表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: 鵜狩三善


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/1000

誘い鮒

 近所で行方不明が出たという。

 消えたのはまだ小さい女の子で、住民総出での捜索の結果、溜め池にその子の靴と洋服が浮いているのが見つかった。

 誘拐の線も考えられたが、ならばきっとあるだろう犯人からの接触も皆無で、結局池に落ちて溺れたのだろうという事になった。

 そんなようなあらましを、妻は歯切れ悪く語る。

 歯切れが悪いのは納得がいかないからだろう。池を浚っても、結局遺体は上がらなかったのだという。

 聞き終えて、先日の一件が頭を過ぎった。


 (くだん)の溜め池には(ふな)がいる。

 釣りにはよさそうだと散歩の折に目をつけた。だがつけこそしたものの、休みになるとつい出不精をして、それまで一度も釣り糸を垂れてはいなかった。

 その重い腰を上げたのは、妻に「釣り道具ってもう捨てていいのよね? 使ってないでしょ?」と微笑まれたからだ。使っています捨てないでくださいと言う代わりに、竿を担いで家を出た。


 しかし、まるで釣れない。

 池のほとりに座って半日、魚影こそ見えれど、ぴくりとも当たりが来ない。自分の他に釣り人も居らず、あまり釣果の期待できない場所であるのかもしれなかった。

 まあ気晴らしの趣味で苛立っても仕方ない。竿を置いて一息入れる事にした。

 紫煙をくゆらせていると、目の端を、つい、つい、とトンボが飛んでいく。都会も少し外れれば、こうした風情がまだ残っている。

 釣果が丸坊主であったとしても、秋の好日をこうして過ごすのは悪くない。


 二本目の吸い殻を携帯用灰皿に押し込んだ時、池に不思議があった。

 ぷかり。

 水中から大きなあぶくが浮き上がり、弾ける。

 それを追うように巨大な魚影がぬうと持ち上がり、水面ぎりぎりで身を翻した。反転した尾が水を叩く。この池にあんなものが、と目を疑うようなサイズだった。

 やがてその飛沫が治まると、鮒たちが奇妙な行動に出ていた。

 ぐるぐると、ひたすらに池の中を廻っている。不自然なまでに統制の取れた泳ぎだった。

 一体、何をしているのか。

 怪訝に思っていると、まるで鮒の動きに誘われるように、トンボも池の上を廻り始めた。

 ぐるぐる、ぐるぐる。

 空中と水中で、奇妙な回転は続く。

 やがてぽとりと、引き込まれるように一匹のトンボが水に落ちた。それが嚆矢であったのか、トンボたちは力尽きたように、次々と池に落下していく。

 そこで鮒の群れは回転を止め、我先にと群がってそれを貪り食った。

 ひどく嫌な気分になって、竿を畳んで家に帰った。


 思い出されたのは、そのトンボの姿だった。

 そして大きく不吉なあの魚影だった。

 ぷかり孤独に池に浮く子供の服と靴の様が、食い千切られて水面に漂うトンボの羽根と合致するようだった。

 だがそんな事はありえない。起こりうるはずもない。これは口に出せば一笑に付される、そんな妄想に違いない。

 そう自分に言い聞かせはしたものの、暗いイメージはいつまでもつきまとって離れなかった。






 耳袋巻之一「微物に奇術のある事」より取材。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