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#93 盟友との約束

 パァンという号砲の音に、ランナーたちが一斉に飛び出す。すると、周囲を一瞥すると我先に、とばかりにひとりの選手が先行し始める。春奈はその背中を鋭く睨むと、昨日すれ違いざまに沙佳が言った言葉を思い出す。


(冴島先輩、ジョアンナさんには気をつけてください。ジョアンナさんの挑発に乗ってはいけません――)


 沙佳の言葉通り、真っ先に飛び出したのは水色のユニフォーム――山川学園の留学生、ジョアンナ・キプコリルだった。ジョアンナはサッと飛び出すと一瞬振り向いて、誰も追随してこないとわかると不服そうな表情を見せて再びスピードを上げた。春奈は、並走する選手たちの様子を見た。すぐ隣を走るシラも、その隣にいる仙台共和大高のガドゥニ・ワンジラも、ジョアンナに追随する様子はない。ふとシラと目が合うと、シラは春奈に向かってウインクして見せた。春奈は、頷いて応える。


(オッケー!)


 春奈とシラ、ガドゥニがそれぞれスピードをじりじりと上げていく。ジョアンナはすでにかなりの差をつけているが、その背中は遠ざかる様子はない。確信したように、春奈はそのスピードをキープしたまま前へと進んでゆく。


(よし! Keep Going!(この調子で行こう))




 春奈たちに続く第2グループは、みるほが要注意人物として名前を上げた宮城高校のエース・鈴木葵と一美、そして菜緒が集団を引っ張っていた。一美がちらりと横を向くと、長身の菜緒と目が合った。菜緒は、小さく左手をサムズアップしてみせる。呼応するように、一美も頷くとペースを上げた。それに葵も気づくと、三人が集団から抜け出す形となり、前を行く春奈たちを追う格好となった。


(…あの子ら、なんちゅうペースで走っとるん…?)


 菜緒は、思わず心のなかで呟いた。この1年で一気にタイムを伸ばした一美に追随するのもやっとなのに、それをはるかに上回るペースで春奈たち先頭集団の姿が遠ざかっていく。かと思えば、すぐ横を走っていた一美は葵と争うようにしてどんどんペースを上げている。気がつけば、背後からは一度は突き放したはずのオレンジのユニフォーム――拓洋大弘前のエース・星川美月が近づいてくる。


「あぁ…、くそっ!」


 菜緒は苦々しい表情を浮かべると、一美の背中を追うように再びスピードを上げた。




 春奈たちはジョアンナを捉えると一気に抜き去り、先頭は春奈とシラ、そしてガドゥニの3人の争いとなった。みるほは、春奈たちが1キロを過ぎたところで手元のストップウォッチを確認すると思わず目を見開いた。


「3分フラット…!」


「えっ!?」


 思わず、彩夏たちが一斉に振り向く。手元の双眼鏡で春奈の表情を覗き込んだみるほは、大きく頷いて彩夏に答えた。


「表情は余裕があるので大丈夫だと思います。酒田学院のカマシも以前負けたとはいえ、ほぼ互角の勝負だったので作戦はあると思うんですが…、共和大のワンジラが全然読めませんね…」


 彩夏たちのすぐ後ろで腕を組んで戦況を見つめていたひかるが、険しい表情のまま呟いた。


「聞いてる限りだと、タイムはまだ劣るけど去年までいたエレナ・ジオンゴよりも強い走りをすると言われてる…正直、大きなレースに出てくるのが初めてだから、仕掛けどころが見えないね」


 ひかるたちが心配そうな表情で見つめる先には、先頭でレースを引っ張る春奈の姿があった。レースは半分を過ぎ、春奈たち3人と後続の差は大きく開いている。




「残念やったな…春奈は?」


 電話口の秋穂に、怜名はタオルで髪を拭きながら答える。先程の落水でユニフォームもびしょ濡れになり、急いでシャワーを浴びてきた怜名はうんざりした表情を浮かべていたが、レースの様子を目にすると早口でまくしたてた。


