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#76 春奈、リハビリの日々

 全国女子高校駅伝を終え、新たな年を迎えた秋田学院陸上部は新たな体制づくりに向けて動き出していた。その前に、主力メンバーは毎年行われる都道府県対抗駅伝に選出されるが、春奈に関してはいつもと様子が違うようだった。


「そうか…、残念だったね」


 電話口の史織は、少し寂しげに答えた。全国女子高校駅伝で負傷した右足の肉離れが快癒しておらず、出場を見合わせることを神奈川チームの史織に伝えていた。春奈は、少し伸びた髪を手でクルクルといじりながら、小さくため息をついて史織に答えた。


「こんな怪我したの初めてなので、どうしていいのか…早く練習始めないと…」


 春奈がそこまで言うと、史織は表情を険しくした。


「あー…、春奈ちゃん、走りたいと思ってるでしょ」


「…どうしてわかったんですか!?」


「分かるよ。春奈ちゃん、責任感強いから焦ってすぐに始めようとするだろうな…と思って。怜名ちゃんによく言っておくね。春奈ちゃんのことよく見張っておくようにって」


 史織にそう言われ、春奈はムスッとした表情を浮かべて言った。


「もう、すでに怜名にマークされてます…無理するの分かってるって。あ! 今度の都道府県対抗、怜名が出ることになったのでよろしくお願いします」


 春奈の代わりに秋田県チームのメンバーに選ばれた怜名は、同じく出場の決まった一美、秋穂たちと調整を続けていた。


「ホントに!? 怜名ちゃんに久しぶりに会えるの楽しみだね。…そういえば春奈ちゃん、今日は何か用があるの?」


 史織に聞かれた春奈は、要件を思い出してハッとした表情で訊ねた。


「さすがに走るのはムリなのは分かってるんですけど…ウエイトトレーニングもやった方がいいって聞いたんですけど、あんまりピンとこなくて…史織さん、ウエイトってされてますか?参考にしたくて…」


 電話口の春奈の声が、熱を帯びてくる。史織から知識を吸収しようとする春奈の声を聞きながら、史織は思った。


(ホント、この子はどこまで貪欲なんだろう…これから、もっと伸びるんだろうな…春奈ちゃん)




 その頃、寮の2階にある資料室では、マネージャーの彩夏とみるほが膨大な資料に囲まれて頭を抱えていた。


「ううう…全然終わらない…!」


 ビデオカメラから取り込んだ動画を編集していた彩夏が、頭を抱えて机に突っ伏す。横目で表計算のソフトを使いこなすみるほを見ると恨めし気に呟いた。


「丹羽ちゃんはパソコン使えるから作業速くていいなぁ…余裕でしょ?」


 彩夏がそう言うと、みるほは目をつぶって全力で横に振った。


「まぁ、そうなんですけど…それにしたってこの膨大な資料、どうやってパソコンに取り込めば…!?」


 みるほは手にしていたバインダーを投げ出すと、大きくため息をついた。


「っていうか、この資料って、新しい監督さんからの指示って聞いたんですけど…彩夏先輩、詳しいこと知ってますか?」


 彩夏は眉間にしわを寄せて、無言で首を振った。


「詳しいことは全然…でも、今度の監督さん、女子部のOGから選ぶってことだけ聞いたけど、校長先生から」


「ええっ!? そ、それじゃあ、男子部と女子部で別々の監督さんになるってことですか?」


 みるほは思わず驚きの声をあげた。彩夏が首をかしげる。


「そうなるんじゃないかな…でも、わたしもそれ以上のこと知らないんだよね」


「うーん…一体誰になるんでしょうね?」




「…それで、今日はリハビリに?」


 史織に問われ、春奈は浮かない表情で答える。ようやく松葉杖は不要になったが、それでも無理は禁物だ。痛めた右足をかばいながら、春奈は病院の敷地へと入っていった。


「はい、これから病院に…もうしばらくは通わないといけなくて」


 肉離れは再発の多い怪我だけに、慎重にリハビリを行わなければならない箇所だ。春奈の気落ちしたような声に、史織は明るく言った。


「でもさ、走れない期間も色々できることはあるから。体幹のトレーニングしてもいいし、普段ケアできないところの治療に充てたりすることもできるから…監督さんとよく相談して決めたらいいと思うよ」


