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結果オーライ!

「時間じゃな。ダハーカ、持ち場に戻るのじゃ」


 あまちゃんが頃合いを見計るように、姉さんに指示を出した。

 そこに姉さんのプライドが刺激されたらしく、意見が飛んでくる。


「よくよく考えると、何で妾まで働く流れなのかな? 妾は現存する限り最古竜で最強の蛇! 神殺しの蛇でもある」


 まぁ、姉さんの世界の最高神は彼女の毒で死んだ。嘘ではない。


「ほぅ、さっきのことはもう忘れたか。お仕置きが足らんと見える」


 滅菌室への一幕を持ち出して、あまちゃんが姉さんを牽制する。

 俺と関わったことで、本来の力を取り戻せていない姉さんが一瞬だけ怯むも、さっきの話を通して過去の栄光を思い出したのか、またも意見が出てきた。俺に。


「お前は妾にあの場所で働かせて何をさせるつもりじゃ?」

「ファルネーゼの護衛かな」

「あ?」

「本来は、ファルネーゼが就寝中の意識の薄れるあいだを姉さんが覚醒して、ファルネーゼに害をなそうとする者を駆逐する役割を担わせるつもりだった。しかし、あまちゃんが姉さんとファルネーゼをキレイに分離させたから、姉さんを何時来るか分からない護衛のためにブラブラさせるのも何だし、働かせることにした」


 正直に目的を伝えると、あまちゃんがばつの悪い顔をした。

 俺にまさかの考えがあるとは思っていなかったのだろう。

 一方、姉さんは……震えていた。


 怒りが全身に伝わっているのがよく分かる。直ぐさま爆発させないのは、姉さん以外のそうそうたる力を持った神々が居るこの周囲の状況もあろう。しかし、それよりも今の姉さんは十全に力を奮うことが出来ないで居る。

 理由は簡単で、俺と敵対して、俺の力に屈した為だ。

 ちなみに今の俺の力は『怠惰』。元々は俺が屈したクソが己の汚点を押しつけた呪いだったが、俺自身が元神だったこともあり、呪いを力に変えて『司る』という発想の転換を思いつくことで、得た力だ。

 蛇足だが、今の、ということは昔の力もあった。過去形なのは、あのクソに屈した際に筋力が分離してベルゼブブとなり、知恵と美貌がベリアルへと振り分けられた。俺は……残された老廃物で再構成された、無才無力のベルフェゴールとして、これから存在することとなった。これによりかつての力を振るうことが難しくなり、過去形となる。


 また脱線してしまった。

 つまり、力に屈すると云うことは、勝者の力の影響を強く受けるーーということである。

 俺の場合、あのクソの力の源は『制約』だった。

 昔の俺は豊穣神と戦争神を兼ねていたが、クソには働き過ぎだと思われたようで『休眠する』ことを課せられた。人間の感覚では一見良さそうなルールだが、そこはクソ。労働時間を決めておきながら、休眠時間の方は無期限だった。

 仮に律儀に休眠したとして、起きるまでのあいだ、無防備になる俺の身の安全を保証することはない。第一、クソに昔から仕えているヤツらが元神である俺のことを快く思っておらず、身の安全を守るためにも制約を破り続けた結果、才能を引き裂かれ、呪いが追加された。

 ああ、イカン。ついクソの記憶が混じった昔話をすると小言が多くなってしまう。


 さて、俺の場合は『怠惰』である。

 この力に屈した者は一定期間、己の才能を封じられてしまう。今の姉さんがこの状態である。何処かの神から貰った云々かんぬんのなろうチートも例外ではない。

 解除方法は『労働』で片付く。

 働くことによって、封じられた才能が力を取り戻していくようにした。ただし、もともと本人に備わっていた才能に限らせていただく。なろうチートのようなオーバースペックは使用者本人が与えた神の領域にまで己を高めないと取り戻せないようにしてある。

