封魔師とラミア⑤
封魔師の喉仏が、ゆっくりと上下した。
封魔師の従える妖魔が動こうとしたが、アイリーンが怒りの色を瞬かせた瞳で見据えると金縛りにあった様に動きを止めた。
「お母さん、待って」
子供が自分では無く、妖魔の母親を止めたのだと分かって、封魔師は唇を噛んで唸った。
「貴様……!!」
「おじさん、妖魔を動かさないで! お母さんは星空に属してる!! 属する力の大きさがそのまま妖魔の強さでしょ!?」
そうだったの? と、アイリーンは呑気に首を傾げた。
アシュレイは、たくさん勉強していたのだなぁと場にそぐわない感心をして、「成程、自分が強いわけだ」と、変に納得したりした。
「小賢しい餓鬼め!! 宙に属するなど神の域だ!! そんな妖魔がこんな所で子守などやっているものか!!」
『やってます』
ギリィ……ッと、アイリーンはサーベルと化した爪を弦楽器を奏でる様にスライドさせた。封魔師の首の皮が裂けて、血が薄っすらと染み出した。良い力加減だ。
アシュレイが封魔師に身を乗り出した。
「おじさん、お願い。僕、封魔は出来るんだ! でも、召喚が出来ないんだよ!! やり方を教えて!」
「あ、た、り、ま、え、だ……!!」
「どうして? 封は解けてる!」
「と、け、て、な、」
「ちょ、聴きにくい。お母さん放してあげて」
アイリーンが封魔師を解放すると、封魔師は膝を突いて咽込んだ。すぐさま、新たに何匹か妖魔を召喚して自分を守る様に壁を作る。アイリーン相手に、多分無駄な壁だが。
アシュレイは初めて見る強そうな妖魔の数々に目を輝かせた。
「大丈夫ですか?」
「……クソッ! お前の印は解け切ってない! 何故だか知らんが、一方通行になっている!! ちゃんとカナロールの王族に開封されてないだろう!?」
「やっぱり……召喚には、どうしても王様と会わなきゃいけないの?」
「知っているなら話は早いな。カナロールで暮らし、来年の開封式に出る事だ!!」
半ば自棄になって言った封魔師の言葉に、アイリーンもアシュレイも目に見えてガッカリした。
「それじゃ間に合わない。僕、ラミアの子を封魔しちゃったんだよ! 召喚出来ないから、親に返せないんだ!!」
アシュレイが打ち明けてしまうと、封魔師がポカンとした後、初めて笑い声を上げた。
「なんで笑うの? 子供を求めて親が街に来ちゃう。返せないのに」
封魔師が腕を組んで偉そうに踏ん反り返った。
この期に及んで、いちいち態度の大きい男だった。
「俺を誰だと思っている? 封魔師だぞ。封魔すれば終いだ」
相当自信があるらしかった。
確かに、彼が召喚した妖魔たちはラミアと同じようにとても強そうだ。
アシュレイがモジモジして言った。
「出来れば親子をバラバラにしたくない」
「フン。なら、お前が召喚出来るまでラミアに待ってもらうんだな」
アシュレイが片手で口を覆って、もう片手で封魔師を指差した。
「あー! あー!?」
純粋な非難のアクションである。
アイリーンもそれに加勢した。
『もともと、おまえのせい!』
「俺は自分の尻は自分で拭える。被害が出ない内にこうしてやって来たろう?」
「もみ消しに来ただけじゃないか」
ふん、と封魔師は鼻を鳴らし、手で何かを払いのける仕草をして見せる。
「何事も起こらにゃ、それでよしだ」
クソである。
しかし、このクソと相対している子供は封魔師の言葉に同調し「そうですよね」と軽く返した。
アイリーンも、街さえ無事なら別に良いかなと思う。
封魔師が来なければ自分がラミアをなんとかしようと思っていたし、それは多分ラミアの命を奪う事になる。封魔されるなら、使い魔になるだけだ。
それほど思い入れも無いし、なんだかもう、この封魔師に深くかかわらない方が良い様な、そんな気になっていた。
アイリーンはなんだか、封魔師のアシュレイを見る目に良く解らない欲望を感じるのだ。それはハッキリとアイリーンに危機感を覚えさせる。
