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セイレーンは狼と終わりをうたう  作者: 梨鳥 
狼と歌声と遠吠えと愛と喉骨
121/143

雪にはしゃぐ

 静かな朝が来た。

 ライラはドアをノックする音で目を覚ました。一度無視して、温かいハミエルを抱き寄せる。

 ハミエルとベッドに寝ていたので、六角塔で眠っている気でいた。

 けれどノックが続き、ライラは「うるさいなぁ」と目を開け、ハッとする。

 そうだ、もう六角塔なんかにいないんだ!

 慌てて狼の毛皮フードを被って、「はぁい」と返事をする。

 

「僕だよ」

 

 アシュレイの声だ。フードに隠したライラの耳がぴんと立った。

 ハミエルも目を覚まして、ぐるる、と小さく唸ってドアの方を見ている。けれどそれ以上はしんどいのか、ドアへ向かって行く様子は無さそうだった。


「アシュレイ、おはよ。ちょっと待ってね」


 ハミエルの頭を一撫でしてから、布団で覆って彼の身体を隠す。そうしてから、目元を擦ってドアに近付き、開けた。

 廊下の冷気がヒヤリとライラの頬を撫でて、思わず震える。ドアの外でライラを待っていたアシュレイも、両腕を擦りながら震えて立っていた。なんせ彼はとても薄着なのだ。


「うう、さっぶ。さっきすれ違った狩人に、頭おかしいんじゃないのって言われた……」

「早く暖かい服そろえなきゃね。風邪引いちゃう」


 ライラは毛布代わりに使ったモコモコ毛皮を引きずって、アシュレイの肩に掛けてあげた。

 アシュレイは喜んでモコモコに包って、ライラを朝食に誘った。


「朝食かぁ、何がでるかな。ハミエルには、ソーセージ持って来てあげるね」


 ライラが布団の膨らみに声を掛けると、『きゅん』と、微かに返事があった。

 微笑んで、部屋を出る。それからライラは、アシュレイしかいない事にようやく気が付いた。


「ハティは?」

「まだ寝てるよ」


 アシュレイが清々しい程ニッコリ笑うので、ライラは怪しんだ。


「何かしてないでしょうね?」

「妖魔で眠らせただけだよ。夜中じゅうグルグル唸ってて、そうでもしなきゃ眠れやしないよ。それより、早く食べて買い物に行こう。受付で町案内も貰ったよ」

「……あんたって、早起きだよね。ラルフと出会った町でも、すっごい行動早くなかった?」


 ライラは少し前の事を思い出して、そんな事を言った。彼女は職業柄、昼近くまで寝る事が多かったから、早起きな上にピンピンしているアシュレイがちょっと面倒臭い。本当はもっと寝たいのが本音だった。

