第4話 オフ会当日とフレンドの正体
昨晩できるだけ早めに就寝した甲斐あって、雨宮は時計のアラームが鳴る前に目を覚ました。
あくびをしながら洗面所に向かい、顔を洗って歯を磨く。
いつもなら幼馴染の東條が扉を蹴破って部屋に入ってくるのだが、告白したあの日以来、彼女とは連絡を取っていない。
一緒に登下校したり、学校で話したり、家で一緒にご飯を食べたりしていた当たり前の日常が、崩れ去ってしまった。
洗面所の鏡に映る自分の情けない姿を見て、雨宮は吐き気を覚え、トイレに駆け込む。
あの日のことを思い出すだけでトラウマが蘇り、気分が悪くなるのだ。
下の階に降りると、朝食を作ってくれた杏奈が寂しそうな表情でソファに座り、朝に放送されているアニメを観ていた。
雨宮に気付くと、杏奈は気遣うような笑顔を浮かべて食卓につく。
二人きりの食卓は久しぶりだった。
「ごめんな、杏奈。俺たちが喧嘩したせいで、寂しい思いをさせちゃって……」
あの日、晩ご飯のカレーを作る約束を東條にすっぽかされ、杏奈はショックを受けていた。
彼女を慰めるのにずいぶん時間がかかった。
二人がなぜ喧嘩したのか、杏奈は知らない。
「ううん、いいんだよ。仲が良いほど喧嘩をしちゃうのが友達でしょ? それがたまたま起きただけ。いつか仲直りできるよ、お兄ちゃんと千歌お姉ちゃんなら」
「あ、ああ。そうだな、そうだといいな……」
東條は「当分」と言ったが、このままだと二度と家に来ないかもしれない。
彼女を姉のように慕う杏奈に、喧嘩した理由を打ち明けられる気がしなかった。
「お兄ちゃんは、今日なにか予定があったよね?」
「あ、うん。友達と待ち合わせをしててさ」
相手は先輩かもしれないし、社会人、あるいは高齢者かもしれない。
だらしない格好ではいられないと、雨宮はこの日のために入念に準備してきたのだ。
使い慣れないワックスやスプレーで髪をセットし、専門店で買ったポロシャツとズボンを着て、できるだけ清潔感のある身だしなみを意識するのだった。
「もしかして女の人だったりして……?」
杏奈はグラスの水を飲みながら、ジトッと雨宮を見つめる。
それが喧嘩の原因かもしれないと、少し疑っているようだ。
「まっさか、男だよオトコ。俺が、千歌以外に女友達がいるように見えるか?」
「男友達も少ないじゃん」
痛いところを突いてくる杏奈に、雨宮は苦笑いを浮かべる。
その後、もっと爽やかでモテそうな笑顔を練習しろと杏奈に注意されたのは言うまでもない。
ネットでしか交流してこなかった大親友と、ついに現実で顔を合わせる。
誘われたときは乗り気にはなれなかったが、東條に完膚なきまでにフラれたトラウマを紛らわすため、今では逆に楽しみになっている。
友達と休日に遊ぶのは、わんぱくだった小学生以来だ。
高場街、噴水前待ち合わせ場所に到着した雨宮は、携帯を開いて時間を確認する。
(まだ10分前か……一応メールしておこう)
土曜日の昼頃だけあって、噴水前は待ち合わせ中のカップルで賑わっていた。
自分とは比べ物にならない美男美女率の高さに、雨宮は浮いている気分になり、噴水から少し距離を取る。
『待ち合わせ場所に到着したぜ☆』とメールを打って送信する。
同級生とバッタリ会ったら恥ずかしいので、早く合流してこの場を離れたい。
注射を待つ子供のような深刻な表情で待つこと1分。
噴水の反対側がやけに騒がしいことに気付き、雨宮は視線をそちらに移す。
「あの子って日本人? めっちゃ可愛いんだけど!」
「お肌白くて素敵……」
「何であんな所で一人立ってるんだ? もしかして彼氏待ち? いいな〜」
「あの子をナンパしてみないか、な?」
「却下、よく見てみろ。ナンパ慣れしてるのか、一見普通そうに見えて、ただならぬ『お断りします』オーラが漂ってる。声をかけるだけ無駄だろ」
有名な芸能人でもいるのか、人だかりができている。
男女問わず、みんな顔を赤らめて黄色い声を上げていた。
雨宮も気になり始め、噴水の反対側へ移動して集団に紛れ込む。
どこの有名人が注目を浴びているのか、背伸びして確認すると——
「えっ!?」
雨宮は慌てて身をかがめ、「コスプレイヤー?」と感心する外国人の背中に隠れる。
噴水前に立っていたのは、よく知る同級生だったからだ。
しかも、同じクラスの後ろの席でいつも静かに座っている、あのスウェーデン人ハーフの美少女。
(か、カリーナさん!?)
