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#92 熱戦の幕開け

東北高校選手権(インターハイ)を翌日に控えた午後、出場する春奈たち8人は、ひかるの号令で多目的ルームへと集められていた。


「あれ、みるほちゃん、いつもの紙は?」


これまでであればマネージャーたちが作った紙束のごとき資料が事前に配られ、それを熟読してレースに備えるというのが常だった。春奈が訊ねると、みるほは笑みを浮かべて首を振った。


「紙だといちいち印刷するのも大変だし、邪魔になるから今回からはデータしたんだ!今、携帯でも見れるページをメールで送ったから、ここに書いてあるIDとパスワードでログインしてみてね」


そういって、みるほはスクリーンに指示棒で向けた。その情報を携帯電話に打ち込むと、他校の選手のデータが事細かに表示される。


「おおおぉぉ!すごいね!」


「いつの間にこんなの作ってたの!?」


驚嘆の声に、みるほたちマネージャーは誇らしげに微笑んだ。パソコンの操作に明るいみるほが中心となって、各校のデータを集めたという。ひかるは、マネージャーたちを労うと口を開いた。


「今世の中は、どんどんデータになってってるからね。せっかく使えるデータがあるんなら、すぐにパッと開けたほうがキミたちにも使いやすいでしょ」


「すごいですね!」


春奈が言うと、ひかるはニヤリと口元を緩めた。


「これで、行きの電車でバラバラ資料広げなくてもいいってわけ。出発が早いから、今日ざっくりとチェックしちゃって明日に備えよう」




朝からの強い日差しが、トラックに照りつける。ひかるを中心に、出場するメンバーが円陣を組む。2,000m障害の怜名、800m走の佑莉に、5,000m走に出場する春奈、一美、菜緒、真理、そして恵理子が輪になって肩を組んだ。ひかるが、ひときわ大きな声を張り上げる。


「さぁ! これから本番だ。決勝で6位までに入れれば全国に行ける。今日は、皆それぞれが自分のベストを尽くして頑張ろう」


「「ハイ!」」


全員が声をあげたのを確認すると、ひかるはニヤリとして一美の方を向く。


「じゃ、濱崎先輩。いつものアレ、頼みますよ」


「えっ!? たまには別の人でも…」


「それやったら、ウチが!」


一美が躊躇すると、お笑い好きの血が騒いだのか菜緒がすぐさま手をあげる。


「じゃあ、わたしやります」


今度は、春奈がそれに続く。


「わたしやりたいです!」「ウチ行きましょか?」「じゃあ、わたしが!」


怜名に佑莉、1年生の恵理子も次々と手を上げる。すると、赤面した一美が観念したようにおずおずと右手をあげた。


「じゃ、じゃあわたしが…」


「「どうぞどうぞどうぞ!」」


部員たちは、思わず顔を見合わせて大きな笑い声をあげた。菜緒はしてやったり、という顔をするとひかるとハイタッチを交わした。ひかるが一美の背中をポーンと叩く。


「フフフ、茶化してゴメン、キャプテン。ここはやっぱりさ、キャプテンがシメてほしいな。お願いしますよ!」


一美が、照れくさそうに声をあげる。


「じゃあ…行くよ! 優勝目指して!」


「「全力疾走!」」


「絶対行こう!」


「「全国インハイ!」」


「絶対勝ち抜く!」


「「精神力! 努力・全力・団結力!」」


「うちらは秋学(アキガク)!」


「「ナンバーワン!」」


「ゴー…」


「「ファーイ!」」


笑顔で右手を掲げる部員達を見ながら、ひかるは二度三度と手を叩いた。


「いいね! さぁ、行こう!」




先に2,000m障害に臨んだ怜名は、予選2組の先頭を走っていた。最終周の鐘が鳴り、まずひとつ障害を超えると最後の水濠に向かって一直線に走っていく。すると、


「怜名、後ろ!」


怜名のすぐ後ろを、他校の選手たちが猛然と追随する。怜名はその選手を一瞥すると、すぐ前を向きジャンプの体勢に入る。が、後続の選手も離れる気配はない。障害を超えようと、怜名の小さな姿が飛び上がったその瞬間だった。


「危ない!」


ジャンプの瞬間に他の選手と交錯してしまった怜名の身体は、バランスを崩して勢いを失い、そのまま水濠の中へと倒れ込んだ。すぐさま起き上がるが、他校の選手たちはすでに水濠を抜け出している。


「ぐっ…!」


水濠は深いところで70センチを超える。身長が150センチに満たない怜名はもはや全身が浸かってしまい、髪からも水が滴り落ちる。ただでさえ不利な状況に、水で濡れたユニフォームやシューズがまとわりつき、思うようにスピードが上がらない。怜名がゴールしたのは、先頭のランナーがゴールラインを超えて1分以上経ってからのことだった。