 これから一緒に旅をするとして、毎回早起きなんだろうか。ちょっとイヤだ。

 アシュレイは何を勿体無い、と言いながら食堂へきびきび歩く。


「一日がいっぱい使えた方が良いでしょ?」

「年寄りみたい」

「年喰ってからも、ずっと一緒にいようね☆」


 ライラは素直に応えずに、ふいと顔を逸らして、廊下の窓の外を見る。そして、あ、と声を上げた。

 夢中でアシュレイの袖を引いて、窓に駆け寄る。


「ど、どうしたの」

「見て、アシュレイ! 外が真っ白!!」


 ライラは窓に鼻がくっつきそうな程顔を寄せて、外を眺める。

 町中に真っ白いものが積もっていて、キラキラ輝いていた。

 アシュレイが彼女の横からヒョイと外を覗いて、欠伸をした。早起きが習慣でも、眠いらしい。


「あ~、寝ている間に、雪が降ったんだよ」

「雪……」


 思わずきゅん、と鳴いてしまう。はは、と、アシュレイが小さく笑い声を上げた。


「尻尾振っちゃダメだよ」

「うん……」


 心躍る胸の内から、熱い息が漏れて窓を白く曇らせた。

 アシュレイの手が目の前に伸びて来て、手の平で曇りを除いてくれた。


「きれい……」


 アシュレイは、自身も雪を見るのは珍しかったけれど、瞳を輝かせて雪景色を見るライラに目を奪われて、ため息交じりに答えた。


「うん、綺麗だね……」

「触ったら、冷たいの?」

「氷みたいにね……でも、そこが良いんだ……」

「ふぅん。じゃあ融けちゃうんだ?」

「うん、割と容易く融けるよ……そこがまた可愛いんだ……それでまた僕の方が溶けちゃうって言うか……」

「なに? 気持ち悪……!」


 やけに熱っぽい声を訝しんでアシュレイの方を見た途端、ちゅ、と短く唇が重なった。

 朝食の為に人が集まりかけた廊下の先で、二人をチラチラ見ていた宿泊客達が口笛を飛ばした。

 彼らはライラよりも先に、寄り添って雪を見る二人が「なにかやらかす」予感に期待していたのだ。


「きゅ、な、なにすんの」

「だって邪魔されてばっかだし」

「しょうがないでしょ、ばか! ほら、もう行こう、ばか!」


 朝から見せ付けんなよぉ、などと野次る者をキッと睨み付けながら、ライラは足早に食堂へ向かう。

 アシュレイはニヤニヤしながらその後を追った。

 早起きはお得なのである。



 ライラがほとんど無言になった朝食が終わると、二人は買い出しに出かける事にした。

 ソーセージを持って来てもらったハミエルは、『くって、ねてる』と言って、お出かけを断った。

 身体は俊敏に動かないし、役に立たないのにライラの荷物になるのが嫌だったんだろう。

 ハティはと言うと、まだいびきをかいてワイルドに寝こけていた。

 イケメンの無防備な寝姿に不覚にもキュンとなったけれど、直ぐにアシュレイに部屋から引っ張り出されてしまった。

 ブツブツ文句を言うアシュレイを無視して、ライラはワクワクして宿屋の出入り口を開ける。

 冷たい風が、彼女の着込む毛皮の毛をさざめかせた。

 辺り一面、真っ白だ。


「尻尾、尻尾!」

「うぅ~! だって、アシュレイ!」


 ライラは瞳を輝かせて、地面に積もった雪に踏み出し、足跡が付くのを面白がった。

 

「ああ、買ってあげたばかりの靴(買う時ハイヒールが役に立った)が……ライラ! 駆け出したら危ないよ!」

「どうして? 凄く気持ち良い踏み心地!」

「滑るから……転ぶから……!! ライラ!!」


 弾む様に雪景色へ入り込んでいくライラを、アシュレイは笑いながら慎重に追いかける。

 ライラは雪がとても気に入ったらしい。あんなに純粋にはしゃぐ姿を見るのは、もしかしたら初めてかも知れない。彼女は直ぐに雪の遊び方を閃めいて、彼に丸めた雪の塊を投げつけて笑った。寒さで頬が真っ赤だ。


「な、なんなの。かわいい……覚えてろよ……」


 頭に雪玉をぶつけられたアシュレイは、ひたすら「かわいい」を心で連呼しながら町案内の地図と道を確かめる。宿の直ぐ近くに、商人や狩人用の品が揃う店があると宿の主から確認済みだ。地図にも丸をうってもらった。

 犬みたいにはしゃぐライラを連れて、アシュレイは鼻を啜って地図を辿った。



 店に辿り着く頃には、ライラは唇を真っ青にしてブルブル震えていた。雪で遊び過ぎたのだ。

 ホラご覧よ、と言うアシュレイも、遊んでいないのに震えて真っ青だ。

 店主は風変わりな二人にギョッとしつつ、愛想よく暖炉の傍へ招いてくれた。


「昨夜、門番から封魔師様が来たって聞いて、買い物に来ねぇかなぁって期待して待ってたんだ。一体、そんな薄着でどうやってここまで来たんだ?」

「や~、彼女と同じ毛皮を持っていたんですけどね、途中でダメになってしまって……」

「それにしたって薄着だ。以前は暖かい時期に来たのか」

「いや、初めてです。毛皮は貰い物で。まさか雪を見られるとは思わなかったなぁ!」


 すらすら誤魔化すアシュレイに、店主は頷いて、毛皮製品や温かそうな厚手の衣料品を見繕って見せてくれた。封魔師は金持ちだと思っているのか、店主はたくさん売り付ける気満々だった。


「兄さんの背格好なら、この辺かな……女物は飾りの着いたのもあるが」

「あたしはこれでいい」


 店主に新しい毛皮を勧められて、ライラは急いで自分の毛皮の襟を握った。

 そんな彼女をチラッと見て、アシュレイは店主に頷くと、靴も頼んだ。

 頑丈そうでゴツい、皮のブーツがゴンゴン、と出て来た。


「アシュレイ、中がふわふわだよ!」


 ライラがブーツの中を覗き込んで、手を突っ込む。

 今日はやたら可愛い。と、アシュレイは感動しながら微笑んで、自分の試着をしたりライラの試着姿に感想を言ったりして買い物を楽しんだ。

 店主は一式揃えにやって来た賑やかな若者に、上機嫌で色々な品物を用意するのに忙しい。そのお蔭で、ライラの耳や尻尾は、見られない様にタイミングを計って上手く隠す事が出来た。

 彼はなんだかしみじみ幸せな気がした。

 狼問題さえなければなあ! と、思わずにはいられなかった。


――――<うた>ってなんだよ、<うた>って……セイレーンじゃあるまいし。


 そう思ってから、彼はハッとする。


――――そう言えば、ライラと初めて出会ったダイアナは、どうしてマーナガルに乗ってやって来たんだ?


