買い物に向かう朝の道で
いつになく穏やかな朝だった。
アイリスを見送ったリチャードとシエラは「買う物をメモに書き出すか」とキッチンへと二人して向かった。
親を敬う敬親の日だから、という訳ではなく、買い物に行く前はいつも二人はこうして買い物のリストアップを行っている。
普段はシエラが「アレが無い、コレが無い」と言ったものを後ろで聞いているリチャードが手帳にメモするのだが、今日はシエラが「俺に書かせて」と、リチャードからメモ帳と鉛筆を受け取った。
「先ずは台所用洗剤からだな」
「台所用……洗剤……ん。書いた」
「お、随分字を綺麗に書けるようになったなあ」
「ん。パパが教えてくれたから」
メモ帳に買うものを書いている様子を覗き込みながら、リチャードはシエラの頭を撫でた。
台所の隣にある一室、低温にて気温を保つ魔法陣を床に刻んだ、人が入れる程には広いその部屋、保冷室に入って、今日の夕食に何か足りない物は無いかと探し「あの食材が無いか」とリチャードが言えばシエラがメモしていく。
そんな折、シエラが保冷室の冷気からだろう「へくちっ」とくしゃみをした。
「おやおや可愛らしいくしゃみだな。大丈夫かい?」
「ん。大丈夫」
「薄着が好きだものなあ。
……ふむ、食材はこんな物で大丈夫だろう、さあ出よう、風邪をひくぞ?」
「はーい」
保冷室から出た二人は風呂場に行ったり家の中を歩いては買い足す物をメモに残していく。
そして、買い物のリストアップを早々に終えた二人は一旦リビングで寛ぐ事にした。
「今日祝日だけど、お店は開いてるの?」
「ああ、午前中だけは開いている筈だよ。
店によっては一日中開店している所もあるがね」
リビングのソファに寝そべり、リチャードに膝枕をしてもらっているシエラが聞いた疑問に、リチャードはシエラから受け取ったメモを見返しながら答えた。
日も登り、朝焼けが消え、窓から見える空が青一色に染まる。
その青い空に白い綿菓子の様な雲が浮かび、並ぶように虹色に光る彩雲が流れていた。
「良し、そろそろ行こうかシエラ」
「え〜。まだこうしてたい〜」
「それでは店が閉まってしまうぞ? ゆっくりするのは買い物が終わってからだ。良いね?」
「ん〜。…………分かった」
父親の膝枕がよほど心地よかったのか、珍しく駄々をこねるシエラだったが、リチャードと買い物に行くというのもまた捨て難いと思い、大人しく言うことを聞いてソファから立ち上がる。
そんなシエラに苦笑し、リチャードもソファから立ち上がると買い物へ行く準備を始めた。
買い物用の麻袋を畳んで持ち、防犯用に剣を腰に携え、リチャードは家の鍵を置いている玄関へと向かう。
「準備は良いかな?」
「ん。準備出来た」
リチャードはシエラに聞くと、玄関に置いているチェストの上に置かれた貴重品を入れる為の四角い箱に触れる。
すると、その四角い箱が捻れて中程から半分に別れて上半分が宙に浮き、箱が開いた。
その開いた箱の中から家の鍵を取り出し、リチャードとシエラは家を出た。
鍵を掛け、その鍵をズボンのポケットに入れるとリチャードはシエラに手を伸ばした。
リチャードの手を取ったシエラは嬉しそうに微笑み、リチャードもその笑顔につられるように笑った。
「良い天気だなあ」
「でも、ちょっと冷えるね」
「そろそろ寒冷期が近いからなあ、寒くなる前にシエラの寒冷期用の服も買わないとな」
寒冷期、それは太陽の月、月の月、火の月、水の月、空の月、地の月という6か月と太陽の裏月、月の裏月、火の裏月、水の裏月、空の裏月、地の裏月の6か月。計12ヶ月の内の月の裏月から空の裏月までの4ヶ月間を指す期間で、太陽の男神がお休みになる期間ともこの国では伝えられている。
その寒冷期が近付き、街路樹の葉も茶色く色付いてきていた。
「どんな服があるの?」
大人ならコートやら厚手の生地の服が思い浮かぶが、子供用の服も同じだとは思うが、どんな服があるかと聞かれると。
「…………わからん」
と、リチャードは首を傾げた。
「また一緒に見に行こうか」
「うん、行く」
手を繋ぎ、言葉を交わしながら歩く道すがら。
出会ったご近所さんに挨拶を交わしては、二人はゆっくり商業区を目指す。
シエラの歩幅に合わせてゆっくり歩きながら、リチャードは街の風景を眺めていた。
クエストに明け暮れていたこれまでと、娘と過ごしている今。
何がそれ程違うのか。
住み慣れた筈の街なのに、リチャードは改めて新鮮な気持ちで街の風景を眺めていた。
ああ、こうしてシエラとゆっくり歩いて旅をするのも有りだったかも知れないな。
そんな事を思った時だった。
「ふ~ん。それが貴方の願い?」
後ろから声を掛けられ、リチャードがハッとして振り返る。しかし、そこには誰もいなかった。 遥か遠方に一組の親子連れが見えるだけだ。
「パパ?」
急に振り返ったリチャードを心配そうに見上げるシエラにリチャードは「今何か聞こえなかったかい?」と聞くが、シエラは首を傾げるだけで何も聞こえてなかった様子だった。
「空耳……か。すまない、気のせいだ。行こう」
「ん」
リチャードとシエラは再び歩き出す。
この時、リチャードは先程の声を思い出しながら「誰かに似た声だったな、誰の声だ?」と考えを巡らせていた。




