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セイレーンは狼と終わりをうたう  作者: 梨鳥 
狼と歌声と遠吠えと愛と喉骨
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北の星へ向かって

 フェンリルの縄張りは、北の空でひときわ強く輝く星の真下にあるのだという。

 片耳の一部が欠けた大きな狼が、ライラを乗せて行ってくれる事になった。

 よろしくね、と、声を掛けると、欠け耳の狼は『ぐるる』と、好意的に唸り尾をしなやかに振って見せた。他の狼とは違う、優しい穏やかな目をしていて、ライラはこの狼をすぐに好きになった。

 ライラが行くなら一緒に行くと言うアシュレイを、小さな狼は何故だかすんなり許した。

 待っていた方が良いと言うには言ったけれど、アシュレイは余程自分に自信があるのか、「大丈夫さ~」と言って、ライラの跨った欠け耳の狼にくっついた。

 欠け耳の狼は、ライラとアシュレイ二人を背に乗せられるだけの大きさがあったけれど、アシュレイにくっつかれるとあからさまに厭そうに唸って身を捩った。

 振り落とされそうになって、アシュレイが文句を言う。


「な、なんだよ。そんなにでっかいんだから、一人も二人も一緒だろ……」

「きっと女の子なんだよ」


 ライラは何となく欠け耳狼の気持ちが分かって、アシュレイに教えた。

 女の子なら、種族が違っても異性に馴れ馴れしく触れられるのは厭だろう。特にアシュレイは、盛っていたところを目撃されているのだ。


「ええ、フェンリルって雄雌があるの?」


 アシュレイが無遠慮に欠け耳狼の後ろ脚の間を覗き込もうとするので、上着を引っ張り慌てて止めた。


「ちょっと!?」

「見られるのが厭ならパンツはいてるさ」


 欠け耳狼は尻尾で後ろ脚の間を隠し、小さな狼の方を見て助けを求めてキュンキュン鳴いた。

 小さな狼は軽蔑しきった目でアシュレイを睨む。


『ぶっ殺すぞ』

「ほら、怒ってるじゃない」

「だって伝説級の妖魔なんだ。色々知りたいじゃないか。君たちは自然現象から産まれるんだろ? なんで生殖器があるの?」


 小さな狼は「フン」と鼻を鳴らして、空中に浮かび上がった。 


『楽しむ為に決まってんだろ。もう行くぞ。ウェブ、ちょっと辛抱しろ』


 欠け耳の狼はクン、と渋々そうに鳴いて、本当に厭そうにアシュレイに身体を許した。

 アシュレイは狼の乙女心なんか知った事かとばかりに、いそいそと彼女に跨ると、小さな歓声を上げて艶やかな毛並みを撫でた。途端、毛並みが総毛立って、ライラは気の毒で仕方がない。


「ごめんね。ウェブって名前なの? よろしくね」


 狼は答えなかったが、両耳とも後ろに向けていたので言葉は通じたのだと思う。

 小さな狼がどんどん空へと舞い上がって行く。他の狼達も、後に続いた。もちろん、ライラ達を乗せた欠け耳の狼も。

 

「楽しむ為だって……さすが狼。う、わわわっ!!」


 浮遊感にアシュレイが早くも怖気づいた声を上げる。

 狼達は、それをあざ笑いながらどんどん上昇して、カナロールの雲を突き抜ける。

 真っ白な海の上は、明るい月に照らされて何処までも見渡せた。視界いっぱいの紺色の中、星が無数に輝いている。


「わぁ! アシュレイ!! 凄いね!!」


 ライラは歓声を上げて、雲の上の景色を浴びた。両腕を広げてみたいけれど、ちょっと怖いのでやめる。狼の背の上は、ほとんど揺れなかったけれど、雲海へ真っ逆さまだけは避けたかった。


「雲の上は何もないからね。夜空が良く見えるのさ。うう~、寒い、寒い……」


 アシュレイが震えてライラの後ろからくっついて来た。

 確かに、雲の上は寒い。だからライラは、アシュレイが上着で自分をすっぽり包んでくれた事を、ありがたく思った。

 月に向って、狼の一頭が敬意を籠めた遠吠えをあげる。他の狼もそれに習って少しの間、月に向って遠吠えをあげた。ライラ達を乗せる狼も、少し高い鳴き声で遠吠えをした。しなやかな身体全体から、微かに魔力の籠った声が絞り出されるのを感じて、ライラの胸の中がジンと熱くなる。

 

「素敵……」

「ライラも吼えたら? わおお~ん!!」

「ばか」

「歌や祈りみたいだね」

「……うん」


 今は胸がいっぱいで無理だけれど、いつか近いうちにこの体験を歌いたいな。ライラはコッソリそう思った。

 狼達は気が済んだのか、小さな狼を先頭に、一頭、また一頭と、北に輝く大きな星へ向かって一直線に加速し出した。

 冷たい風が目を突き刺す様だったけれど、ライラは反射的な涙で瞳を潤ませて、雲海の上を浮かぶ月を見る。

 ふいにアシュレイが、ライラの首元の髪に顔を埋めた。


――――アシュレイはきっと、お母さんと見た事があるんだよね。宙の妖魔なんだもんね……。


 思い出しているのかも知れないな。

 ライラはそう思って、腰に回された彼の腕を撫でた。

 アシュレイは小さく呟いている。なんだろうと思って耳を澄ましてみると、


「こわいはやいこわいはやいこわいはやいこわい……」


 純粋に怖がっているだけだった。


「アンタ、慣れっこじゃ無いの? お母さんと夜空のお散歩してたんでしょ!?」

「お、お母さんと一緒にしないでよ!! おか、母さんはもっと安定してて、こう、だっ……」

「だ……? だっこ……?」

「ち、ちが……!!」

「はいはい」


 違うんだよ、いや、だって子供だったんだよ、と、アシュレイの弁明が続いたが、ライラは北の夜空に輝く星を見る。銀色で、ちょっと冷たそうな印象だけれど、明るい星。

 ハミエルみたいだ、と薄く微笑んで「すぐ行くからね」と、心の中で呼びかけた。 


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