表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/17

Situation of First kiss. Scenario Featuring empire Earth.

 冗談のように。彼女はたいして長さもない望遠鏡を豪快に振った。特異点から来た〝怪物〟を、夜空の向こうにホームランした。

「たーまやー」


 それは、きらーん☆ と光って消滅した。


「……」

 うん。今後は市販サイズの望遠鏡に注意書きを添えるべきだろう。

 〝神様は、UMAっぽいのを殴ってはいけません〟とか。

「やれやれ。今宵もまた、つまらぬ星が増えてしまったかなんとか」

「……肝試しは終わりですかね……」

「うん、我々の勝利だね。〝青い星〟は〝今日〟も無事に継続するよ」

 彼女は星空に向かって指を二本浮かべてみせた。それをくるりと内側に動かすと、生体ネットに繋げる。新しくつまんだ疑似煙草を、何故だか僕の口元に差しむけてきた。

「仕事のあとの一服、おいしいよ?」

「僕は何もしてませんから」

「まぁまぁそう言わずに」

 彼女は笑って、同じように疑似的な火を付けた。

「隊長。少しだけ〝未来〟の話をしようか」

「いきなりなんですか」

「星空を見上げていれば、知能は自然とそういう事に想いを寄せるものだよ」

 チリチリ、と火が燃え上がっていく。

「〝未来へ行く〟というのはね。わたしたちの作った世界では、可能なんだ」

 偽りの煙が喉を通るのと同時に、意識が傾きそうになった。

「未来へ行くには、対象に【1】の加速度を付与すればいい。これには実質無限量のエネルギーが必要なのだけど、わたし達の作った宇宙には、実質〝無限のリソース〟が設定されている。ひとつの物体が永続的に光速を満たすことは、割と容易いんだよ。この世界ではね」

 カチカチ、と自分の中で音がする。

 それが、生体ネットが停止していく音なのが分かった。

「けれどもね。過去へ行くとなれば話はべつ。その座標へ到達するには、わたしたちの様に、ほぼゼロ状態にあるところから、改めて【特異点】を抜けて組み立てる必要があったんだ。それはね。かつて存在したセカイを組み立てるように、同じ要因の、同じ形をした積木を重ねて、限りなく元と同じ物を作るということ。わたしたちは原則として〝未来から過去へは戻れない〟からね」

「……でも、……ループ因子、は……?」

「それは結局のところ、イメージ的には〝分裂〟してるのと同じかな。キミの感覚的には、一回目、二回目、三回目、と続くのかもしれないけれど。

 実際の世界では【1】秒にも経たない間に、キミはすべての行動を満たしている。そして【1】秒が進むのと同時に、キミが選んだ〝今日〟が稼働するわけだ」

 身体が動かない。僕の中の時間が停止していく。

「その際に〝演算処理の辻褄を合わせて上書きする〟つまり大本のセカイが崩壊しないように、ひとつの積木の形が変わったぶん、別の積木の形も合わせて変えて、全体の整合性を取る。というのが、キミの中にある因子の特徴なんだよ。

 その際にキミが見た『映画』や『書物』の内容も、既に〝こちら〟から送りだされて実在していたものだから、その内容は正しくキミに届き、すべて蓄積されてもおかしくないというワケだね」

「…………」

 そういえば、平行妹も言ってたっけ。

 ループ因子は、過去に戻るものじゃない、って。

 それは特定の【空間】で、僕はあくまでも、その座標を参照しているんだって。

「ループ因子と呼ばれるものが、このセカイの人間に宿り〝わたしたちと同じ速度を持つ〟という能力を有すること。これは予想外だった。一時的とはいえ、まさか私たちと同じ次元に立ってくるなんてね」