「怜名先輩!! 大丈夫ですか!?」


慌てて舞里奈がタオルを持って駆け寄ると、怜名は結っていた髪をほどいてぶるぶると子犬のように身体を震わせ、天を仰いだ。


「ああ〜、悔しいーー!! あそこでコケなかったら全国行けたのに…!ホンットに悔しいーー!!」


「怜名…」


春奈たちが沈痛な面持ちで怜名を見つめていると、気づいた怜名はこの後の800m走に出走する柿野佑莉(かきのゆり)の元へ駆け寄り、佑莉の手を激しく上下に振った。


「ゆりりん、頑張ってね! 絶対全国行ってね! 応援してるから!」


佑莉は眼鏡を直すと、表情を引き締めた。


「オッケー、任せといて! マキレナちゃんの無念、晴らして来んで!」




佑莉は第3コーナーを回るとぐいとペースを上げ、先頭の3人に次ぐ位置につけた。勢いそのままに最後の直線に入ると、3番目のランナーを一気に抜き去る。


「カキ! カキ! いいよいいよ! 行け行けー!!」


ひかるも振り上げた拳に力がこもる。そのままの勢いでゴールを決めると、部員たちの陣取るスタンドに向かって両手を高く上げた。決勝レースで3位――


「カキ! やったね!」


スタミナに課題のある佑莉に800mへ専念することを進言したひかるは、してやったりという表情で二度大きく手を叩いた。


「ゆりりーん!! やったね、すごいよゆりりん!! おめでとう!」


「やったー!!」


怜名に呼応するように、普段はどちらかといえばクールな佑莉が感情を顕にしてガッツポーズをみせた。春奈たちも、佑莉に応えるように大きな歓声を送る。春奈は、一美たちと頷き合うと表情を引き締めた。


「じゃあ、わたしたちも行こう!」




「錚々たるメンバーですね…」


スタートラインに続々と並ぶ選手たちを見て、舞里奈がため息を漏らした。優勝経験のある仙台共和大高と、強豪の山川学園が出場する東北大会は全国有数の激戦区だ。さらに、それらの強豪に惜しくも競り負け全国高校駅伝に出場を果たしていない学校にも、全国上位の実績を持つ選手たちが存在する。


「さーやは、山川の選手のことで何か言ってた?」


沙佳から元々のチームメイトだった山川学園の選手について聞いてきたという舞里奈は、彩夏の質問に眉をひそめると首をかしげて言った。


「3年生にジョアンナ・キプコリルという留学生選手がいるんですが、良くも悪くもマイペースな選手で、序盤から無闇に飛び出して終盤にバテてしまうことがあるので、ペースが読めないと言っていました。皆さんに影響がないといいのですが…あと、キャプテンの橋本さんも、先日の記録会で共和大の石本さんに先着しています。このふたりが、おそらく上位6人の争いに絡んでくるのではないでしょうか」


『30秒前!』


スターターの声がトラックに響き、春奈たちがルーティーンを始めたのが見える。みるほも、手元のノートパソコンを開くと口を開いた。


「その2人よりも持ちタイムだけで言えば良いのが、宮城高校の鈴木葵さん。宮城は共和大に勝っていないので高校駅伝には出てきていないですが、実力だけで言えば県内の日本人ラナーではナンバーワンだと言われています…一美先輩とタイムがさほど変わらないので、ちょっと怖いですね」


『20秒前!』


彩夏も、構えたビデオカメラを覗き込みながらつぶやく。


「留学生はキプコリルと共和大のワンジラ、あと酒田国際のカマシ…みるほ、カマシって、確か春奈と秋穂に勝った子だよね?」


「そうですね…あの時は春奈ちゃんが調子悪かったとはいえ、終盤で秋穂ちゃんとのスパート合戦に逃げ切ってますからね…強いですね」


みるほは、双眼鏡を下ろすとため息をついた。


『10秒前!』




春奈、一美、菜緒、真理、そして恵理子。5人は、右手の拳を重ね合わせると、覚悟を決めたように笑みを浮かべてスタートラインへ向かう。春奈がスタートラインにつくと、すぐ横にはカマシ――酒田国際高校の留学生、シラ・キビイ・カマシの姿があった。かつて春奈が敗れた相手だが、秋穂とともにその実力を称え合い、大会で会えば言葉を交わす戦友とも言えよう。


「…シラ! 頑張ろうね!」


「…オーケー! ハルナ、ガンバリマショウ」


ピンと張り詰めたスタート前の空気の中、春奈が小声で話しかけるとシラは屈託のない笑顔で微笑み、春奈の背中をポンと叩いた。


スターターの女性がピストルを掲げる。春奈は、表情を今一度引き締めた。間もなく始まる激しい闘いに、春奈は深く息を吸い込むと前を向いた。


(…絶対に…勝つ!)




<To be continued.>

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