 よって姉さんの場合、女中として勤めて板について、お客様や他の従業員といった周りから安心感を得られたとき、姉さんの力はくびきから解放される。

 ちなみに、このような状態になるには、進んで積極的に『働く』ことが求められる。


「神殺しの最強の蛇たる妾に、下位種に過ぎぬヒトと同じことを求めるか、弟よ」


 姉さんの蛇神としてのプライドが労働を拒否した。

 ですよねー。なので、姉さんには特別に飴を用意することにした。


「じゃあさ、姉さんが俺の力から解放されたら、また一対一の力比べをしてもいいよ」

「ちょっと待てよ、にーちゃん!」


 この発言にあまちゃんと姉さんがほぼ同時に驚いた。その一方でスサノオからブーイングが飛んだ。


「にーちゃんとの再戦相手の一番乗りは、俺だっただろ!」

「残念だが、俺の直感とつくちゃんの未来予知では姉さんが先だな」

「そ、そうですよ、すーちゃん。お姉ちゃんの力が今まで外れたことがありますか?」


 ……すーちゃん。

 つくちゃんのスサノオへの呼び方に、萌えた。

 ヤベェ、スサノオが何だかもっと幼い少年に視えてしまう。

 今、ここで繰り広げられている少年と少女たちのじゃれ合いが愛おしい。


「やらないか」

「おっ、にーちゃん、やる気満々じゃねーか、やろうぜ!」


 そうか、スサノオは乗り気か。なら、問題はないな。


「何だよ、こんな人気の無い場所に連れてきて……って、にーちゃん、目がヤバいぞ! にアーッ」


 俺はスサノオと場所を変えると、今まで溜め込んでいた本性をあわらにし、愛でた。


 ◇◆◇◆


 汚物にまみれた俺を、あまちゃんが滅菌消滅を施した。消滅し損なった老廃物から再構成された俺は元の姿へと戻った。ここには居ないオモイカネさんが何度も力を用いて復活をさせるのがイヤだと伝えてきたので、条件さえ整っていれば自動で再生が行われるようにして貰ったが、上手くいった模様。

 まぁ、あまちゃんが本気を出していないところに救われている。

 もし、あまちゃんが愛のかたちをピュアなものに拘っていたら、遙か昔に俺は消滅している。そうならなかったのは、アメノウズメやコノハナサクヤと云った前例があったからかな。


「これですーちゃんは脱落して、ダハーカさんが挑戦権を得ました」

「(釈然としない表情そのままに)そいつはありがたいと感謝すべきかの」

「さぁ、今度こそ話がまとまったであろう。ダハーカ、持ち場に戻るのじゃ」


 困惑顔が取れないでいる姉さんをよそに、あまちゃんたちが場を取り仕切った。

 とりあえず持ち場に戻る姉さん。今日一日はあまり仕事に身が入らないかもな。

 何せ、ギャラリーとして一部始終をのぞき見していたからな。

 これから先、敵対する可能性のある相手が居るのに、手の内を明かす訳がない。

 まぁ、姉さんのあの表情から察するに、オスがオスを求めるに至る過程に理解が及ばない模様。

 その辺は姉さんが蛇だから……だろうか。

 人間に興味が湧かない限りは、どんなに言葉を尽くしても理解を得られないので、そのまま見送った。


「さて、何か忘れていたような……」


 わりと本気でそんなことをぼやいていたら、恨みのこもった眼差しのアナンタが視界に入った。

 さすがにこれ以上、敵を作るのは面倒なので、対応することに。


「おたくの主神しゅじんは、ぶっちゃけると俺の国に居るよ」

「失礼だが、私は貴方の国を知らない。その話が本当なのか疑わしい」


 まぁ、つい最近出会ったばかりだし、当然、警戒されるわな。


「8月13日から15日、この日本ではお盆の時期に俺の国に行き来できる地獄の釜の蓋が開くから、その時にでも足を運べば疑いが晴れるのは保証する」

「地獄、ですと?」


 そういえば奴さん、ヴィシュヌ神の乗り物としてのプライドの高い蛇だからか、地獄とか魔界とかそう言うワードに敏感に反応を示す。そして、ちょっとおこ。

 こういう時、神さま本人が出てきて場をなだめて欲しいのだが、この前、里帰りをしたとき、ヴィシュヌ神にそれとなく口止めをされていたので、真相を伝えられない。


(アンタの主神、過保護&束縛癖に辟易しているよ!)


 と伝えられたらどんなに楽か。あ、でも俺の口からだと信用されないか。

 とここで、どこからともなく涼風が吹いて、アナンタの怒りの矛先が俺から外れた。


「やぁやぁ、ペオくん、お久しぶり」


 涼風の時点で感づいたが、声の主はブラフマーだった。

 誰? という疑問にサラリと応えると、とある国で崇拝されている三柱のひとりで創造神である。他に魔神ヴィシュヌ、破壊神シヴァがいる。

 蛇足だが、この二神があまりにも有名すぎるせいか、はたまたブラフマーの創造神としての立場が民草にとんと理解されないせいか、非常に影が薄い。で、ここにとうの昔に民草からの信仰を失って存在感が危うい俺と妙な親近感が生まれて、親交が深まった。彼が俺の昔の名を茶化して呼ぶのはその延長である。


 で、ブラフマー、幽霊のような朧気な現し身姿での登場である。

 あー、カッコよく言えば確かアストラル体(または幽体)だったか。


「こ、これはブラフマー様!」


 民草には影が薄くとも、この大蛇には偉大な御方のようで、早速畏まる。


「アナッチーも元気そうで何よりだねぇ。でね、アナッチー、ペオくんの言うことはボクが保証するよ。というかね、ボクもシヴァちんもペオくんの国にお邪魔しているから、ヴィッシューに逢いたかったらお盆の時期まで待つしかないかな」

「ブラフマー様、こちらの世界ではただいま3月で、お盆まであと5ヶ月もあります。私は一刻も早くそちらへと駆けつけたい所存。どうにかなりませぬでしょうか」

「どうにもならないかな。だってさ、ペオくんの国に居候している身だからルール改正はペオくんに話を通してね。じゃあね」

「ブラフマー様!」


 とまぁ、こんな感じでブラフマーは存在感をあっさりと霧散させた。

 希望をあっさりと袖にされたアナンタ蛇の後ろ姿が痛々しい。


「で、どうするね?」

「ルール改正を望みます」


 ちょっと少し前に俺の力に屈して恭順の意を示した者とは思えない変わり身の早い発言キター!


