湖郷
連休、とある湖畔に友人と旅行した時のことだ。
彼女が唐突に、「帰らなくちゃ」と言い始めた。二泊三日の初日である。何をいきなりと戸惑ううちに、「急いで帰らなくちゃ」と着の身着のまま友人はコテージから駆け出して、すぐそばの湖に飛び込もうとする。
慌てて羽交い絞めにすると、「だって、だって、呼んでる」と暴れて止まない。危ないので足払いをかまして後ろ手に腕を捻り拘束した。
それから何が呼んでいるのかと、彼女が見やる湖面へと視線を飛ばす。
するとひどく澄んで底まで透き通った湖の中に、金色の水田が見えた。頭を垂れた稲穂の間には如何にも農家といった風情の老夫婦が立ち、にっこりこちらを手招きしている。
途端、胸の内に強烈な郷愁が湧いた。
湧いたが、私は根っからの都会っ子である。斯様な田園風景には何の縁もない。
首を振ってそれを打ち消し、友人をコテージへ引きずって帰った。
ふん縛って転がしておいたら彼女は数分で我に返り、悪い夢でも見たような顔をしていた。
帰りがけ、友人には内緒でもう一度湖を見た。
すると再び田園が浮かび、あの老夫婦がやはりにこにこと手を振っていた。またおいで、とでも言うふうだった。
完全に善意の様子なので、これは性質が悪いと嘆息した。




