祝日の朝
親を敬う為の祝日、敬親の日当日。
元はこの世界の基盤を創った異世界人の一人で、この国を建国した転生者が制定したこの祝日の朝、リチャードとシエラは何時ものように廊下の柱時計のポーンという軽い音で目覚め、着替えを終えると日課になっているジョギングの為にまだ暗い街に出ていた。
この間にアイリスは朝食を作り、ギルドへ出勤する準備を始める。
祝日とは言え騎士や冒険者に休みはないのだ。
「ああ、やすみたい」
「帰ってくるなり、なんだねいきなり」
ジョギングを終えたリチャードとシエラを玄関で迎えたアイリスが肩を落として呟いた。
ギルドマスターに就任して二十数年、彼女は一度たりとも働きたくないと思ったことはない。
責任感もあるが、単純にギルドマスターとしての業務を日々こなすことが当たり前だと思っていたし、そうすることに何の疑問も持たずに働き続けていた。
しかし、まだ婚姻の儀を行っていないとはいえ、結婚を前提に付き合っている恋人と、その恋人の義理の娘が今のアイリスの生活には欠かせない物になってしまっている。
帰りを待つ家族がいるというのはそれだけで仕事に行きたくなくなる、が家族を愛するならそれでも生活するためには働いて生活費を稼がねばならない。
街の外で狩猟民族さながらに暮らすならその限りではないが。快適で文明的な暮らしを求めるならばそうはいかない。
「ママ頑張って」
「うん……頑張る」
リチャードにタオルを渡し、シエラの汗を拭いながらアイリスは自分を気遣ってくれる娘に答える。
その後、リチャードとシエラは二人で朝風呂を済ませてアイリスの作った朝食にありついた。
普段ならこの後リチャードもシエラも制服に着替えて養成所に行く準備をするのだが、この日はのんびり私服で寛ぐ事にしていた二人は普段三人でやる皿洗いを「今日は任せて」とアイリスには休んでもらい、リチャードとシエラの二人で行っていた。
「パパ、洗剤無くなった」
「おや、買い忘れていたか。仕方ない、後で買いに行くか」
「付いて行って良い?」
「ああもちろん、ついでに色々買い足そうか」
皿や調理器具を洗い終え、そんな事を話しながらリチャードとシエラはリビングのソファに座って紅茶を飲んで寛いでいるであろうアイリスの下へと向かう。
そして、リチャードがリビングのドアに手を掛けてドアノブを捻った時、シエラが「あ、取ってこなきゃ」と呟いてファミリークローゼットの方へと向かって行った。
おや、贈り物かな? と察したリチャードはシエラに声を掛けるでもなく、追いかけるでもなくリビングに足を踏み入れた。
窓から差し込む朝日の光に不要と感じてか、宙に浮き、白く淡い光を放つ魔石を閉じ込めたランプ型の容器に触れ、魔石から放たれる光を消す。
その時だった、リチャードは窓枠で絵画の如く切り取られたように映る朝焼けに染まった空に浮かぶ雲の中に虹色に輝く雲を見た。
「彩雲か、朝から良いものを見たな?」
「え? 出てる?」
窓の側に行ったリチャードに寄り添うようにアイリスもソファから移動してリチャードの視線の先を見る。
空に輝く虹色の雲に「綺麗ね」と呟いたアイリスのその表情は穏やかな物だ。
「何か見えるの?」
彩雲を見上げる二人の後ろから声を掛けてきたシエラが小包を抱えながら二人が立つ窓際に歩み寄った。
しかし、身長の低さから丁度隣の家屋の屋根が邪魔になり、二人の見ている彩雲がシエラからは見えないようで、二人の間で首を傾げる。
「おいで、空を見てごらん?」
シエラを片手で抱き上げ、空いた手で空を指差す。
そこでやっとシエラも二人が見ていた彩雲を見る事が出来た。
「綺麗」
「そうねえ綺麗ね」
「あれは彩雲と言ってね、なんだったかな……確か、太陽光が反射して起こる現象だと聞いたことがあるよ。
……でも、あの雲には伝説もあってね」
「伝説?」
シエラを下ろし、ソファへと向かいながらリチャードが昔絵本で呼んだ伝説について話し始めた。
ゆっくりソファに腰を下ろし、絵本の内容を思い出しながらリチャードはシエラに手招きする。
その手招きに応えるようにシエラはリチャードの横へ向かうとぴょんと飛び乗るようにしてソファに腰を下ろした。
「彩雲は四枚の羽根を持つ大きな空飛ぶ鯨が現れる予兆だという伝説があるんだ。
鯨とはいえシルエットだけがそう見えるというだけで、海に住んでいる鯨や鯨が魔物化したファレナ種とは随分かけ離れた見た目をしているようだがね。
その四枚の羽根を持つ鯨、羽鯨は水の女神アクエリア様の使いだとも言われているんだ。
世界中の空を優雅に泳ぎながら巫女を探しているという、伝説が――」
リチャードは自分で口にして思い出していた、その伝説に出てくる巫女の生まれ変わりがシエラかもしれないという事を。
ただ、伝説の事が書かれた絵本や伝承には探していると記述されているだけで羽鯨が巫女を何の目的で探しているのかは書かれていないし、羽鯨が現れたなどという話はリチャードどころか200年生きるアイリスですら聞いたことがない。
それ故に「まあ伝説の話、おとぎ話さ」と話を終えた。
「さて、シエラ。そろそろ、その小包がなんだか教えてくれるかい?」
「ん。はいこれ。こっちの青い箱がパパへのプレゼント。でぇ、こっちの赤い箱がママの分」
「まあ嬉しい! ありがとうシエラちゃん。はあー、これだけで今日の仕事頑張れるわあ……開けて良い?」
「ん。いいよ」
こうして話を聞き終わったシエラはリチャードとアイリスそれぞれに買ったプレゼントを渡した。
アイリスが箱を開けたので「では私も」とリチャードも箱を開ける。
「おや、なるほどアイリスとお揃いのカップと、これはネクタイピンか。
ハハハ。ありがとうシエラ、大事にするよ」
「私にはリボン買ってくれたんだあ。嬉しいなあ、さっそく使わせてもらうわね」
リチャードはカップとネクタイピンをテーブルに置き、アイリスはプレゼントのリボンでその長い髪を後ろで結ってプレゼントしてくれた娘に「どう? 似合う?」と後ろを向いて聞く。
その問いにシエラは「ママ可愛い」と嬉しそうに答えて微笑んだ。
「さて、そのもう一つの箱は何だい?」
「これは俺もよくわかんない。お店の人が記念品だよってくれた」
シエラが取り出した箱は三つだった。
その三つ目の箱はシエラが買ったものではなく、プレゼントを買った店でおまけで貰ったものだという。
「ああ~共振石か、同じ人間が魔力を溜めておくと遠方と会話出来る代物だよ。
とはいえ遠距離の通話は魔法があれば事足りるからね、今は見た目の美しさからお土産になってる物だよ」
「貴重そうなのにお土産なんだ」
「産出量が多いからね、まあ使えない物でもない。 一つはシエラが持っていなさい。もう一つは家に置いておこう」
「ん。分かった」
こうして朝の団欒の時間は過ぎていく。
仕事に向かうアイリスが二人の見送りで仕事に向かうが、その表情はリボンを貰ったからだろうか朝のジョギングを終えたリチャードとシエラを迎えた時よりは随分晴れやかだった。




