第1話 オフ会の約束
〈今度、二人だけでオフ会をしてみないスか?〉
PC画面に表示されたゲーム内のチャットを見つめながら、雨宮孝明は困惑した。
フレンドから「オフ会」の誘いが届いたのだ。
知り合って間もない相手なら、丁寧にお断りしていただろう。
しかし、フレンドの『ドラゴンヘッド』とは三年の付き合いになる。
現在プレイ中のファンタジーRPG『アルカディア・ファンタジー』。
このゲームのPC版がリリースされた当初、ドラゴンヘッドとは最初のギルドで知り合った。
初めこそ、それほど親しい関係ではなかったが、ある出来事をきっかけに意気投合。
二人でパーティを組んで難しいクエストに挑戦したり、一晩中チャットで語り合ったりと、時間が経つにつれて相棒のような関係になっていた。
現実世界の話題はあまりしてこなかったが、まさかドラゴンヘッドからオフ会の誘いが来るとは、雨宮は思ってもみなかった。
〈お、お、オフ会ね。い、いい、じゃない〉
〈レインさん、震えてキーボード打ってないッスか?〉
雨宮のアバター名は『レイン』。
ゴツい重装備のドラゴンヘッドとは対照的に、軽装の魔法使いだ。
雨宮は手の震えを抑えつつ、慎重にチャットを打ち込む。
〈けど、急にオフ会を開きたいってどういう風の吹き回し? ドラゴンヘッドさんはそういうの興味ないと思ってたけど〉
〈長い付き合いだし、リアルでも一回会ってみたいかなーって〉
雨宮はさらに頭を悩ませた。
ゲームのフレンドと現実で会うなんて、今どき珍しいことではない。
スマートフォンでハイクオリティなゲームを手軽に楽しめる現代では、ゲームにこれまで縁のなかった層にも浸透している。
MMORPGで知り合ったフレンドとビデオチャットをしたり、顔出し配信をしたり、中には結婚するカップルもいる。
ゲームを通じて知り合った人と現実世界で交流するなんて、今さら珍しいことではない。
〈レインさんは、嫌だったッスか……?〉
ドラゴンヘッドとは現実の友人より気が合い、話も合う(主にゲームの話題)ため、雨宮にとっては嫌ではなかった。
しかし、雨宮孝明は生粋のコミュ障だ。
(ドラゴンヘッドとオフ会をして、俺のパーソナリティに幻滅されたらどうしよう……!)
ゲーム内のレインと現実の雨宮は、喋り方や性格があまりにかけ離れている。
気軽に「おはよう!」なんて挨拶はできないし、「俺に任せて、ドラゴンヘッドは回復に専念してくれ! コイツは俺一人で十分だ!」なんてカッコつけた台詞も言えない。
雨宮は所詮、十七歳の高校二年生に過ぎないのだ。
昨日の友が今日は他人、なんてことは絶対に避けたい。
ドラゴンヘッドとはこれからも一緒にクエストに挑んだり、レベル上げをしたり、会話を楽しんだり、いつも通りの相棒でいたい。
だから、雨宮が選んだ答えは。
〈オッケー、オフ会やろう! 俺は学生だから土日が空いてるんだよね。ドラゴンヘッドさんはいつ暇?〉
やっちまった、やっちまった!
人の頼みを断れない自分の性格を呪い、雨宮は涙目になりながらドラゴンヘッドの返答を待つ。
〈やった! 俺も土日空いてるから、そうッスね……今週の日曜なんか、どうスか?〉
〈了解、場所はど、ど、ど、どうする?〉
〈チャットおかしくなってるしw じゃ、〇〇県の白世市の……〉
雨宮は小さく声を上げて驚いた。
自分が住んでいる町だったからだ。
〈俺も白世市だよ! 近いじゃん!〉
〈え!? マジッスか! 偶然すぎッしょ! じゃ、高場街は知ってるッスか?〉
〈歩いて二十分の場所にあるよ。そこを待ち合わせ場所にする?〉
〈そこにするッス! じゃ、店は……〉
こんな偶然があるのか、と雨宮は唖然とした。
ドラゴンヘッドが自分の住所を掴んでいて、学生である自分を誘拐する計画を立てているのでは、とありえそうな疑念を抱く。
しかし、彼のチャットを見る限り、心底喜んでいるように感じられ、今さら中止にすることもできなかった。
〈喫茶店なんかどうッスか? 『ヴィドラ』って名前のカフェなんスけど〉
〈ヴィドラって、あのヴィドラか!?〉
ドラゴンヘッドが提案した店は、女性や若いカップルが行くようなおしゃれな喫茶店だった。
雨宮は額の汗を拭い、信じられないといった表情で画面に映る店名を凝視した。
