商業区の老婆
商業区の大通りはいつにない賑わいを見せていた。
祝日で商店が軒並み午前中に店を閉める為、皆一様に午前中に買い物を済ませようと、この区間を訪れているのだ。
リチャードとシエラは人混みの中を手を繋いで歩き、メモに書いた物を買い歩く。
割れ物が入った袋をリチャードが抱え、食べ物が入った袋をシエラが持ち、買い物を終えた二人は商業区を抜け、自宅へと向かって歩き出した。
「さて、昼食はどうするか」
いつもの休日なら買い物を終えたついでに食事処やギルド併設の酒場で昼食を食べるのだが、恐らく、いや、確実に祝日の食事処は満員御礼の筈なので、リチャードとしては家に帰るつもりでいた。
どうやらその考えはシエラも同じようだ。
シエラはリチャードの顔を見上げ「パパのサンドイッチ食べたい」と言って目を輝かせた。
「そうか、よし。ならお昼は一緒に作るとしようか」
昼食の予定を話しながら帰り道を歩く二人。
そんな二人が商業区を後少しで出ようという時のこと、二人はある店先の壁の前に座るボロを着て座り込む老婆を見掛けた。
来た時はいなかった筈の物乞い風の老婆は座り込んでいるが、体調が優れないという風ではない。
石造りの歩道の上に何処からか拾ってきたのだろうか、木の器を自分の前に置いてボーッと空を見上げていた。
「……パパ」
「ん?」
道行く人々は老婆を見ようともしない。
しかし、シエラは数ヶ月前の自分の状況と老婆に姿を重ねて見たのか、食料の入った袋を持ったまま老婆に近付こうとした。
普通なら、止めるのだろうか。
リチャードはそんな事を考えながら老婆の下に向かおうとする娘に「シエラ」と声を掛けた。
「……果物と、パンをあげなさい」
「良いの?」
「ああ、私に止める事は出来んよ」
捨て子のシエラを拾った自分が物乞いの老婆には食料を分けるな、とは言えるわけもない。
例えそれで偽善者と言われようとも。
シエラは父に背中をポンと押され、老婆に近付くと、袋から買ったばかりの林檎を木の器の中に2つ入れ、食パンを一斤丸々紙袋に入ったまま老婆の前に置いた。
「良いのかい?」
しわがれた、元気のない老婆の声がシエラの耳に聞こえてきた。
その声にシエラはいつもの調子で「ん。良いの。パパも良いって言ったから」と食料を分けた老婆に答える。
「お嬢ちゃん、お父さんは好きかい?」
「好きだよ? 大好き」
「そうかい、ならいつまでも仲良くね?」
「ん。大丈夫、ずっと仲良くする」
「ありがとう。お嬢ちゃん、お父さんにもありがとうって伝えておくれ」
「分かった、伝える」
老婆に言われ、シエラはリチャードの下へと駆け寄る。
そして再び手を繋ぎ、自宅に向かって歩き始めた。
「お婆ちゃんがパパにもありがとうって伝えてって言ってたよ?」
「ん、そうかい?」
シエラに言われ、老婆を気に掛けたのだろうか、リチャードは通り過ぎた老婆に振り返り、つられてシエラも振り返ったが、店先に、ボロを羽織るように重ねて着た老婆の姿など影も形も無かった。
老婆の前を通り過ぎてからまだ歩数にして十数歩、時間にしたって十秒も経っていない。
それなのに老婆は忽然と姿を消したのだ。
近くに身を隠せる場所はない。
何よりそんなに機敏に動けるようには全く見えなかった。
「あれ? いない……お化け?」
「結界の張られたこんな街中で、しかも昼間にレイス系の魔物に遭遇するわけもない……しかし、なんだ? 白昼夢でも見ていたのか?」
親子二人は首を傾げてお互い見合った。
特にリチャードは本日これで2回不可解な現象に遭遇している。
しかし、あれこれ考えても答えなど出るはずもない。
リチャードとシエラは老婆の正体が気にはなりはしたが、追いかけようにも手掛かりもないので、商業区に背を向けて、我が家に帰る事にしたのだった。




