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セイレーンは狼と終わりをうたう  作者: 梨鳥 
ダイアナとカイン
13/143

踊る焦燥

 フクロウが鳴いている。夜虫も鳴いている。月明かりの下黒く染まる森の木々の葉は、微かな風に揺れ擦れ合い、さざめいてうねる。うねりは闇と夜の生き物の息遣いを巻き込んで、更にうねる。そして風に乗り、闇に入り込んで来た人間達を品定めする様に生ぬるく通り過ぎ、通り過ぎ様に撫でて行く。


 人には理解できないうねりのもとの何かが、暗がりからそっとこちらを覗いている様な気がして、ダイアナは他の女達と身を寄せ合ってそのぬくもりを常に感じる様にじっとしていた。

 〈セイレーンの矢〉は夜に森へ入り、お構いなしに前進している。

 ただ荷台に乗って運ばれているだけなので苦労は無いのだが、初めて見る森と暗闇の得体の知れなさに、ダイアナは騎士たちの持つ灯だけをじっと見つめていた。灯はユラユラ揺れて、下限の月の様な線を暗闇に引いている。

 人の手で少しだけ拓かれた場所に到着すると、隊は止まり、野営の準備を始めた。

 どうやら森を抜ける人が休憩に使う為の公共の場所の様で、近くには小川も流れていた。昼は賑わっているのだろう、ダイアナには見えないが、小川の淵のぬかるみには今日出来たと思われる足跡が沢山ついていた。

 でも、今は夜だ。辺りはよそよそしい空気と、無理に押しのける様に入って来た灯に敵対する様に濃くなる闇が、重みを纏ってこちらを伺っている。湿り気を帯びた木々の匂いが胸を騒めかせ、小川のせせらぎが何か冷たいものの摺り足の音に聞こえる。


 どうしてこんな得体の知れない場所で、〈セイレーンの矢〉達は一夜を過ごそうとするのだろう。ダイアナは隣の女の温度だけを意識する様に務めた。

 怖かったのだ。


 でも、何故か不思議だった。

 フクロウがホー、と鳴けば、自分も何か返したくなり、夜虫の甲高い羽音にはリズムを感じる。木々のざわめきに、身体から湧き上がる焦燥感は一体なんだろう? 

 木の葉の網目から微かに降る月の光が熱い。手が震える。


 焚火が上がって、それを囲んで騎士たちが遅い食事を始めた。

 肉を焼く香りに、女達がそわそわと蠢く。

 ダイアナもお腹を鳴らして騎士たちの食事の様子を見ようと首を伸ばした。

 ちょうど、こちらに身体を向けて座っていた金髪の騎士と目が合った。ひもじい気持ちを悟られたく無くて、ダイアナはサッと顔を逸らした。

 金髪の騎士が、部下に何か言っているのが聴こえたが、内容までは聞き取れない。隊の中で一番大柄な騎士が頷いてこちらへノシノシやって来て荷台に手をかけた。もう片方の手には、串に刺した肉を見せびらかす様に持っている。


「俺達を楽しませろ」


 そうするなら、喰っていい。と、騎士は言った。

 一人殺されたところを見たし、夜の森に逃げ込む事はどうせ出来ないだろう、と言ったところか。


 茶色い髪をした美しい女がスッと立って、彼の傍に寄って屈みこみ、甘い声を出した。


「楽しませるって?」


 ああ、先手を打たれちゃった、とダイアナは思った。


 騎士は声を立てずに笑うと、女を抱いて荷台から降ろし、縄を切った。女は彼にすり寄って、串に刺した肉を手に入れた。

 チラ、とダイアナ達の方を見て、肉をかじる。目が「アンタ達も早く」と言っている。

 女達は小さく頷いて、騎士のもとへ群がった。

 動かない者も二人いた。いずれも若いと言うよりは幼すぎ、一人は怯え、一人は騎士の言った意味が分かっていなかった。

 幸い騎士も二人には何の期待もしなかった様で、お前達はここにいろ、と言っただけだった。


「この子達の食事は?」


 ダイアナが縄を解いて貰いながら思わず聞くと、ふんと言う声の後に「じゃあその分お前が頑張れ」と言われた。


 騎士道が無いのね、とダイアナはムカついたが、そっと荷台の柵に手を掛けて、二人を覗き込む。幼い二人は自分達は喰いっぱぐれるのだろうと悲しげな顔をして泣いていた。

 ダイアナは二人に子猫に対してやる様に「ちちち」と優しく舌を鳴らして、「大丈夫だよ。ネェちゃんが貰って来たげるから、泣かないで待ってな」と言ってやった。

 二人は鼻を啜って頷くと、寄り添い合った。四つの瞳が、ダイアナに縋っている。

 うん、と頷いて、ダイアナは焚火の輪に女達と入って行った。


 ダイアナにとっては何てことない。いつもの調子でいれば良かったし、この連中は『六角塔』の客より幾分かお行儀が良い。何より、野営の為か、彼らはそれなりに緊張をしていて酒を呑まなかった。

