[LOCK] Safety Factors, It Saved For "us"
ひとつ、仮定の話をしよう。
ある程度の「知能」を持った動物――哺乳類にしておこうかな。
「知能を持った哺乳類」が、自分と血縁関係を持つ相手と、そうでない相手との区別を付けることって出来るんだろうか。
〝出来るに決まってる〟と答えてくれた人に、聞きたい。
たとえば朝。いきなり見たこともない相手から「わたしはあなたの妹です」と言われた時、僕はどうやって〝反証すればいいだろう〟?
もっとも〝確実な方法〟は『医学的に遺伝子データを証明する事』だと思う。
次点で、その人の戸籍を調べることだと思う。
――思ったら。〝できるに決まってる〟といった人の意見――僕は。
少なくとも――〝彼女を妹だと認める他にはない〟という『道筋』を、通らざるを得なくなってしまう。
*
たとえば朝、一階の食卓には初顔合わせの、薄い色素をした女の子が座ってる。もりもりとリスのように頬を膨らませ朝ごはんを食べている。
「兄さん、おかわり」
「……」
僕には意味がわからない。さっぱりだ。ただ茶碗を受け取って、台所の方にある炊飯器を開けて、白いごはんを継ぎ足す。
「どうぞ」
「ありがとう、兄さん。生卵をひとつ乗せてもいいですか」
「いいよ。ところでさ……僕は君の〝兄さん〟だった記憶はないんだけど」
「それは〝この視点からのみ〟過去を参照なさった発言です。わたしという存在に影響を及ぼすことはありません。大丈夫です」
もくもくとご飯を食べながら、もくもくと喋る。
「わたしはいわば〝平行世界の妹〟の集合体です。大多数の可能性が存在する限り、兄さんの唯一視点、あるいは過去の記憶よりも、〝今ここにいる(NOW_HERE)わたし〟の順位がより優先されます。故に昨日、わたしは兄さんとの因子を接触交差した時点で、あなたの妹と相成りました」
「接触っていうのは、具体的になに?」
「口内での接触感染です」
「ちょっ、それってキスしたんっ!?」
「落ち着きなさいよ。たかが一回でしょ」
左隣に座る金髪妹は、椅子を蹴り倒すぐらいの勢いで立ちあがった。右隣に座る未来妹は、表向きは涼しい顔でタンタンタンタン! と貧乏ゆすりしていた。
「あなたとわたしの〝ループ因子〟を関連付けました。兄さんは『時間が巻き戻る』という事象を〝連続した『時間』という疑似的な物理層〟が、一定の値にまで巻き戻っている、あるいは減少していることを想定されているかもしれませんが、『時間』という概念はそもそも、一方向のみに流れるハードウエアではありませんから」
「えぇと、でもさ……僕たちは実際〝人間〟っていう構造体であって。それは細胞分子、原子、粒子って呼ばれる小さな物の集合体で、それを維持しないと壊れてしまう、つまり死んでしまうよね?」
「〝もっと小さいもの〟があるとすればどうですか」
「へ?」
「〝素粒子よりも、もっともっと小さいもの〟です。人間には知覚できない〝より最小の存在〟は、けれど同時にこの世界の構造体を世界上で構築させている。いわば、それ自体が平行宇宙を象っている【絶対最少】の存在です。
そしてループ因子とは、無数に〝同時分岐された世界の一部〟を『量子式化』し〝人間と呼ばれる生命が自己崩壊せずに済む辻褄を合わせられる範囲〟にまで収束できる用に調整された因子。つまり〝ループ因子のループ〟とは〝それ〟なのです。
本当に〝時間が巻き戻る〟のであれば、因子を持った人間の記憶まで巻き戻らねばなりません。そうなれば、無限ループになるはずでしょう?
まぁそんな〝バグ〟があったとしても、同宇宙上の〝わたしたち〟が観測していますし、仮に起きたところでバックアップが効くので、全宇宙が崩壊しない限りはありえませんが」
なんだか宇宙的に物騒な話を聞いた気がする。
「えぇと……つまり〝ループ因子〟で、無限ループにならない、因子を持った人間だけが記憶を持って継続できるのは、その世界っていうのを構成している最小要因に、効果的な意味合いでの〝辻褄合わせ〟が組み込まれているからってこと?」
「そのとおりです」
「……それって、さっきも君が言ってたけど、自然発生、偶発的にできるものじゃないよね。いわゆる『誰か』が手を加えて〝ループできる様に〟改良したってことだよね」
「はい。その技術の発祥を得たのは〝わたしたち〟です。この星を発見した際に〝あなたたち〟へ【交換条件】として提示した技術のひとつでした」
「……交換条件? っていうことは、君たちにも欲しいものがあったの?」
「はい。〝種の存続〟です。〝わたしたち〟は直に滅びる運命でした」
「滅びるって、どうして?」
「〝そうぞうせい〟を失ったからです」
第三の『平行妹』は無表情で言った。淡々と喋り、淡々と箸を動かした。そんな様子を見て未来妹が聞く。
「ちょっといいかしら?」
「なんですか、泥棒猫さん」
「――わたしがこの時間に跳んできたのを、どうやって知ったのよ」
「別に不思議なことなど何もありませんが?」
