誘い鮒
近所で行方不明が出たという。
消えたのはまだ小さい女の子で、住民総出での捜索の結果、溜め池にその子の靴と洋服が浮いているのが見つかった。
誘拐の線も考えられたが、ならばきっとあるだろう犯人からの接触も皆無で、結局池に落ちて溺れたのだろうという事になった。
そんなようなあらましを、妻は歯切れ悪く語る。
歯切れが悪いのは納得がいかないからだろう。池を浚っても、結局遺体は上がらなかったのだという。
聞き終えて、先日の一件が頭を過ぎった。
件の溜め池には鮒がいる。
釣りにはよさそうだと散歩の折に目をつけた。だがつけこそしたものの、休みになるとつい出不精をして、それまで一度も釣り糸を垂れてはいなかった。
その重い腰を上げたのは、妻に「釣り道具ってもう捨てていいのよね? 使ってないでしょ?」と微笑まれたからだ。使っています捨てないでくださいと言う代わりに、竿を担いで家を出た。
しかし、まるで釣れない。
池のほとりに座って半日、魚影こそ見えれど、ぴくりとも当たりが来ない。自分の他に釣り人も居らず、あまり釣果の期待できない場所であるのかもしれなかった。
まあ気晴らしの趣味で苛立っても仕方ない。竿を置いて一息入れる事にした。
紫煙をくゆらせていると、目の端を、つい、つい、とトンボが飛んでいく。都会も少し外れれば、こうした風情がまだ残っている。
釣果が丸坊主であったとしても、秋の好日をこうして過ごすのは悪くない。
二本目の吸い殻を携帯用灰皿に押し込んだ時、池に不思議があった。
ぷかり。
水中から大きなあぶくが浮き上がり、弾ける。
それを追うように巨大な魚影がぬうと持ち上がり、水面ぎりぎりで身を翻した。反転した尾が水を叩く。この池にあんなものが、と目を疑うようなサイズだった。
やがてその飛沫が治まると、鮒たちが奇妙な行動に出ていた。
ぐるぐると、ひたすらに池の中を廻っている。不自然なまでに統制の取れた泳ぎだった。
一体、何をしているのか。
怪訝に思っていると、まるで鮒の動きに誘われるように、トンボも池の上を廻り始めた。
ぐるぐる、ぐるぐる。
空中と水中で、奇妙な回転は続く。
やがてぽとりと、引き込まれるように一匹のトンボが水に落ちた。それが嚆矢であったのか、トンボたちは力尽きたように、次々と池に落下していく。
そこで鮒の群れは回転を止め、我先にと群がってそれを貪り食った。
ひどく嫌な気分になって、竿を畳んで家に帰った。
思い出されたのは、そのトンボの姿だった。
そして大きく不吉なあの魚影だった。
ぷかり孤独に池に浮く子供の服と靴の様が、食い千切られて水面に漂うトンボの羽根と合致するようだった。
だがそんな事はありえない。起こりうるはずもない。これは口に出せば一笑に付される、そんな妄想に違いない。
そう自分に言い聞かせはしたものの、暗いイメージはいつまでもつきまとって離れなかった。
耳袋巻之一「微物に奇術のある事」より取材。




