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全てがうた③

 リリスが出て行って、ドアが閉まると、散々暴れていたダイアナは急に大人しくなった。顔は興奮の為か真っ赤で、息も荒かったが、露わになった身体を隠す位の理性は戻った様だった。

 カインは用心深く彼女から離れ、ベッドに乗り上げていた足を降ろすと深く息を吐き、ベッド傍にある椅子に座った。


「貴方も出てってよ」


 弱々しい声で言うダイアナに、カインは腕を組む。ふんとダイアナは彼をねめつけた。


「偉そうにしたって、怖くないんだから」


 腕組みは偉そうなのか、と、カインは密かに思い、サッと両こぶしをそれぞれの膝の上に移動させた。とにかく、この訳の分からない少女の反感を喰うのは今は避けたい。言う事を聞かせなければならないのだ。機嫌を損ねられて意固地になられたら面倒臭い。

 しかし、何が彼女の気に障ってしまうのか、カインにはサッパリ判らないのだった。


「そういうつもりは無い。一体何が望みだ」

「なにも」


 ツンとしながら、ダイアナはベッド脇に足を出して、ブラブラさせる。


「……治せ」

「イヤ」

「金なら払う」

「要らない」

「後悔する」


 ダイアナがヒョイとカインへ顔を向けた。

 大きな蒼い瞳が、何故か笑んだ。


 ―――? なんで笑うんだ。


 彼女の瞳には、真面目な顔をした自分が映っていて、カインは自分の事ながら少し不憫な気持ちでそれを見た。笑われているけれど、何故笑われているのか解らない自分。いつもそうな気がする。

 ダイアナがカインの方へ、ベッドに座ったまま寄って来た。

 彼の顔を覗き込んで来る彼女の表情には、聞かん気の強そうな、男の様な覇気がある。けれど、紛れもなく美しい女の顔をしている事に、カインは少し気圧される。


 ―――惜しいな。男だったら……。


 また彼が余計な口を利く前に、ダイアナが猫なで声を出した。


「後悔? 誰が?」

「あんただ」

「―――しない。なんで?」


 おちょくった様に小首を傾げる彼女に、カインはやっぱり腕を組む。


「職を失うんじゃないのか。傷が癒えたら、元いた場所に戻してやろうと思っている」

「そうなの?」


 ふいに、ダイアナから剣が取れた。


「……そうなの……そうだよね」

「……?」


 余りに唐突に頼りない娘の様になってしまったので、カインは恐る恐る彼女の顔を覗き込む。


「……でも良いの? <セイレーンの矢>の事、私言いふらしちゃうから」


 カインは肩を竦める。


「もう、女達には大勢逃げられた。あんたが言いふらしたところで、欠伸されるだけだろう」

「……相変わらず大変ね……お疲れ様……」


 労われるとは思わなくて、カインは肩すかしと共に、何かに挫けそうになる。応援も労いも、欲しいと願っていないけれど、やはり貰えば嬉しいものだった。だから、挫けそうになる。「そうだ。辛いよ」なんて、カインは言えないけれど。


「あんたには関係ない」

「どうせ次の悪だくみが待ってるってんでしょ?」

「……何とでも言え。俺の事はいい。望み通り帰してやるから傷を治せ」


 きらん、とダイアナの瞳が輝いた。


「じゃあナニ? 私が帰りたくないって言ったら?」

「……? 無理に帰さないが……」


 なんだ? やはり金か? とカインは訝しむ。

 しかしそういう風には見えない。目の前の少女は金をたかる様な卑しい表情では無かった。


 ―――踊り子も辛いんだろう。


 彼は勝手にそう思った。

 彼は傷の事もあったが、連れて来てしまった手前、彼女の将来に責任を持たなくてはならないと真面目に考えた。


「……戻りたくないなら、どこか働き口を世話してやってもいい」

「ライラは?」

「アシュレイが連れて行った。彼女はここでは暮らせない」

「……そう……。会いたい……」


 膝を抱えるダイアナに、カインは完全に参ってしまう。

 話がアチコチに飛んで、彼にはついていけないのだった。


 ―――どうしたらいいんだ。


 どうしようも無いので、壊れた機械の様に繰り返した。


「傷を治せ」

「醜い?」

「当たり前だ」


 この際ハッキリ言ってやろうと、カインはキッパリ言った。やはり罪悪感が勝って少女から顔を背けたので、彼女の表情は解らなかった。


「……っ。……あーあ、しかも、治っても薄っすら残るって言って無かった?」

「今よりマシだ」

「お嫁に行けると思う? 貴方なら欲しい?」


 ―――そんなに責めるなよ……。どうしたらいいんだ。


「性格を直せばな」

「いつもは割と可愛いよ」


 だからなんだ、と、カインは焦れる。どうでも良い。治すのか治さんのか、それだけの話じゃないか。

 否しかし、もう少しで「分かった」と言いそうな雰囲気だ。


「……そうか」

「そうなのよ。傷物になっちゃったし、貴方貰ってくれない?」


 そう言ってニッコリ笑う。その割に、手が震えているのが見えて、カインは警戒する。


「―――財産目当てなら、不相応だな」


 ダイアナは目を見開いて、顔を歪めた。


「……お前こそ、私に不相応な男だよ」

「当面の生活費くらいは出してやる」


 傷を治す、と、ダイアナが俯いて囁いた。死に際の声の様だった。

 カインはサッと立ち上がった。


 ―――ほら見ろ、リリス。嫌われているどころか、俺は浅はかな手口で利用されそうだったではないか。


「……化けの皮が薄くて助かった。リリスを呼んで来る」


 魂胆がバレて悔しいのか、ダイアナはベッドに突っ伏してカインに返事をしなかった。

 カインは薄く笑って、部屋を出る。何故か、酷く悲しかった。


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