バレないよう、もう一度背伸びして確認してみる。
学校の制服だけでも美しいのに、白い肌に映える白いブラウスと可愛らしいリボン、膝下まで伸びた黒いロングスカートにブーツ。
彼氏と待ち合わせでもしているのだろうか。
普段は物静かだが、彼氏の一人や二人いてもおかしくない美貌だ。
何も不思議な光景ではない。
(羨ましいけど、俺には関係ないか……)
普段よりおめかししたカリーナに見惚れていると、携帯が鳴る。
ドラゴンヘッドからの返信だ。
『俺も着いたけど、レインさんはどこにいるッスか?』
到着報告だったが、人が多すぎる。
カリーナに引き寄せられた人混みの中では特定の人を見つけるのは難しいと判断し、雨宮は予定変更のメールを送る。
『人が多いし、待ち合わせ場所を予定してた喫茶店に変更しないか?』
『合点承知の助ッス』
すぐに承諾されてホッとした雨宮は、一人で喫茶店に向かう。
時折振り返り、自分と同じように喫茶店へ向かいそうな人を探してみるが、人混みが急に解散し始めたせいで、ますます見つけにくくなってしまう。
(本当に来てるのか……?)
喫茶店見渡す限りカップル、カップル、カップル。
ケーキに食らいつく女子集団や、高級な服を着たご婦人たち。
気まずい。
学校と同じく窓際のテーブルなので外から通行人に覗き込まれて、恥ずかしい。
向かい側に男が座るのだから、周りの注目は避けられないだろう。
ゲイカップルだと思われてしまう。
ドラゴンヘッドはなぜこの店を選んだのか。
雨宮は頭を抱える。
それでも、もう後には引けない状況だ。
寝たふりでやり過ごすこともできない。
彼女を待つ彼氏のように背筋を伸ばし、堂々と振る舞うしかない。
「いらっしゃいませー。1名様でよろしかったでしょうか?」
後方で店の扉が開く音が聞こえ、雨宮は肩を震わせる。
(まさか、もう来たのか?)と思った直後、噴水前と同じように店内で男女問わず黄色い声が上がる。
「綺麗~」「白い~」といった声に、雨宮は耳を疑う。
そんな偶然があるわけないと、妹に注意されたばかりの苦笑いを浮かべる。
『店に着きましたッス。どの席に座ってるか分かんないんで、手を上げてもらってもいいッスか?』
ドラゴンヘッドからのメールだ。
苦楽を共にしたフレンドであり大親友、かけがえのない相棒との顔合わせの時が、ついに訪れた。
緊張で体を震わせながら、雨宮はゆっくり手を上げる。
「待たせちゃってごめんね。人混みから抜け出せなくて、遅れちゃった……」
フワリと良い香りがしたかと思うと、向かいの席に何気なく座ってきたのは男ではなかった。
犬でも猫でもなく、女の子だったのだ。
しかも、雨宮がよく知る銀髪と雪のように白い肌の持ち主。
目を丸くして固まっていると、相手も同じく口を開けて驚いている。
その仕草すら絵になるほど可愛く、愛おしい。「……雨宮くん!?」
「か、か、か、カリーナさん!?」
信じられない。
夢かと目を擦ってみるが、現実だった。
ずっと一緒に遊んでいたフレンドの正体は、自分とは一切関わらないと思っていた高嶺の花。
多くの男女生徒を虜にしてきたスウェーデン人ハーフ。
高校一の美少女、カリーナだったのだ——




