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#67 爆走

 追いかける天は、並走するさくらの方を向いた。一瞬の迷いもなく、飛び出した春奈を追おうとやはりペースを上げている。さくらの表情は、やはり変わらない。天は、さくらの真後ろについて春奈を追った。春奈、さくら、天という並びで、3人が着々と坂を上っていく。4位集団とはすでに10秒以上の差がついている。

 競技場のあかりたちは、じっと大型ビジョンを食い入るように見つめている。

「不気味だね」

 そうつぶやいたあかりを、沙織が不思議そうな顔をして見つめた。

「誰が?あの桜庭さくらって子?」

「うん、春奈と天と全くおんなじペースで走ってるのに、顔色一つ変わってないんだよね」

「確かに…」

「ここからが一番傾斜のきつい所だから、この坂超えてどうなるかな…もし、最後の500mまでついてくるようなことがあれば…春奈だから、大丈夫だと思うけど」

 あかりはそういうと、眉間に深いしわを寄せた。


 肝心の春奈は、横を走る小柄な青いユニフォームが嫌でも気になる。

(この人…強い!)

 萌那香たちが作った予想オーダーや選手情報の資料にも、この選手らしき情報は一切載っていない。それ以上に、走り自体が力強さに満ちている。春奈の脳裏には、初めて出場した記録会で自らが見た光景が広がっていた。

 先を行く片田美帆を序盤であっさりと抜かすと、そこからはぐいぐいとスピードを上げていった。あの時、春奈は確かに聞いたのだ。美帆が困惑のため息と共に漏らした一言を。

(片田さん、あの時はっきり言いましたよね。誰?って…それって多分、こういうことなんですね)

 春奈は、再び横に付こうとしている青いユニフォームを見ながらぼそっとつぶやいた。

「ていうか、この人、誰…!?」


 すると、にわかに前方から大きな声援が飛ぶ。そして、ガードレールには桜島女子のスクールカラーでもある鮮やかなブルーで染め抜かれた横断幕がかかっている。

 実況のアナウンサーは、手元の資料を繰るとその光景を伝える。

『4.5キロ過ぎ、最も厳しい上り坂に差し掛かろうかというタイミングですが、沿道には現在先頭集団を走ります桜島女子の1年生、桜庭さくらの大応援団が横断幕を掲げてさくら、さくらと大きな声援を送っております!この桜庭さくらですが、鹿児島は奄美大島の出身でして、今日は桜庭の応援に一族総出でこの都大路へとやってきたということです!そして…、桜庭ですが、ご両親の姿を沿道に見つけたようで、大きく両手を振って、満面の笑みで走っていきました!桜庭、余裕の笑顔でしょうか!?――』

 その大きな大きな横断幕と本人を交互に見やると、春奈はつぶやいた。

「桜庭…さくら」


 心配された雨は、今のところ降る様子はないようだ。陽が差してきたこともあり、体感気温は少しずつ上がっている。第1中継点では、秋穂が春奈の到着を待ち構えている。アップを終え、佑莉から携帯電話を受け取ると、中継の様子を覗き込んだ。

「誰?この子…」

「桜島女子の、桜庭さくらちゃん言うんやて」

「へぇ…タフじゃのぅ…」

 とはいえ、人のタフネスを喜んでいる余裕はない。ガウンを脱ぎ、リレーゾーンへと歩みを進めていく面々のうち少なくとも5人は留学生選手が顔を揃える。秋穂の走るこの2区は例年、留学生たちと日本人選手とは1分ほどの差がつく超高速区間だ。1区のエースが目論見通りのタイムで走破し、2区の留学生が上位でリレーすれば、それだけで八位以内の入賞圏内に入ることが濃厚となる。さくらがこのままのペースで2区へリレーするようなことがあれば、桜島女子は2区にやはり留学生のニャンブラ・ギタヒが控えている。すると、秋穂の携帯電話へ着信が入った。

