が走る。
「おぉ、それは魔法遺物、【暴れん棒】だぞ!! 古代文明で流行した装飾品だぞ!!」
一人、これがどういう用途のものか、分かっていないワンコ教授が声をあげる。
【魔法アイテム「暴れん棒」:魔力を供給することにより激しく暴れるおもちゃ。身に着けると、集中力-1の代わりに高揚状態なる】
「ど、どこに装備するっていうんだ」
「お、男の人はどうやって装備するんでしょうか」
「そ、そもそもあのサイズだと装備できる人が限られるんじゃ」
みんな、どうしたんだ、と、首をかしげるワンコ教授。
彼女の視線から目をそらしつつ、男戦士はそっとそれを手に取った。
「まぁ、うん、約束の通りマジックアイテムだ、これは、俺たちの取り分で問題ないな」
「構わないぞ。結構それはほかの遺跡からも発見されてるから、価値は低いんだ」
「ちょっとティト!! なに言ってるのよ、そんなのこそいらないでしょう!!」
洋服に宝飾品と、気になっていたものをすべて、ワンコ教授に譲られた上、こんなものをもらったことが腑に落ちない女エルフは声を荒げた。
しかし。
なぜだか、男戦士はやさしく彼女に微笑み返すと、手にしているそれを、隣に立つエルフ娘へと向けたのだった。
「分かっているさモーラさん。君の気持くらい」
「ティト?」
「装備したいんだろう。さっきから、ものほしそうな眼をして。貴族の装飾品だものな、気になるのはしかたないさ」
「いや、そうだけど、そうなんだけれど」
それじゃないのよ、と、女エルフ。
目の前に出されたそれをまじまじと見つめてしまった彼女は、顔を真っ赤にして目を背けると、うわぁあぁ、と、うめき声をあげてその場にうずくまったのだった。




