転生者、異世界人が残したもの
学校での授業と鍛錬が終わり帰路についたシエラはリグス、ナースリーと別れて自宅へと真っすぐ帰宅。鍵を開けて家に入った。
「ただいま」とシエラは小さく呟くが今日はリチャードは残業、アイリスも月が昇るまでは帰ってこない。
こんな日、シエラはリチャードの書斎へと向かい、本を物色しては武器の指南書や魔物の生態図鑑などを読み漁っていた。
今日シエラが手に取ったのはリチャードが以前所属していた冒険者パーティ、緋色の剣のメンバーの戦闘記録と鍛錬記録。
これはリチャードが書き記したものだ。
本来冒険者が相手にするのは魔物だが、時には盗賊を含めた犯罪者を討伐することもある。何より魔物の中にもゴブリンやコボルト、リザードマンなど人型の魔物、いわゆる亜人種などに独自の武技を扱う上位種も存在するため冒険者は対人訓練も行わなければならない。
最悪の場合、戦争に参加する場合も考えられる為、冒険者と言えど魔物を狩る事だけを考えるわけにもいかないのだ。
ともあれシエラは緋色の剣の記録が書かれた膨大なノートの中から剣聖、トールスの戦闘記録や鍛錬の状況記録を抜粋して持ち出すと、それをリビングのローテーブルに広げて読み始めた。
戦うからには、いい勝負がしたい。
シエラはその一心でリチャードが書き記したノートを読んだ。
勝てる、などとは思っていない。驕ってるわけではない。
ただ、剣聖と呼ばれる剣士の頂点と戦う貴重な機会を得られたからには、自分の刃を届かせたい。
野垂れ死ぬのを待つだけだった自分を助け、あまつさえ娘に迎えてくれたリチャードに自分が成長したところを見てもらいたい。
シエラの胸中に浮かぶ考え、想いからの悪あがきだ。
「なにか悪い癖でも見つかればなあ」
「誰の悪い癖だい?」
「わ、びっくりした。お帰りリチャード」
「ただいまシエラ。無表情だったけど、ほんとに吃驚してたかい?」
随分集中して記録を漁っていたのだろう、いつの間にやらシエラが見た窓から見える景色はオレンジ色に染まり、夜の深い濃紺がそのオレンジ色を染めようとしている。
「随分熱心に何か読んでいたみたいだが……ああ、これか。もしかしてトールス対策でも考えていたのかい?」
「ん。良い勝負がしたくて」
「ハッハッハ。剣聖といい勝負がしたい、か。
だが、彼は強いぞ? 何せ出会った当初は彼を転生者かと思ったくらいだったからね」
「転生者?」
聞きなれない言葉にシエラが首を傾げる。
そんなシエラの頭にポンと手を置いて撫で、上着を脱いだリチャードはシエラの座るソファの横に腰を下ろして物語を聞かせるように話し始めた。
「転生者とは異世界で死に、この世界に生まれ変わってきたとされる特殊な人を指す言葉さ。異世界人とも称される事がある。
皆一様に前世の記憶やこの世界ではない別の世界の記憶を持っていてね。この世界の発展に大きく関わってきたという伝説や言い伝えがあるんだよ。
食べ物、魔道具、魔物との戦い方、全てに転生者と呼ばれた方たちが関わっているという研究結果もあるほどさ。
食べ物ならトマトやジャガイモ、様々な野菜類、ケーキやパフェの作り方なんかも転生者が関わっているという話でね、他にも色々あるが。
特筆すべきはその身に宿る戦闘力だ」
「強いの?」
「一説によれば一人で千人の軍隊に、または万人の軍隊に匹敵するとも言われているな。
だがこれも一部だけらしくてね、中には全く戦えない転生者なんかもいたらしい」
「それで? なんでトールスさんが転生者だって?」
「いやなに、単純に強かったからさ。
まあでも本人談だが前世の記憶なんかはないって話だからね。
もしかしたら、転生者の子孫ではないかと私は考えているんだが――」
と、ここまで話したところで玄関から「たっだいまー!」とアイリスの元気な声が聞こえてきた。
バタバタと洗面所に行ったり、ファミリークローゼットに行ったりしている辺りさっさと窮屈な制服を脱いで着替えているようだ。
「おっと、夕飯の準備は今日は私の番だったか、すまないシエラ、話はここまでだ。今日はシエラの好きなカレーでも作るよ」
「やった。カレー大好き」
こうしてリチャードはシエラを撫で繰り回した後、慌てた様子でキッチンへと向かい、リビングに入れ替わるように入ってきたアイリスがシエラにただいまの挨拶と共に額に口づけをした。




