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セイレーンは狼と終わりをうたう  作者: 梨鳥 
おかあさんをするの
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封魔師とラミア⑦

「特別な関係ってあるじゃない。例えば、君とダイアナ」

「急になに?」

「割り込めないよね、二人には」

「割り込みたいの? 無理だからね」

「うん……僕はわきまえが良いんだよ」

「と言うか、ここまで聞いてるとアンタは相当なチキン」

「……」




「やっぱりやめる。そんなに封魔師になりたいわけじゃない」


 アシュレイは封魔師との言い争いの末に、彼の申し出を断った。

 元々封魔師になる事に乗り気じゃ無かった上に、初めて出会った封魔師がこういう人間だったのも不味かった。

 そして一番の理由はアイリーンの為だろう。


「この妖魔の為に自分の才能を台無しにするのか。封魔師だぞ? 誰もがなろうと思ってなれないんだぞ? 自分で封魔するのが厭なら、この街に置いて行けば良いだけじゃないか。それともお前はコイツ無しでは夜に眠れない子供か?」

「心配かけたくないだけです」

「何度も言わせるな。俺が面倒を見てやる」

「……」


 不可解そうに保証する封魔師に、アシュレイは言葉を発すべきかどうか迷っている。

 あなたに面倒を見られる事で心配をかけるのだ、と、この面倒臭そうな封魔師には言えないのだろう。

 封魔師は余程跡継ぎが欲しいのか、アシュレイを諦める気は無さそうだ。


「俺の養子になれば、ゆくゆくは屋敷と財産をお前に譲ろう」

「えー、恨みも一財産築いてそうだけど? それも僕が被るの?」

「口の減らない餓鬼だな。そんなもので痛手を負わない程の地位だ」

「なんでも力技って頭悪いよ」


 封魔師は諦めない様子で自分の養子になる利点をくどくど説いたが、アシュレイの気持ちは変わらない。

 アシュレイが憎たらしく返事をする度に、封魔師の顔から苛立ちが消え、目元を笑わせ始めた。

 子供の割に舌の回る彼を、段々気に入ってきているのだ。

 アシュレイは教え込めば、ここに来る羽目になった小さな悪事の様な用事を手伝わせるのにきっと役に立つだろう。


「もうハッキリ言うよ。僕はおじさんと関わりたく無い。おかあさんの事がなくても」


 あまりのしつこさと押しの強さに、とうとうアシュレイが本音を漏らした。

 封魔師は今まで歯向かわれた事の無い人生だったのか、子供の言葉に顔を赤くして怒った。


「お前が拒否するなら、カナロール王にお前の報告をするぞ。封魔師はカナロールに忠誠を誓う。忠誠を誓っていないのに封魔する者を、国が放っておくと思うなよ」


 封魔師は角度を変えてアシュレイを脅す。


「じゃあ、僕は王様におじさんがやった事を色付けてバラシてやる! その前に、おかあさんとどっか遠くに飛んでくけどね!」


 チッ、と、封魔師が舌打ちしたので、アイリーンは彼の顔を見る。

 封魔師もアイリーンを見た。


「お前は、この餓鬼を封魔師にしたいんだろう?」


 アイリーンは静かに頷いた。その横で、アシュレイが不服そうに俯いた。


「こんなチャンスは無いぞ。餓鬼を説得しろ。主の命令を聞いてここまで育てたのだろう?」

『めいれい?』

「子育てを任されたのだろう?」

『……』


 任されたワケでは無いので、アイリーンは首を振る。

 封魔師は怪訝そうな顔をした。


「自分の意思でと言うのか? 何故だ。そもそも、主は何処にいる?」

『……ようまにさらわれた。アシュレイは、ふうましになる。ラナを、たすけなくては』

「お前程の妖魔が、他の妖魔相手に封魔師を必要とする意味がわからんな。封魔師とて無敵では無いぞ」

『ア、アシュレイは、りっぱなふうましになる』

「おかあさん……」


 封魔師は「ははん」と喉から声を出して、顎を指先で擦った。


「お前……恐れてるな? 主が敵わなかった妖魔に自分だけで向って行く度胸が無いんだな?」


 アイリーンはそう言われてグッと息を飲んだ。それは、痛い図星だった。

 肝心な時に動けず、誰かに助けを求める事しか出来なかった後悔と屈辱が重しとなって彼女を恐れさせている。

 そうだ。私は、弱い。何も出来なかった。だから。

 だから、こんな風に思って来たんじゃないだろうか。

 

