第30話 ギブアンドテイク
俺は詰所の二階の扉の前に立ち、中の音を伺う。
外のダンプが無くなっていたので、恐らく見逃した男が乗って行ったとは思うが、それも確定では無い。
もしかすると、部屋の中にいる可能性もある。
貴之には、何かあった時の為に俺の無線機を持たせてある。
LAVの中にいる限り彼に危険は無いだろうが、もし奴等や見逃した男の仲間達が来た時の為に俺達に報せてもらわなければいけない。
「中は静かです・・・先に入りますので、念のために援護を頼みます」
俺は背後にいる櫻木に小声で指示を出す。
二階に上がる前、部屋の中の構造を知っている俺が先に入った方が良いと判断し、渋る櫻木を説得した。
正義感の強い櫻木を説得するのはなかなか骨が折れた。
仲間の遺体を見た後では的確な判断が出来るのか心配でもあったため、無理矢理納得させたのだ。
「行きます・・・」
ゆっくりとドアノブを捻り、扉を押し開けて中を覗き込む。
部屋の中には、俺が殺した男達と、隊員達の遺体しか残っていなかった。
やはりあの男は逃げたようだ。
「中は大丈夫です。ただ、この部屋で俺と先輩を襲って来た男達の死体もあるので、足元には気をつけてください・・・」
「・・・了解です」
櫻木は俺の言葉に驚いていたが、すぐに小さく頷いて答えた。
「4人ですか・・・いったい何があったんです?井沢さんのことですから、問答無用って事はないでしょうけど・・・」
「彼等を探しに来た時、この詰所の前にLAVが停まってたんだ。俺と先輩が隊員達の遺体を発見した後この部屋の中を確認してたら、それが罠である事に気付いて、俺は急いでワイヤーカッターを仕掛けた・・・保険のためだったんだけどね・・・。そして、こいつらが部屋に入って来て俺達を脅迫したんだ。一応交渉はしてみたけど、聞く耳を持たなかったから殺した・・・。1人は見逃したけど、こいつらの仲間が集落を襲うって聞いたから急いで集落に帰ったんだ。集落の近くに着くと、すでにそいつらは来ていて、俺はさらに襲撃して来ていたそいつらも殺したよ・・・なんだかんだで今回だけで10人近い人間を殺したんだ。呆れるよな・・・人を殺す事に慣れてしまった自分が嫌になるよ・・・」
俺は隊員達の遺体の近くにしゃがみ遺体の回収の準備をしながら、俺がこの街に来てから何をしたかを語った。
それを聞いていた櫻木は、ただ黙って仲間の遺体を毛布で包んでいく。
「俺はまだ人を殺したことはありません・・・ですが、もし俺が井沢さんと同じ状況になったなら間違いなく殺すでしょう・・・。井沢さんもそうですが、俺にもやらなきゃならない事があります・・・それを為さずに、黙って殺される訳にはいきませんから」
櫻木は俺を振り返り、少しだけ笑って言った。
迷いはあるが、それでも信念のこもった表情をしている。
「さて、早いとこ彼等を車に運んでやりましょう。いつまでもこんな場所に寝かせておくのは可哀想ですから・・・」
毛布で包んだ遺体を肩に担ぐと、弱々しく笑いながら櫻木は言った。
俺は頷き、もう1人の遺体を肩に担ぐ。
力の入っていない人間の身体はかなり重く感じるが、落とさない様にしっかりと担いで階段を降りる。
今回俺と一緒に来ていなければ、彼等は今日も元気に笑っていただろう・・・だが、そんな光景を見ることは二度と叶わない。
これが彼等との最期だからこそ、俺と櫻木は慎重に、別れを惜しむ様にゆっくりと彼等を車に運んだ。
「先輩、お待たせしました。異常はありませんでしたか?」
「あぁ、全く無かったぞ・・・。2人は大丈夫か?」
隊員達の遺体をLAVの後部に収めて車内に戻ると、貴之は俺と櫻木を気遣ってくれた。
帰りは俺が助手席で、櫻木は後部座席だ。
櫻木は部下の遺体を見つめている。
「えぇ、何も無かったですよ・・・。早いとこ皆んなの所に帰りましょう」
「わかった・・・2人はゆっくり休んでいてくれ」
貴之はハンドルを握り、車を走らせる。
帰りは、来た時よりもゆっくりと走らせている。
顔見知りの隊員達と別れる俺と櫻木を心配してくれているのだろう。
「井沢さん、杉田さん・・・今日は本当にありがとうございました・・・」
走り出してしばらくすると、櫻木が小さな声で俺と貴之にお礼を言った。
「気にしないでよ櫻木さん・・・元々は俺の我が儘に付き合わせちゃったんだし、お礼を言うのはこっちの方だよ」
「そうだな・・・俺も頼んでしまったし、こうやってついて来てしまった・・・。だから気にしないで欲しい」
俺と貴之が揃って言うと、櫻木はしばらく沈黙した。