「あぁ、矢田ちゃん、おつかれ。もう、春奈近づいとん?」

 電話の主は、沿道で春奈を待ち構える真理だった。真理は、電話口で首を振った。

「ううん。ただ、ここまであと1キロもないから、3分ないぐらいで来ると思う。それより」

「それより?」

「桜島女子の子、多分わたしいる所ぐらいまではくっついてくると思う」

「そうじゃの…まぁ、なるようにしかならんけん、頑張るよ」

「オッケー。緊張しないで、リラックスして走ってね」

 真理との電話を終えると、秋穂はシラのもとへと走り寄った。

「どんな感じじゃ?」

 シラは首を振ると、秋穂に指で「3」「0」と作ってみせた。30位位酒田国際は序盤1キロで出遅れたが、徐々に巻き返してはいるようだ。それでも、想定より芳しくない順位なのか、シラは肩をすくめてため息をついた。

「そんなん、気落ちしたらあかん。シラやったらできると思うけん、ファイトじゃ、ファイト!」

 秋穂はシラの手を取ると、グッと引き寄せて力強く握手した。少し気落ちした様子のシラも、笑みを浮かべて秋穂に答えた。

「アキホ、アリガト。ワタシ、ガンバリマス」


 1区はすでに残り1キロを切ろうとしていた。沿道で待ち構える真理の目にも、あわただしく通過する大会の関係車両が何台も飛び込んでくる。

「…んっんん!」

 真理は大きく咳払いをした。真理の役目は、これからやってくる春奈へある合図を送ることだ。近くには他校のジャージ姿の生徒も多い。よほど声を張り上げなければ、春奈への合図もかき消されてしまいかねない。胸元に提げた双眼鏡を手に取り道の先を眺めると、迫りくる色とりどりのユニフォームが少しずつ視界に入ってくる。

 真理は、ごくりと唾を飲み込んだ。

「さえじが来る…!」


 競技場のあかりたちは、中継所の選手や沿道に待機する部員たちと慌ただしく連絡を取り合っていた。秋穂の様子を佑莉から伝え聞いて電話を切ると、再びあかりは手元の資料を広げた。春奈がある程度先頭でリードを取れるであろうことは、想定の内にあった。ところが、さくらが想像以上に先頭集団で粘っている――つまり、2区の秋穂で逆転されると、想定よりも大きく差がつく可能性が出てきたということだ。

 あかりは大きくため息をついた。すると、スタンドの階段を下りてきた女性が、突如あかりの背後から両手で目を隠した。

「ひいいいいっ!?」

 あかりが身をすくめて驚くと、その女性はいたずらっぽく耳元でささやいた。

「だーれだ♡」

 その手を慌ててはねのけると、あかりは大声で叫んだ。

「えっ、ちょっと、なっ、なんでこんな所にいるの!?」


 春奈たちは残り1キロを切り、そのペースを再び徐々にじりじりと上げている。依然として天、さくらとの並走が続いている。

 中継は、ヘリコプターからの映像を映している。

『残り700メートルほどとなりまして、先頭の3校とその後ろの4位集団との差は15秒ほどに開きました。ですが磯貝さん、先頭の3人まったく離れませんね?』

 磯貝は腕を組むと、首をかしげた。

『そろそろ残り500メートルに差し掛かるタイミングですので、そこでこの3人のうち誰かが飛び出すんじゃないかと思うんですがね…』

 春奈のすぐ後ろには天、さらにその後ろにはさくらという並びが、崩れもせずにすでに2キロ近く続いている。春奈はキョロキョロと沿道を見た。すると、メガホンを片手に持った真理の姿が見える。

 真理も、春奈と目があったことを確認すると大声で叫んだ。

「さえじ!ゴー!ゴー!ゴー!行けー!!」


 春奈は、腰のあたりに縫い付けたお守りにそっと手をかざした。

(お父さん…見ててね!)

 大きく頷くと、春奈は両手を2、3回パッパッと開き、大きく腕を振り始めた。そして、いつかのように、一瞬目を閉じると念じるように呟いた。


「全力で動け…わたしの身体!」


『ここで秋田学院の冴島、一気にスパートをかけました!これが、女子5,000m記録保持者のスピードです!まるで何かのスイッチが入ったように一気にスパートしました!すぐ後ろに続いていた八王子実業、桜島女子が冴島に追いすがろうとしますが、冴島がものすごい勢いでスパートしています…』


<To be continued.>

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