「春奈、残り1キロでシラと競ってるよ! ただ、隣の共和大の1年の留学生もかなり速いね」


 ガドゥニは相変わらず春奈とシラのすぐ後ろに位置取り、スパートのタイミングを窺っているように見えた。春奈がシラを警戒していることは明らかだったが、シラとともにたまにガドゥニの方を振り向いては気にする様子が目につく。怜奈は、目を細めると険しい顔つきで呟いた。


「…怖いな…」




 フィニッシュ地点にある掲示板の数字が「2」から「1」へと変わる。コーナーを抜けた春奈とシラ、そしてガドゥニが直線を駆け抜けると、ゴール地点に陣取る係員が勢いよく鐘を鳴らす。


「あっ!」


 戦況を見守っていたみるほ達が、思わず声を上げた。ここまでずっと春奈とシラの背後についていたガドゥニが、鐘の音を聞いた瞬間後ろから飛び出す。追ってシラ、春奈の順にスピードを上げてゆく。


(…来た!)


 前回、シラに敗れた時から春奈はラストスパートへの対策を練ってきた。すぐさまシラに追いつくと、その前にいるガドゥニにも再び並ぶ。バックストレートに入り、再びガドゥニがスピードを上げたのを春奈は見逃さなかった。すぐさま追いすがり、ふたりが並ぶように最後のコーナーへと進んでゆく。シラは、ふたりの猛烈なせめぎ合いに加わることができずにじりじりと差が開いていく。


「春奈…!」


 怜名はひかるの隣に座ると手を組み、厳しい表情で春奈を見つめた。春奈は決して短い距離でのスパートは得手とは言えない。重点的に取り組んできたポイントとはいえ、仮にホームストレートへ戻っての勝負にもつれ込んだとすれば――春奈は、すぐ横のガドゥニを見た。その視線に気づいたガドゥニは、睨み返すでもなくニヤリと不敵に微笑む。


「……!」


 スワヒリ語だろうか、ガドゥニは何事か叫ぶと三たびスピードを上げた。春奈には、限界が近づいていた。力を込めて腕を振っても思うようにスピードが上がらない。息があがり、表情が一段と険しくなる。ホームストレートに入ると、並んでいたガドゥニが前方へと飛び出していく。


(この人…速い!)


 ガドゥニが両手を大きく広げてゴールラインを超えていく姿を、春奈は暑さと息苦しさで朦朧とする視界で呆然と眺めていた。




「ああっ」


 全国進出となる6位に、仙台共和大高の新キャプテン・石元仁美(いしもとひとみ)が滑り込むと、すぐ後方から追いかけていた一美が思わず声を上げた。一美はゴールラインを超えるとすぐ春奈の元に駆け寄り、頭を下げた。


「ごめんサエコ、粘れなかった」


 春奈は一美を抱きとめると、背中をポンポンと二度叩いてすぐ隣を見た。仙台共和大高の選手たちはニコリともせず、ゴールしたガドゥニと仁美が揃うとメンバーがスタンドの応援団の方を向き、一斉に頭を下げた。観客席からは、大きな拍手が沸き起こる。その様子をひかるは無言で眺めていたが、彼女たちを称える応援団の歓声が聞こえると、悔しげにぐっと唇を噛んだ。


(まだ足りないか…、彼女たちを超えなければ、全国優勝はない…!)




「そうか…」


 ガドゥニに敗れて肩を落とす春奈の頭を、秋穂は慰めるように撫でた。春奈は唇を噛み締めると、目元にはうっすらと涙が光っていた。


「勝って、秋穂ちゃんに…いい報告をしたかったのに」


 秋穂は首を横に振ると、ひとつため息をついて答える。


「でも、2位やったら全国じゃろ? 純粋にすごいことやと思うよ。決勝でもっとすごい人らと戦えるんやけん…そこで、いい結果が残せたらええよ。春奈なら、絶対にできるけん」


「秋穂ちゃん…」


 春奈の目から涙がこぼれる。静かに顔を上げると、頬を紅潮させたまま秋穂の目を見て、口を開いた。


「わかった…! 絶対、全国で優勝してくるから…約束するよ」




<To be continued.>

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