「違うんですよ・・・本当は、俺もこうしてこいつらを迎えに来てやりたかったんですよ・・・俺にとってこいつらは、部下であり大切な友人でした・・・それなのに、立場上それが許されなくて、悔しかったんです・・・。井沢さんと杉田さんに提案された時、本当に嬉しかった・・・こいつらを迎えに行く口実が出来たって思ってしまいました・・・俺は2人を利用してしまったんです・・・すみませんでした・・・」
ゆっくりと話し始めた櫻木の声は震えていた。
部下であり友人であった彼等を喪った悲しみと悔しさ、立場を理由に動けなかった自分の情けなさ、そして俺と貴之を利用してしまった自分への怒りで、彼は涙を流している。
「良いんじゃないかなそれで・・・俺だって自衛隊を利用させて貰ってるしお互い様だよ。櫻木さんはそのままで良いよ・・・俺は櫻木さんのこと人間らしくて好きだよ?部下や仲間の為に戦って、もし死んだら涙を流してくれるなんて最高の上官じゃないか。櫻木さんは俺みたいになっちゃダメだよ・・・人を殺すことに迷いも何も感じなくなったら人間お終いだからね・・・。悩んでも良いし、迷っても良いんだよ・・・最善を尽くしたいからこそ悩むし迷うんだろ?だったら、櫻木さんは今のままで良いよ・・・何も知らない奴等から頼りないと言われたって良いじゃないか・・・俺の知ってる櫻木さんは、ちょっと抜けてるけど正義感があって、いつも俺と一緒に戦ってくれて、今のままでも充分に頼りになる仲間で、馬鹿を言いながら酒を飲める大切な友達だよ・・・。だから、何かあったら頼ってくれよ・・・友達なんだからさ?もう一度言うけど、俺は今回の事は全く気にしてないよ。それと、櫻木さんにもこれ以上気にして欲しくないな・・・だって、彼等は櫻木さんにとって部下であり友人かもしれないけど、俺にとっても大切な仲間なんだから、迎えに行くのは当然だよ!」
「井沢の言う通りだ・・・。櫻木さん、貴方は息子にも良くしてくれているし、集落の皆んなも自衛隊が来てくれて本当に嬉しく思っていたんだ・・・。正直、彼等の事は本当に心苦しく思っているよ・・・だってこんな危険な場所に来ていなければ、死ぬ事は無かったんだから・・・。だからこそ、私は彼等の遺体をご家族の方に渡したかったんだ・・・それが彼等への恩返しになるかはわからない・・・でも、今の自分に出来ることをしてあげたかった。私は妻の遺体を家に置き去りにして来た・・・いつかは迎えに行ってやりたいと思うが、それがいつになるかはわからない。私は、彼等のご家族にその苦しみを味わって欲しくなかったんだよ」
俺と貴之は車を止め、櫻木に話しかける。
櫻木俯いたまま黙って話を聞き、しきりに頷いている。
「俺さ、さっき自衛隊を利用してるって言っただろ?俺の目標を達成するには、自衛隊が必要不可欠なんだよね・・・」
「どう言う事ですか・・・?」
俺の言葉を聞き、櫻木が聞き返す。
「先輩も言ってたけどさ、俺の目標は、夏帆とその両親、それと慶次を自分で迎えに行く事なんだ・・・彼等は俺にとってかけがえのない家族なんだ。救助された時に酒井さんにお願いしたけど、やっぱり自分で迎えに行ってあげたいんだ・・・だからこそ、俺は戦い続けるし死ぬ訳にいかないんだよ。自分本意で申し訳なかったけど、美希や他の家族にはなんとか了承してもらえてさ・・・だから、皆んなは俺がこの仕事を続けているのを心配しながらも応援してくれてる。良いかい櫻木さん、俺は目標を達成するまで自衛隊を利用させて貰うし、その見返りに今回みたいな危険な依頼も受ける・・・これぞまさにギブアンドテイクだよ!」
「ぷっ・・・何ですかそれ!?明らかに井沢さんの方が損してるじゃないですか!」
櫻木は顔上げて噴き出した。
まだ涙目ではあるが、少しだけ落ち着いたようだ。
「櫻木さん、それは違うよ・・・俺にとっては、自分の命を賭けてでも達成したい大事な目標なんだよ。自衛隊を利用するのに見合う見返りは俺の命以外に無いって思う位のね・・・」
「ははは、その時は手伝いますよ・・・!」
櫻木は涙を拭い、笑っている。
「何言ってんの櫻木さん!この話を聞いたんだから、行く時には、もちろん強制連行ですよ!先輩もですからね!?」
「俺もか!?なら、俺の時にはお前も来いよ!?」
急に話を振られた貴之は焦っている。
櫻木はそれを見て笑い、深呼吸をする。
「気を遣わせてしまってすみませんでした。早く戻りましょう!遅いと玉置に怒られますからね、特に俺が!」
「そして次に俺だろうな・・・」
俺と櫻木は揃って肩を落とす。
「俺は心配ないが、2人が怒られるのは避けたいな・・・玉置さんのビンタは痛そうだったからな・・・」
「あれをまともに受けたら、顔の形が変わりますよ・・・」
俺達は3人してため息をつき、急いで集落へと帰った。