〈難易度高すぎないか……?〉
〈そこがいいッス! そこの苺ショートケーキが、有名な番組で紹介されるぐらい話題なんスよ。一度ぐらい味わわなきゃ人生損ッス!〉
〈あ……そうなの〉
ケーキが目当てかよ、女々しいな。
なら一人で行けばいいのに、と雨宮は内心で突っ込んだが、ドラゴンヘッドの頼みなら付き合うしかなかった。
〈悪いけど、そろそろ落ちるよ。明日も同じ時間帯でログインするから、続きはその時にまた話そう〉
〈おっけー! こっちも朝早いんで寝まーす!〉
《ドラゴンヘッドさんがログアウトしました》
ドラゴンヘッドのログアウト報告がチャット欄に表示された。
競争してるわけじゃないのに、いつも雨宮より早くログアウトする。
いつものことなので特に何も思わず、雨宮もログアウトしてPCの電源を切った。
デスクトップの柔らかな光が消え、部屋は一瞬にして暗闇に包まれた。シャッターが閉まっているため、外の太陽の位置や時間は全くわからない。
確認するのも面倒で、雨宮はそのままベッドに飛び込んだ。
眠気に抗えず、そのまま眠りにつこうとした。
「孝明! もう朝よ! なんでまだ寝てるの!?」
部屋の外から声が聞こえ、雨宮は目をぱっちり開け、天井を見上げた。
まさに眠りに落ちる瞬間だったのに、誰かが遠慮なく部屋に入ってくる。
「千歌……?」
「今晩も徹夜してゲームしてたでしょ! 程々にしなさいって何度言えば分かるのよ!? 毎朝起こす私の身にもなりなさいよ!」
部屋に入ってきたのは東條千歌。
モデルのようにスラリとした体型に、艶やかな黒髪のロングヘア。大人びた雰囲気を持ちつつ、制服がよく似合う。
気が強い性格も相まって、男女問わず高校で人気を誇る雨宮の幼馴染だ。
「うそ、もう朝なの? てっきりまだ夜中かと」
「そんなわけないでしょ! 時間感覚を忘れるほどゲームに没頭してたの!? 全く、何がそんなに楽しいのか理解できないわ。その時間をもっと生産的なことに使いなさいよ」
同い年の高校生なのに、まるで母親のようだ。
正論すぎて反論できず、雨宮は素直に感謝することにした。
「いつもありがとう。朝早く起きられるのは千歌のおかげだよ」
「っ! ふん! 徹夜してるくせに何よ……いいから早く顔を洗って下に降りてきなさい」
毎朝、夜更かしや徹夜する雨宮を遅刻させないよう、東條が起こしに来る。
いつからそうなったのか覚えていないが、小学生からの習慣になっているので、雨宮は深く考えなかった。
「「「ご馳走様でした」」」
食卓には雨宮と妹の杏奈、そして東條の三人が集まっていた。
雨宮の両親は海外出張中で、しばらく妹と二人暮らしをしている。
東條は両親の許可を得て、雨宮家の食卓に同席している。
二人だけだと寂しいから、という理由だ。
「へへー、千歌お姉ちゃん、私の作った卵焼き美味しかった? 砂糖をたっぷり入れて甘くしてみたの!」
中学の制服を着た杏奈が、目を輝かせながら東條に尋ねた。
今日の朝食は杏奈が作ったのだ。
「ええ、もちろん美味しかったわ。砂糖を使ったのに焦がさず焼けたんだから、上級者と言っても過言じゃない。そのまま精進しなさい」
上から目線で杏奈の料理を評価する東條。
それもそのはず、杏奈に料理を教えたのは彼女なのだ。
「やったー! 千歌お姉ちゃんから高評価もらえた!」
杏奈はぴょんぴょん跳ね、全身で喜びを表現していた。
始めたての頃はボロクソに言われたのだから無理もない、と雨宮は苦笑する。
「じゃあ、もう時間ね。杏奈ちゃんも遅刻しないよう、早く支度しなさい」
また母親のような台詞を口にする東條。
雨宮と杏奈は「はーい」と子供のような返事をした。
たまに厳しいけど面倒見がよくて優しい、高校で大人気の東條が、雨宮は大好きだった。
学校が終わり、すぐに帰宅した雨宮はPCを立ち上げ、ゲームにログインした。
ドラゴンヘッドはすでにログインしていた。
ログアウトもログインも相変わらず早い人だ。
そんな彼に、雨宮は恋の相談をしてみることにした。
〈好きな人がいてさ、告白しようと思ってるんだけど……〉
〈ま、ま、ま、ま、ま、マ、マジで、で、で?〉
震えてキーボード打ってないか?
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