「ブラフマーは『ルール改正』と云う言葉を用いたが、実は釜の蓋を開けるのは、貴方ぐらいの力があれば問題ないのですよ。釜の場所を案内しましょう」


 理屈をこねてこの大蛇をやり込めても良いのだが、ここでは上手くいく自信が無い。

 なので、場所を旅館の前の、ドワーフとアナンタ蛇の部下ナーガたちがせっせと働くエリアの目の前へと移動して、地面に陥没した大釜の蓋を指し示した。

 盆のあいだ以外は四六時中蒸気が噴き出している大釜なので、さまざまな蒸し器が置いてあり、食べ物のニオイが拡がっているのはご愛敬である。と云うか、特に何も言わなくても再利用を思いつくウチの住人が逞しいのか。


「ほれ、お前さん」

「ありがとう」


 蒸気の熱ぐらいで熱さを感じないあまちゃんが、蒸し器からふかし芋を幾つか取り出すと、アナンタ蛇以外に配りはじめた。

 ホクホクのサツマイモが美味しい。

 周りがモッシャモッシャと芋を咀嚼そしゃくしているなか、アナンタ蛇だけが固まっている。


「まぁ、独り言なんですがねぇ。なんぼ、力を持った存在でも大絶賛稼働中の地獄の釜の中を凌ぎきれるとは思えないんですよ。力を失って穢れた者でさえ非常時に通ったときでも容赦なかったから、異なる属性の者がこの釜の中を無事に通れるという考えは甘いでしょうなぁ」

「私の揺るぎない主神への忠を見くびらないことだっ!」


 経験談をぼやいてみせたが、プライドを刺激しただけで却ってアナンタ蛇の決心を促してしまった。

 ンー、交渉事は難しい。


「あっ! ヴィシュヌくんに無事に出会えたら伝言を良いかな。『そこの蛇が見捨てた部下の扱いはキチンとするから安心して欲しい』ってね」


 釜の蓋に手をかけたアナンタ蛇をみて、咄嗟に大声で呼びかけてしまった。

 今思えば、あとからヴィシュヌにメール送信すれば良いだけのことだったが、携帯電話が普及する前までは古典的な伝言方式で、その癖で慌てた際に大声を出してしまった。

 また、メッセージの内容が酷いため、半人半蛇(ナーガ)たちを中心にざわつきが始まった。


「おいおい、大将。厄介事はさっさと片付けてくんねぇかな」

「そうですよ、ベルフェさん。教育は一夜漬けでは成らないのですから」


 ドワーフで現場主任のハマー親方とスタッフ教育担当のオモイカネさんが、プンスカ肩を怒らせてのご登場。


「ああん、おめえさんが噂の中心人物か。部下を見捨ててまでして主人に尻尾振ったってぇ、みっともねぇだけだぜ」

「お待ちなさい、ハマーさん。ベルフェさんのことですから、この騒ぎですら私たちを呼び出す口実の一つかもしれませんわ」


 己を大きく見下ろす存在相手でも、忌憚きたんの無い意見を吐くドワーフ親方。

 一方で、デキるオフィスレディ風の格好をしているオモイカネさんが、話を進めるべく、ハマー親方の叱責にブレーキをかける。


「オモイカネさん、彼、番頭さんのポジションみたいな何らかの役職をよろしく」

「部下のナーガさんたちの手綱とダハーカさんの牽制役というわけですね。わかりましたわ」

「でも大将、奴さん、あと五ヶ月そこらで辞める気満々なんだろ? 務まるのか?」

「ん? 俺はその三日間は有給休暇扱いで考えてたんだが」

「おいおい、その言い方だと奴さんの主人は突き放す気満々だろうが」

「実際、そうだろ。現に自分のことだけ考えて地獄の釜を開ける気だったのがバレたわけだし」

「バラしたのは、大将だろうに」

「…………はぁ、もう良いです。私も働きます。お世話になりました」


 すっかり帰る気を無くしたアナンタ蛇が、意気揚々としているオモイカネさんに連れられて仮設住宅のような建築物の中へと入っていった。

 あ、オモイカネさんから早速叱責を受けて、ニンゲンの姿になっていた。

 どうでも良いことだが、アナンタ蛇のニンゲンの姿は屈強な厳つい坊主頭のおっさんだった。部下たちと違い、しっかりと両脚が付いている。あ、これなら番頭さんが務まるな。



 さて、これで穴の中での難事件は解決かな。

 では、いざ行かん。地上へ!

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