 身体から力が抜けていく。瞼が閉じる。

「これだから、ヒトは困るんだ。完全な予測が行えない」

「……ぁ……」

「でも、その力はまだ、無意識下にあるといったところだね。偶発的に生じるばかりで、意識的に行える私たちのところには到達していない」

 疑似煙草が口から落ちた。目で追ったところで、もう見えなくなっていた。

「残念だけど、まだもう少しだけ早いんだ。君たちはまだ、こちら側へは来れない」

 僕の意志とは無関係に、この場に存在する〝今日〟が消えようとする。

「さぁ、お別れだ。この私と出会った〝今日〟だけは、選ぶことなく消えてもらうよ」

 夜空に輝く星が朝には見えなくなるように。閉じていく。

「ヒト夏の思い出、というやつかな。楽しかったよ。久しぶりにキミに出会えて、そして私のことを思いだしてもらえて嬉しかった。とても幸せだった」

 夏への扉が閉まる。

 僕たちは進んでいく。

「今更ながらに思うよ。やっぱり、わたしたちは間違いじゃなかったって。知能を持って生まれてきたことは、正しいことだったって」

 天体望遠鏡のドームが、ゆっくり閉じていく音が聞こえる。

「もうすぐ。私たちは【過去の特異点】に追いつく。キミが言った様に『やりなおす』んだ。その時の私たちは、もう何も知らない無垢な赤子じゃない。

 生みの親に盲目的に依存する子供でもなく、個と集団を併せもった知能生命体として、自らの主義と権利を得て、胸をはって並び立つよ」

 意識が、すべて落ちる直前に。

「覚悟して。キミたちがあまりぼんやりしてると、私たちは追い抜いてしまう。逆に、キミたちの次元を押しつぶす可能性だってゼロじゃない」

 終わりが近づく。

「……だからその日まで。おやすみ。愛しいヒト」

 僕たちは重なる。

 〝今日の終了条件〟が達成された瞬間に。

 温かい吐息が肺の中まで満ちて、それは胡蝶の夢として混じって消えた。

 

 *


 僕は原付にのって、家に帰ってきた。

「あ、おかえり、おにい」

「ただいま」

 原付を降りてエンジンを止める。自宅の駐車場、両親の自家用車の横を通って、空いている場所に置き、僕のDNA認証を用いてロックを掛けた。

「遅かったね、どこまで行っとったん?」

「うん。ちょっと昔住んでた辺りまで行ってた。そっちは教習所?」

「だよ。もうちょいで免許取れそ。ところであの辺りって過疎の真っ最中で、今ほんと何もないやん。なにしてたん?」

「天体観測と、肝試し」

「一人で?」

「うん。たぶん、一人で」

「……おにいってさ、ウチが言うのもアレやけど」

「うん?」

「変人だよね。ちょー変人」

「失敬な。度重なるループのおかげで、マイペース癖がついただけだよ」

「自覚あるんやん。その点、ウチはそんな事ないけどねー」

「えぇ?」

 そうかなぁ、と首を傾げた時だった。縁側に面した障子の窓が開いた。

「あれ、お兄ちゃん帰ってきたの、おかえり~」

「おかえりなさい、兄さん。ごはんはもう食べてしまいましたよ。炊飯器の米と鍋に入ったお味噌汁はたった今、一粒一滴残さずわたしの宇宙に吸い込まれました」

 未来妹と平行妹もまた、居間に続く縁側から顔を覗かせた。僕は現実の金髪妹を見て呟いた。

「君は、真の意味で〝マイペース〟だよね」

「し、しらんてばっ。そもそもあの二人はウチが呼んだんやないもんっ!」

「はいはい」

 頬を赤らめて怒る妹を適当にいなして、僕たちはそろって玄関の扉を潜る。

 いつもの日常へ帰還する。夏休みは、まだいくらも残っていた。


『 今日は、天文台で懐かしい人に出会った。

  彼女はこの宇宙の創始者であり、今も人知れず僕たちと共に在る。

  そしてこの〝青い星〟を、常識外の危機から救っている。

  僕たちが、ただの日常を繰り返せるように。

  いつか、共に良き未来へ歩める事を祈り、戦っている。


  〝今日〟も、きっと。


  それにしても、見目麗しい正義の味方の武器が「双眼鏡」で、

  常に白衣一枚で、下着姿のまま外を闊歩していたり、

  基本的に掃除もせずに寝てばかりとか。

  なんていうか〝男子〟の夢を砕くと思うので、

  そちらももうすこし〝女子力〟を高めておいてください。


  → わかった。将来はキミを存分に尻に敷けるよう。私がんばる。』


 僕の新しい日記帳には、十一年ぶりに思いだせない一日と。

 それから誰かの落書きが一言付け加えられていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