 史織の言葉に、春奈は戸惑いながら答えた。


「でも、まだ新しい監督さん発表されてなくて、なぜか指示だけは来たんですけど…」


「えっ? どういうこと?」


「さあ、どうしてでしょう…あれっ!?」


 春奈は誰かを見つけて声をあげると、史織に断りを入れた。


「ごめんなさい史織さん、目の前にチームの子がいたんでまた連絡します…ありがとうございます!」


「オッケー!くれぐれも焦らないようにね」


 春奈は電話を切ると、バスから降りてきたその姿に向かって声をかけた。


「美穂! ちょっと待って、美穂!」



 校長室に呼ばれたあかりは岩瀬の話を直立不動で聞いていたが、岩瀬の話を聞き終えると安堵の表情で笑みを浮かべた。


「決まったのなら、よかったです」


「まぁ、色々あったがね…最終的には、保護者の方からの後押しもあって賛成多数。正式に来年度から女子陸上部を独立させることが決まったよ」


 岩瀬は窓の外に広がる雪景色を見ながら、目を細めた。これまで陸上部の監督はOB会の意向による「推薦」により決められており、それは前任者の本城も同様だったが、今回の不祥事を受けて岩瀬が女子部の独立と学校主導での人事を進めていたのだった。総会の場で発表すると重鎮のOBからは異議も出たが、岩瀬の強い意向と保護者会の賛成多数で女子部の独立を決定したという。


 岩瀬は、あかりに訊ねた。


「で、部員たちの反応はどうかな? “宿題”を先に進めてもらってる訳だけれども…」


「前があまりにも放任だったので――戸惑ってるかもしれないですけど、行動も少しづつ変わってきているようには見えますね。ただ、マネージャーたちは準備するものが前より全然多いので大変だと思いますけど…萌那香――進藤さんも、下のふたりのフォローに追われて、学年末テストの勉強が全然進んでないってぼやいてます」


 そう言うと、あかりは苦笑いを浮かべて窓の外のトラックを眺めた。




 バスから降りた美穂は、春奈の声に振り向くと手を振った。


「あっ、おーい、さえじー!リハビリ終わった?」


「や、終わったっていうか、これからリハビリなんだけど…美穂は?」


 春奈に問われると、美穂はばつの悪そうな顔をして言った。


「えっと、ウチも…リハビリ」


「リハビリ? …どうしたの?」


「いや、それがさ…左足、アキレス腱炎起こしてるって」


「アキレス腱炎? …いつから? 前から痛めてたの?」


 春奈の質問攻めに、美穂はますます困惑の表情を浮かべた。ふたりは病院のエントランスからリハビリテーション部までの道のりを、痛めた足を庇うようにゆっくりと進んでいく。美穂は、視線を廊下の赤いラインに落とすとぼそりと呟いた。


「わかんない…覚えてない。けど、かなり前。多分高校に入学する前から痛かったと思う。でも…隠してた」


 春奈は、ハッとして以前に真理と交わした会話を思い出していた。中学時代の3,000m走のベストは美穂の方が先着するほどだったが、高校入学した頃から美穂のタイムが落ちていたという。そして、美穂はそれをフォームの崩れが原因といい、真理や愛たちよりもさらに練習量を積んでいたと――美穂は、さらに続けた。


「高校に入ってからみんなタイムどんどん伸ばしていくのに、ウチは伸びるどころか遅くなって…でも、本城先生はウチみたいな遅い部員の面倒なんか見てないから、速くなるために走るしかない…休むなんてできないよ」


 美穂は険しい顔で下唇を噛んだ。それを見て、春奈は疑問をぶつけた。


「でもさ、今ここにいるってことは、リハビリするって決めたんでしょ? 自分から誰か…濱崎先輩とかに言ったの?」


 美穂は、無言で首を横に振った。


「新しい監督さんが、ウチの走ってる動画を見て気付いたんだって。それで、岩瀬先生経由で話があって…無理して足をダメにするか、3か月きちんと治療するかって…」


 予想しなかったその言葉に、春奈は大きな目を見開いて驚いた。


「新しい監督さん?」


「うん、みるほたちがこの前動画撮ってたでしょ? あの動画と、ひとりひとりのデータを見ながら指示してるんだって。さえじは? 色々、新しいことを始めるんだって」


「えっ? わたしは、まだ何も言われてないけど…」


 春奈がそういうと、ポケットの中の携帯電話が鳴った。みるほから届いたメールには、こう書かれていた。


  受信日:1月13日(土)9:57

  送信者:丹羽 みるほ

  題名:おつかれ!


  春奈ちゃん、おつかれ(#^^#)

  帰ってきたら、新しい監督さんからの伝言が来てるから

  2階の資料室に来てもらってもいい?わたしと彩夏先輩で作業してるからね(*'ω'*)


 春奈は、携帯電話の画面を美穂に見せて言った。


「いま、来た」




<To be continued.>

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