――――アシュレイが封魔師になったら。


 アシュレイがラナを助ける。

 アシュレイが、果たす。

 だってアシュレイはラナの子供じゃないか。


 アイリーンは不安気に見上げて来る子供を見る。子供の瞳の中で猜疑心が揺れている。


『……ちがう』

「大事大事と育てて来た様子だが、所詮は妖魔だな。底には主の子さえ利用しようとする腹がある」

『……ちがう』

「お前を求めさせ懐かせて、支配しようとしているんだ。そうだろ?」

『もういけ。どこかに』


 いよいよアイリーンは髪を逆立て、牙を剥いた。

 煩わしくて仕方がない。この相手とは思考が違いすぎ、問答が難しくて出来ない。

 思考が違うのは明らかなのに、どうしてか心を抉られるのも厭だ。

 もうこの封魔師には一言も発して欲しくなかった。

 ラミアを封魔しに来たので無ければ、今この瞬間にでも喉笛を掻き切って、海に撒き魚の餌にしてやりたい。


 アイリーンの考えが分かるのか、封魔師は強気でニヤニヤ笑い、腕組みをした。

 

「あの餓鬼を養子にするまで引き下がらんぞ」

『……アシュレイが、いやっていってる』

「お前が言わせている! お前が離れようとしないから!!」

「違う!!」


 アシュレイが身を引き裂く様に叫んだ。

 アイリーンはその声にたじろぎながら、それでも励まされて声を振り絞る。


『わた、わたし、わたし、は、まもる……』

「お前はいなくなった主への忠誠心で気が触れている妖魔だ! それがお前の正体だ!!」

『……? ちが……ちがう……』

「もう帰れ!! ラミアを封魔して帰れ!!」


 クック、と封魔師が薄ら暗く笑った。


「良い事を思い付いた。お前が養子にならんなら、封魔しない」

「!?」

「養子になれ」


 強引な要求にアシュレイが一歩下がり、アイリーンは一歩前へ出た。


『なら、わたしがたおす』

「クハハハ、親と一心同体の子をどうして殺さずに瀕死で返すか知っているか? ラミアの死骸は仲間を呼ぶからだ。一匹やってみろ、街の近くに大量にやって来るぞ」


 封魔師の言葉に、アイリーンは微かに引っ掛かっていた疑問が解けて唇を噛んだ。

 ラミアの子を捕まえた時、アシュレイの同情を無視して殺してしまわなくて良かった。


「ぼ、僕が封魔する!」

「ほう……?」 


 アイリーンは、ラミアの子の力を封じていた不思議な鎖が庭に転がっているのを、チラリと見る。

 試しに触れてみた鎖は、油断していたとはいえアイリーンでさえ一瞬気を失いかけそうになる程力を削ぎ取られる代物だった。

 それでもラミアの子は繋がれた杭から逃げ出した。

 親はきっと相当な力を持っているに違いなかった。


『まだむり』


 急いでアシュレイの勇気を遮ると、封魔師が声を上げて笑った。

 

「だろうな! お前が俺を敵とみなしつつ殺そうとしないのは、俺に封魔させれば餓鬼が安全だからだ」

『……』


 アイリーンは封魔師の目を睨みつけた。

 封魔師も彼女を睨んでいた。彼の瞳の覇気は凄まじかった。

 ラナをちょっとだけ思い出す。

 こいつの目は、紛れもなく封魔師の目だ。妖魔を組み敷く者だけが出来る独特の、屈したくなる目。

 自分に既に主がいて良かった、と、アイリーンは思う。


「さぁ、どうする?」


 封魔師が決断を迫った時、遠くで咆哮が聴こえて来た。

 咆哮は空気を揺らして長く伸び、わんわん響いた。

 辺りの草木が一斉に陰気な音を立てて騒めき出す中、封魔師が低い声を出す。


「来た」


「あっちだ」と、封魔師が咆哮のした方を指差して見せた。

 アイリーンが素直にそちらを見た瞬間、封魔師は素早く懐から液体の入った瓶を取り出し中身を彼女へぶちまけた。


『……あ……?』


 不意を突かれた驚きと怒りが、情けない程小さな声でしか出なかった。

 かけられた何やら冷たい液体は、アイリーンの身体をみるみる冷まし力を奪っていく。


「おかあさん!?」

『アシュ……』


 アシュレイの方へ一歩踏み出そうとして、耐え切れずにガクンと地面に膝を突く。

 封魔師の使い魔がアシュレイを突き飛ばし、アイリーンを抑え付け地面に伏せさせた。


「やめろ!!」


 封魔師に飛び掛かったアシュレイは、難なく大人の腕力で捕まってしまった。

 あがく子供に、封魔師は笑い声を上げ、


「見てろ小僧、封魔師が如何なる妖魔も従えられるところを見せてやろう」

「いらねぇよ! 放せ!!」


 封魔師は新たに召喚した使い魔にアシュレイを押し付けると、ニヤリと笑った。


「これはどうだ?」


 そう言って、ラミアの子が着けられていた物と同じ鎖を取り出した。


「おかあさん逃げて!」

 