 考え込もうとする矢先に、ぼふっと大きな毛皮の帽子を被せられた。


「ねぇ、アシュレイ! 帽子も大事だって!」

「ああ……うん……」

「こっちの耳がついてるやつにする!?」


 いっしょ! いっしょ! という顔で、ライラが耳の着いた帽子をアシュレイに差し出すので、アシュレイの頭の中は蕩けてしまって、耳付きの帽子を受け入れた。彼は彼女が望むなら、帽子に何が着いていようがそれを被る次第である。


「それは上等な狐の毛皮なんで温かいよ」


 店主はホクホク笑って、アシュレイのズボンの裾を縫う。


「狼だけじゃないんですね」

「そうさ、狼より捕り易いしね、狼は年にあまり狩り過ぎるとフェンリルが出るって言い伝えられてるんだ」


 信じているのかいないのか、店主が恐ろし気に教えてくれた。

 ライラとアシュレイは顔を見合わせる。


「だから狼が特産品だけど、他の毛皮もたくさんあるぞ」

「へー……じゃ、熊とかも?」

「兄さんの迷ってるベストは熊だね」

「おお、熊!」

「お嬢さんの腰巻は鹿だよ」

「ふぅん……」


 ピンと来ていないライラに、店主は壁に飾った牡鹿の首の剥製を指差して見せた。

 ライラは「わぁ」と溜め息まじりの感嘆声を上げて、剥製の下へ近寄る。

 その姿を目で追って、「美人だね」と、店主がアシュレイに言った。


「そうでしょうそうでしょう」

「こんなとこ外から嫁いでくれんのはさ、ブスばっかなんだよ。山を降りた町のモンは、皆フェンリルを怖がってるし。だから、町は美人がいなんだ。もし兄さんがあのお嬢さんとここに滞在するなら、気を付けた方が良いよ」

「……肝に銘じておきます」


 アシュレイは苦笑いして答えた。ライラには、凶暴なガーディアンが二頭も引っ付いているのだから、むしろ町の人に注意勧告を出したい位だ。


「俺がガキの頃にもさー、フラッと美人がやって来た事があってさ……町中の男が逆上せちまってた」

「……へぇ」


 アシュレイは店主のつむじを見下ろして、強く興味を引かれた事を悟られない様に、生返事をして見せた。

 店主は「あ!」と言って、アシュレイを見上げる。

 

「にいさん、あんた封魔師様なら、ファムに会って行きなよ」

「誰です?」


 知らない名前に、アシュレイは首を傾げる。

 しかし、大体予想は付いた。マーナガルが、この町には昔から封魔師がいると言っていたから、その人の名前だろう。


「この町をずっと守ってくれている、封魔師様なんだ。最近はもっぱら、薬屋をしてくれてる。封魔師は皆カナロールって国が故郷なんだろ? きっと会ったらファムも喜ぶ」


 あなたは同じ町の同じ職業同士と、漏れなく仲が良いのかい? と、アシュレイは心の中で思いながら、曖昧に笑った。


 こんな辺境の地に長年居座っているなんて、絶対変わり者に違いない。と、自分の事は棚上げにしてアシュレイは思った。それから、何かしらカナロールの誰かと連絡を取り合っていたら、折角うまい事失踪したのに居場所がバレてしまう危険もあるのだ。


「まぁ、機会があったら……」

「おう、もういい歳してるからアレだけどな、中々こう……いいぜ」


 店主はニヤニヤして、胸の前に両手でお椀をつくって揺する仕草をした。


――――おっぱい?


「はぁ、いいっすね」

「なんの話?」


 いつの間にか傍に来て、ライラが軽蔑の眼差しを向けて来た。

 折角無邪気で可愛いモードだったのに、と店主を恨みながら、


「封魔師がいるって話」


 と、おっぱいには触れずにアシュレイが答えた。


「ふぅん……何が中々良いワケ?」

「し、知らない……」

「はははぁ、美人は怖いなぁ! さっき話した美人も強かった。剣術も巧みでね。封魔師様と組んで、妖魔を倒してくれた事があったんだよ。その人もカナロール生まれって言ってたなぁ。兄さん、カナロールは良い女が多いのかい?」

「いや、あのその……」


 アシュレイの内心の焦りなど全く気にせず、店主はペラペラ喋る。

 もう止めてくれ、と思っていると、ライラが店主の話に喰いついた。


「ねぇ、その美人って、アガットって名前?」

「おお、なんで知ってるんだ?」


 店主を無視して、ライラがパッとアシュレイに向き直った。顔が戸惑いと興奮で上気している。群青色の瞳が、「会いたい!」と叫んでいた。

 こんな顔をされたら、逆らえない。アシュレイは仕方なく頷いた。

 もしも居場所がバレたら、フェンリルのお世話になるしかないと思うと、とても気が重かった。しかし、ライラが再び嬉しそうに微笑んだので、どうにでもなれと思った。


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