 酒も無しにどう「楽しませ」れば良いのか戸惑わないでも無かったが、傍に座って火にかけられた薄いスープや肉を口に運んでやればそれで満足そうだったので、拍子抜けもいいところだった。

 後は聞かれた事に答え、ふんふんと相手の話に耳を傾けるフリをして食事をかっ込めばいい。

 そう思っていた矢先、一人ずつ歌を歌えと言われてダイアナは心で舌打ちした。


 マズイ……。


 女達が順に立ち上がり、歌を歌って行く。皆上手い。

 ダイアナはそんな場合じゃないのに、ライラの事を思い浮かべた。


 ライラ……。歌の上手い子達ばかりだよ。

 あなたはビックリするかも知れない。でも、私はあなたの歌が一番だと思うよ。

 ああ、今頃どうしてるのかな。

 あたしが行きたかったのに、なんて怒っているかも知れない。

 あなたは考え無しだから。


 そう思ってダイアナは静かに笑った。

 ライラは『六角塔』から出て行きたがっていた。

 ダイアナは、うん、全くだね。なんて答えながら、その実そうでも無かった。


『六角塔』を出たところで、私達の道はこれしかないじゃない。  


チクショウ。


 あなたは素晴らしい声を持っている。ステージの真ん中で、光を浴びて、私はそれをいつも眩しく見ていた。

 あなたはあの素晴らしいステージの中央以上に何を望むの?

 もっと大きなステージ?もっとたくさんの観客?もっとたくさんの拍手?

 でも、あなたはそんな高みを夢見ている様子じゃなかった。


 私には分かっていた。


 あなたは王子サマを待ってた。

 埋められない正体不明の孤独にじりじりしながら、愛を目いっぱい貰えるのを待ってた。

 そうしていつも失望しているあなたに、どうしたらその考えを止める様に出来たのかな。

 これから、私がいなくて大丈夫かな。

 避雷針の様なあなたを、これから誰が慰めるの……。


 ……これから、私は……


「オイ、お前の番だ」


 隣に座っていた騎士が、ダイアナの肩を掴んで揺すった。

 ぼうっとしてしまっていたダイアナは、思わず剣を込めた表情でその手を払った。驚いた顔をした騎士に取り繕う様に微笑んで、ダイアナは立ち上がると、顎を上げて両腕を踊り始めの位置に決めてニッコリ笑った。


「騎士サマがた、私は踊ります」


 幾人かが笑った。

 承認の空気にホッとしたが、金髪の騎士がそれを破った。


「いや、歌え」


 皆がダイアナを見た。

 一番初めに肉を手に入れた茶色の髪の女が、心配そうにこちらを見ている。「どうして、歌いなさい」と顔が言っている。

 そうできたらやってるわよ! と思いながら、ダイアナは彼女を見返した。茶色の髪の女は、何かを察してくれた様だった。


「私が歌います。この人は、それに合わせて踊ればいいじゃないですか?」


 彼女のウインクに、ダイアナは涙が出そうになる。

 金髪の騎士が「否」と言おうとしたが、彼の隣にいた騎士が


「隊長、いいじゃないですか。明日もあります。歌は飽きました」


 と言ったので、金髪の騎士は「好きにしろ」とダイアナに片手を振った。

 茶色の髪の女が、踊りの為の有名な歌を歌ってくれたので、ダイアナは直ぐに踊り出す事が出来た。


 ダイアナは踊りながら、彼女の声を聞いていた。彼女への感謝が、歌声を心の奥まで入り込ませる事を許した。


 なんて繊細な声だろう。  


 ああ、そこはゆっくり伸ばすのね。ライラは違った。ほら、この節もライラとは声の絞り方が違う。……また違う。でも、この人が下手なんじゃない。この人の、一番良い歌い方なんだ。

 ライラ、ライラ。人によって歌は形を変えるって知ってた? 不思議ね。人はどこから歌を出すのだろう。ライラ、あなたはどこから歌を? 私は歌の出し方が判らない。


 だから踊っている。バカみたい。皆は歌を歌っているのに。


 金髪の騎士と目が合うと、ダイアナは一瞬だけ身体の動きを止めた。

 幾度か振りつけをしくじりながら持ち直すと、ダイアナはもう彼を見ない様に務めた。

 頬が熱かった。


 ライラを笑えないなぁ、なんて思いながら、ダイアナは泣きそうになる。


 木々のざわめき、フクロウ、夜虫の羽、風、それらがダイアナに歌え、歌えと煽っている。

 何かのうねる風が焚火を揺らめかせ、火の粉がはぜて歌えないダイアナに熱を送る。

 その熱より熱いのは、彼の気配。

 ……一体いつ? 私にそんな暇無かったハズ……。

 でも、もうどうしようもない。


 焦燥感をぶちまける様に、ダイアナは仕方なしに踊り続ける。


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