 アシュレイの声を聞いたアイリーンの心の中で『逃げなくては』と『放っておけるものか』という迷いが生じ、その隙に鎖は素早く手首に巻き付けられてしまった。

 これでアイリーンは、ラミアの子が自分の想像を上回る強さだったのだと悟った。

 力が抑えつけられる。身動きしようとすれば出来ない事は無い。けれど悪寒が走って、自分の中枢に悍ましいものを捻じ込まれる気分だ。

 封魔師がアイリーンの顔を足で踏みつけ、その傍に唾を吐いた。


「お前のご主人様は封魔だけが芸だったか?」

『……! ……!!』

「どうしてこんな事するんだ!」

「間違ってラミアを殺されたら困る。それに……お前が養子になるのを拒むからだろう」


 ゾッとする程冷たい目をして、封魔師がアシュレイに低い声で言い放った。

 そして彼はアシュレイに「見てろ」と言い、アイリーンの顔を蹴りつけ、喚いた。


「これが封魔師と妖魔だ!! お前は! 妖魔に支配される側じゃない! こうする側なんだ!!」

「やめろ!!」

「『やめろ』じゃないだろ? 『やめて下さい』だ」


 凶悪な表情で言った後、封魔師はピクリと動きを止めた。

 アイリーンとアシュレイの小屋の周りの木々が騒めき、雑木林の奥から湿ったものが這って来る音がする。シューシューと息遣いの音が怒気と共に迫って来る。

 封魔師が手を額に構えた。


「もう突き止めたか。街から離れていて幸運だったな」


 ふと、這う音も不気味な息遣いが消えた。

 封魔師も呼吸と動きを止める。

 どちらの呼吸も同じだけ止まった瞬間、ビュッと空を切る音を立てて青い皮膚の女が飛び出して来た。

 ラミアだ。馬二頭分くらいだろうか? 想像よりも大きい。

 ラミアは鋭い爪を封魔師に突き出したが、封魔師の使い魔が間に飛び掛かり女の腕を食い千切ろうと牙を剥く。

 女は、蛇というよりも、もはや竜の様に太い尾で封魔師の使い魔を叩き落とし、甲高く吼えた。

 尾で叩き落とされた使い魔は、ラミアが目を光らせて睨んだ途端石像になって地面に転がった。

 ゾッとしてアシュレイを探し見ると、封魔師の使い魔に一応守られている様子だ。

 封魔師はというと薄ら笑いを浮かべ、使い魔をどんどん出してラミアをいたぶっている。

 石化する事など大して恐れていないようだ。

 ラミアを街の外へ誘導すれば良いものを、街の方へワザと誘っている様に見えた。

 アシュレイが青ざめて、使い魔の腕の中でもがいている。


「止めて!! そっちへ行かないで!!」

「ははは! 街はこっちだったか?」

「なる! 養子になるから!!」


 アシュレイの叫びに封魔師が高笑いした。

 目を嬉しそうにギラギラ輝かせる封魔師を見て、アイリーンは人間がこんなに醜悪な喜び方するのを初めて知った。

 あれは、ラナを思い通りにした時の妖魔そのものだ。

 あの封魔師は実は妖魔なのだろうか、と、アイリーンは混乱する。


「よし、よし!! ならば、あの妖魔に草を踏ませろ!」

「僕一人で行く!!」

「駄目だ! ラミアを封魔した後で逃げ道を作る事は許さん」


 アシュレイが息を飲むのを気配で感じた。

 その間にもラミアは暴れ、街方向の雑木林の木を薙ぎ倒した。

 そうすると街で一番高い建物の頭が見えた。


「どうする? 街の大勢の人間達か、たった一匹の妖魔の記憶か……簡単だろう? 選べ」


 アシュレイが唇を振るわせた時、いたぶられる状況に激昂したラミアが吼えた。


――――アノコハドコ。


 悲鳴に似た咆哮が、アイリーンにはそう聴こえた。

 そう叫ぶ為にやって来たと分かっていたのに、実際聞くと辛かった。

 

――――カエシテ。


 夜な夜な赤ん坊を探して彷徨った、寂しく狂った日々がラミアの声になって胸に突き刺さるみたいだ。


 あれは、あの頃のわたしだ。

 それから、あの時のラナ。

 そして、あの可愛そうな女。

 皆、同じ顔をしている。

 人間の二人は手放した。

 妖魔のラミアと、わたしはどうする?


 ラミアがまた吼えた。

 同情から同じように吼えてやりたい気持ちになったけれど、そんなの妖魔みたいだから、止めた。



 だって、大事な人なんでしょう?

 僕なんかを育てちゃえるくらい、大事な人なんでしょう?

 『忘れて』なんて、言えないよ。


 

 わたしは、封魔師と妖魔は素敵なリボンでくっついてるものだと思うの。

 あなたにも、そんな封魔師になってほしいの。

 だから、簡単にラナを忘れるなんて言えない。

 そんな事したら、あなたがっかりするでしょう?

 

 でもね、言って。甘えてください。

 わたしはあなたの、だあれ?


 


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