平行妹が「ふっ」と鼻で笑うと、貧乏ゆすりがぴたりと止んだ。
――ぶぅぅぅうん……。
聞きなれた扇風機の音が、なにかやたらと生々しく聞こえる。
妙に涼しいし、止めてもいいかな……。
「〝ループ因子〟が起動する際は、量子的選択による同時並列処理が行われています。因子を管理している〝わたしたち〟がその発動を、〝同宇宙上から知覚〟できるのは当然のことです」
「ふん、余裕ね。でもそれって結局のところ、そのまま観測を続けているだけだと、私とそこの金髪妹がお兄ちゃんを寝取る未来にたどり着いちゃったから、大急ぎで世界を分岐させて、この時間まで追いかけてきたんでしょう」
「……非常に口惜しいですが、そのとおりです。現在〝物的要因の存在しなくなった第二予備世界〟では、あなたという存在はありませんが、しかしあなたにとって幸福である未来が保証されました」
ぱくぱく、とごはんを食べながら言う。
「同時に〝第二予備世界線上〟の〝わたし〟は今も不幸です。自分の旦那さまになるはずだった人が寝取られた未来なわけですからね。これを知り、即座に〝わたしたち〟の一部が稼働しました。
主記憶時間軸の私が選択をなしえた時、黒髪のあなたが波動収束した同乱数値を再形成し、並列式量子選択跳躍を実行。
現在の主記憶時間軸には大幅な遅延時間が発生しております。整合性を他の機関より受信しなくてはならない関係上、予備記憶時間軸よりも動作が遅れるのは仕方のないことだったと言えるでしょう。おかわり」
茶碗を受け、ごはんを注ぐ。
「せやかて堂々と〝敵地〟に乗り込んでくるなんて、度胸あるんやなぁ」
炊飯器からご飯をよそって戻る間に、金髪妹が冷たく言った。新品のバターナイフを喉元に突きつける。
「おにいは、ウチのやからね。未来で重婚できる言うんも、二人までなんやろ? そこの黒髪アラサー処女ならまだしも、」
「ちょっとぉ! わたし十六歳なんだからねっ!?」
接頭詞に『永遠の』が付きそうな言い回しだった。
「――平行世界とか言うても、アンタはおにいの〝妹〟やない。邪魔するなら覚悟しぃ! ぷすっと刺してしまうでっ」
バターナイフでか。普段の僕に対する暴力の百倍はゆるいなぁ。
「ふっ、バカな真似を……。あなた、死にたいのですか?」
「ふぇえ! ごめんなさいいぃっ!?」
バターナイフが引っ込んだ。弱い。(でも僕よりは強い)。
「えーとね、そこの腹立つ、怖いものなんて何もないんよって感じの、ありし日の金髪おバカ。その娘がさっきも言ったでしょう。〝平行世界の妹〟だって」
「それがどしたん、ただの〝言葉の綾〟やん」
「違うわよ。その娘も〝正真正銘のわたしたち〟よ。――正確には、わたしたちと、同じDNA構造と〝ループ因子〟を持ってるはず」
「ふぇっ!?」
「そういうことです」
平行妹が頷いた。
「わたしも、紛れもなく〝妹〟なのです。もしこの私を【削除】しようとした場合、同時に三人の妹がすべて、自らの存在を消滅させることになります」
「まさか私の〝ループ因子〟を直接、お兄ちゃんからコピーして取り込むなんてね」
「それ……ほんまなん?」
「はい。口内接触にて兄さんのループ因子を取り込むのと同時、あなた達の因子もコピーさせて頂きました。その時点で、この世界上では『重複を認める辻褄合わせ』が作動しています」
「もしかして、この前と同じ……?」
「そうよ。この前みたいに役所に問い合わせたら出るはずよ。まったく同じ三人目の戸籍情報がね。そして仮にその戸籍情報的に【死亡】判定が出されたら、私たち三人とも〝消える〟でしょうね」
「えぇっ! ちょ、それ、たいへんやん! 単純にウチら、しぬ確率が三倍になった言うことやんっ!?」
「そうよ。わたしたちは今、過酷な生存競争の中にいる。だから私たちは、」
未来妹が「ぐっ」と拳を握る。
「これより六年後にきたる、近親婚と重婚が認められた未来へ生き延びなくてはいけないのよ! 名実共に〝お兄ちゃんのお嫁さん〟になる為にっ!」
「えぇ、極力、物理的な争いは避けるべきでしょうね。今はまだ」
「そうね、今はまだ」
……できれば、末永く仲良くしてください。頼みます。
「でもでもっ! その未来で重婚できるのって、二人までなんよね……? 一人、余ってしまうんよね……?」
「さようなら、ありし日のわたし。貴女のことは思い出の中だけに閉じ込めて、いつまでも忘れないわ」
「ちょっ!? わたしの裏切りものーーっ!!?」
「まったく騒がしい妹ですね。将来は兄さんに決めてもらえば済むことですよ。まぁわたしが一番相応しい妹であるのは宇宙的にみても明らかですが。そういうわけで二人とも、その御身、くれぐれもご自愛いただきますようお願いします。兄さん、ごはんおかわり」
「ダメ。医学的にも家計的にも、ドクターストップ」
「ぴゃぁ!? ごはん食べないと死んじゃうのです!」
「食べ過ぎても死ぬから」
「うぅ」
綺麗な蒼い瞳が揺れて動く。そんな顔しても、ダメだよ。と思いながら、結局一口ぶんほど残った茶碗を差し出した。




