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滑り来る
総下校の放送を聞いて部室から出た。
冬の落日は早い。すっかり暗くなった廊下を急ぎ足に歩いていると、階段の降り口に誰かの影が見えた。
足を止めて目を凝らす。
それはお婆さんだった。きちんと着物を着込んで正座をしている。猫背気味に体を丸めてうつむいて、顔は見えない。
直感的に、人ではないと判った。
まだ距離がある。
見えてない、気づいていない素振りをして、逆側の階段から昇降口に降りよう。
そろり踵を返そうとしたその瞬間、正座したままのお婆さんが、つうっとこちらに滑って来た。糸で引かれるような滑らかな動きだった。
駆け出した私の足はすぐにもつれて、思い切り転んで顔を打った。
だが痛みになど眩んでいられない。
急ぎ立ち上がろうとして、私は凍りつくた。うつぶせに倒れた私の視界、もう目と鼻の先に、お婆さんの両膝があった。
うなじの辺りにむず痒く視線を感じる。きっとそこをじっと覗き込まれている。恐ろしくてぴくりとも動けなかった。見なくても、ひどく怖い目をしているであろうと知れた。
「おまえじゃない」
呟きが聞こえて、お婆さんは消えた。
よろよろと立ち上がる。
残留する鈍い痛みが、あれが幻ではなかったと教えていた。