「僕が召喚出来る様になったら、親子を会わせてあげてもらえます?」
「封魔師になるのか?」
封魔師の目が光った。
アイリーンの心を、冷たい何かが掠めて行った。
「……ならない」
「召喚は封魔師になって解印されなければ無理だ」
「でも、封魔は出来たんだから、何か手があるかも知れないでしょ?」
「知るか。一番早いのは封魔師になる事だ」
「……カナロールに住まなきゃダメでしょ?」
封魔師が、少し迷いながら言った。言いながら決心している様子だった。
「……俺が世話してやろうか?」
「は?」
「カナロールで何不自由無く暮らし、勉強させてやると言っているんだ」
『!』
アイリーンが息を飲んだ。
封魔師が言った事は、自分がそうさせてあげたいと思っていた事だった。
彼女は言われた本人でも無いのに胸が高鳴った。……同時に、とても寂しくもあった。
アシュレイはというと、明らかに不審気に封魔師を見ていた。
「どうしておじさんがそんなに親切にしてくれるの……? もしかして、お母さんが珍しい妖魔だから使い魔に欲しいとか? でも駄目だよ、さっき聞いたでしょ? お母さんは既に封魔されてるんだから。……誰の使い魔にもならない」
「違う。俺はお前を養子にしたい」
アシュレイはそれを聞くと、嫌悪感をむき出しにして封魔師を睨んだ。
平凡で温厚そうな少年の顔を、唐突に攻撃的で斜に構えた暗いものに変化させると、唇を片方だけまくり上げて歯を剥いて唸った。
「それって、なに? お母さんをお嫁さんにしたいって事? そんなの……絶対に許さない」
目を底光りさせながら唸る子供に、封魔師は戸惑って否定した。
「いや、なんだそれは。違うぞ?」
「じゃあ何が目的なの? お母さんが凄く綺麗でケッコンしたくなっちゃったのは解るけど、僕は認めない!! お母さんには指一本でも触れさせない。さっきから思ってたけど、おじさんお母さんに近いよ!! 離れてよ!!」
アイリーンから詰めて行った距離感に因縁をつけ始めたアシュレイに、封魔師は戸惑いを隠せない。
チラリとアイリーンを見る封魔師の視線すら、アシュレイは見逃さなかった。
「今、お母さんをいやらしい目で見た!? 汚らわしいよおじさん!! お母さんはホント、そういうのムリだから!! 全然釣り合って無いし!? お母さん、視姦される前に目を潰しちゃいなよ!」
『しかん?』
「僕をダシに、おかあさんの清らかさを汚そうとしてる!! お母さんソイツから離れて!!」
「いい加減にしろ。俺は美女なら見飽きている。妻もいる」
不愉快そうに顔をしかめる封魔師に、アシュレイは青ざめる。
「じゃあ愛人に!? ……このッ淫乱!!」
『いんらん?』
かつて見た事の無いアシュレイに戸惑いつつも、良く解らないけれどこの感情大爆発は自分の為だと思うと、アイリーンはちょっと嬉しい。
封魔師はこめかみに太い青筋を立てて、苛立たしげに吐き出した。
「俺が欲しいのは妖魔の妾じゃない。封魔師の資質のある跡継ぎだ」
「跡継ぎ?」
アシュレイが首を捻った。
アイリーンはと言うと、うなじの毛が逆立つ気分だった。
「そうだ。代々封魔師が欠けない家柄なのだが……子供が皆、資質を持って生まれなくてな……」
「資質って遺伝しないんでしょ? ……なんで王族みたいなの? おじさん王族なの?」
封魔師は肩を竦めて見せた。
「血が混ざっている」
「ふぅん……」
如何にも胡散臭そうに鼻の頭に皺を寄せて、アシュレイは封魔師を見る。
封魔師は嘘を言っているのでは無いのだろう。堂々としていた。
「どうだ。不自由はさせない」
言った後に、チラリとアイリーンとアシュレイの小屋を見て、
「贅沢もさせてやる」
と、言った。
アイリーンとアシュレイは目を合わす。
アシュレイの気づかわし気な目線と、『ぜいたくってなに?』なアイリーンの視線がぶつかって、何の色にも成らずに微笑みが生まれた。
*
利用してやる。
その場の者皆、神でも無いのにそう思った。




